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35話 到着、或いは再発


 カポ、カポ、カポ。


 軽快な蹄のリズム。心地良い夕方の風がぼくの背中に吹き付けて先に進めと後押ししてくれる。


 太陽が背中に沈んで行くことを感じながらぼくは、この土の蹄のもう1人の同乗者を見た。


 硬く閉じられた瞳は、紫色の瞳を覆い隠し、長い、黒絹の様な髪の毛が光を飲み込む。


 神秘的で、綺麗な女の子だった。年齢はそうぼくとは変わらないくらいだと思うけれど、雰囲気はずっとぼくよりもおとなびて見える。


 それもそうだね。彼女は、うぅん、この世界の人達はぼくらなんかよりもずっと早熟なんだからね。


 太陽がゆっくりと世界を茜色に染め上げて行く。徐々に伸びるぼくの影が、まっすぐぼくの進む道を指し示す。


 さあ、帝都へ急ごう。全てはそこからで、そのこれから起こるべきことが、ぼくの到着を待っている。







 陽の光が、黄金の蜂蜜色から、より紅蓮に近い茜色に世界を染め上げる頃、オレ達は王都に到着した。


 もうすぐ日が沈むというのに門は開け放たれて、それどころか門番すらいない、不用心な街だ。


 「……確かに、魔蔵の言うとおり作り主の気配が微かにするな」


 「へぇ、グラスホッパー、その発言、今まで僕の言葉を疑っていた、て解釈でいいのかな?」


 街へ入って第一声。俺が無意識のうちに呟いた言葉に、俺と土蔵の一歩先を歩いていた魔蔵が振り返って言った。


 夕陽よりも紅い右の瞳が、面白くなさそうにオレを見つめる。


 参ったな。


 おれは内心頭を掻いた。この数日、魔蔵や土蔵と一緒に過ごしていてわかったことだが、魔蔵は意外と子供っぽいところがあった。


 土蔵は見た目相応に幼く、不安定な感情の持ち主だが、魔蔵は、そんな土蔵をサポートする様に大人びている。


 だが、土蔵が自然にオレに甘えてくるのに対して、魔蔵は自分の感情を相手に伝えるのがとても苦手だ。


 それに――


 「ま、いいや。僕ラが目指してるのは、王城……“カエルの王子様”を助けてあげないとね」


 不意に、オレから目を逸らし背中を向ける魔蔵。その視線の先は、まっすぐと王城をつらぬく。


 魔蔵の目の中からは表情は読み取れず、常のように皮肉げなシワが目元に寄っているだけだ。


 土蔵が、不安そうにオレを見上げたが、どうすることもできないオレはただ、肩をすくめておいた。


 




 向かった王城はひどいものだった。ほんの数日前までのコレが世界に名だたる文明の頂点かと、目を向いたほどだ。美しかったであろう白亜の壁は、見るも無残な瓦礫の山となり、堅固な門だった物の前に並べられていた。


 辺りでは漸く残骸を使った城の修復が行われ始めているが、それでも作業はまるで進んでいない様子だった。


 「なんでこんな……」


 オレは驚きを遥かに通り越した畏れの感情で、声を震わせた。それほどまでに畏怖の感情が胸を突いて、ならない。


 俺の言葉に、魔蔵が呆れたような視線を向ける。もうこの人を小馬鹿にする眼光にも慣れたものだ。紅い瞳が嘲笑の光を持って向けられた。


 「わからないはずがないだろう。ご主人サマの仕業だよ……」


 何処か誇らしげに口角を、ゆがませる魔蔵に、空恐ろしいものを感じるオレ。開きかけた唇は、喉がぴったりと閉じた様に何も喋ることはできなかった。


 小さく静かに風が吹く。足元の小石が、吹き付ける風に後ろに後ろに転がってゆく。


 そのわずか数秒の間に、魔蔵の顔は俺からそらされていた。


 「さ、いこう。“カエルの王子様”がまってる」


 魔蔵は、誰にも気を止めることなく、王城の中へと歩をすすめた。


 兵士たちですらその存在を気づくことなく。開け放たれて虚空の広がる王城の入り口へと、魔蔵は存在をうずめて行った。


 「……オレ達もいくか、土蔵」


 「うん」


 風が止んだ。







 オレたちが結局たどり着いたのは、この王城の心臓部とも言える場所だった。


 かつては鮮やかな色彩が部屋の中を埋めていたのだろうその空間は今や過去の色合いの鱗片なども見せず、すべてが灰色に包まれていた。


 足の先に、もと絨毯だったろうものが辺り、高い音を立てる。音さえ凍りついたような空間に虚しくこだましたその音は、しばらく経ってついにはきえた。


 「……きみは、少しの間だけでも音を立てないということができないのかな?」


 魔蔵が何時ものように憎まれ口をたたく、目は喧しそうに細められるも、何処か愉快げな曲線を描いている。


 「あ、ああ……悪い、足元を見ていなくてな」


 おれは一言言い訳をすると、もう一度あたりを見渡した。


 灰色。


 ただそれだけの一言に尽きる異質な空間だ。何もかもが色を失い、存在を失っている。


 おれは、その中の一つ、壁に追いすがるようにしたまま、硬く目を瞑って石像になった少女の前に立った。


 爪の先から、髪の毛の先端まで、全てが心臓の動いていた時のまま、時を止められている。


 ある意味では芸術的だが、これはありとあらゆる意味での芸術への冒涜でもあった。


 「それで……どうするんだ?」


 おれはそう言って自分にためいきをついた。分かり切ったことじゃないか。


 案の定、魔蔵はふたたびオレに呆れたような視線を向けると、そのまま一瞥を終えたを


 あーあ、ついには声もかけられなくなっちまったか。


 オレが内心の苦笑も隠せずに、苦笑いをうかべると同時に、土蔵の声が、無機質な空間にこだました。


 「彼らは命を喪ったわけではない……凍っただけの身体に、命の炎を燃やすことの何が不可能なものか」


 硬く、鈍く、その声は沈黙の穴を穿った。空間をえぐるその声は、普段の甘えたような土蔵の姿からは想像もつかないほど、恐ろしい何かを感じさせた。


 「ふふ、そうだね、土蔵……じゃあ、手っ取り早やく始めてしまおうかか」


 そう言って魔蔵は、石像の一体にてをかざした、




 

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