33話 氷結、或いは隔世
ぼくは、ぼくを中心として灰色に染まった世界を眺め回した。
余すところのない、命ない色。こんなところに長くいると気が狂いそうになるね……
ぼくは、目の前で驚愕に表情を歪めたまま、虚空を色のない瞳で睨みつける石像達を眺めた。
美しい、ね。芸術の域だよねここまで来ると。精密な彫刻。今にも動きだしそうな躍動感。ルネッサンス期で有名なミケランジェロでもこうはいかないと思う。実物を見たことはないからなんとも言えないけどね。
ぼくは、ゆっくり左から右へと、押し固まった石像の方々を眺めて、もう一度中心に眼をむけた。
玉座の上で口を開けたまま、金色だった筈の冠ごと命を動かさなく成った王様。その隣のお妃様も怖い顔のまま固まっている。きっと娘のお姫様もピカソの泣く女みたいになってる。すごいね。
ふぅ……ん。ぼくの――マンティスの目的のお姫様は彼女じゃあないんだね。石になった、てことは。
ぼくはフードの中で眼を細めて見せた。思い出されるのは今や灰色となった彼女の瞳。僅か数秒前に琥珀色の瞳を最大限見開き、そして固まった女性。
ぼくがわずかな時間、思考と思い出の渦に沈んでいる時。あり得ないことが起こった。
そして――後から思ったことだけど――この時、今までゆっくりと、だけど着実に、進んで、そして近づきあっていた運命の歯車が、まるで最初からそうなる“運命”だったように、かち合った。
石となった扉が、軋む。動くはずのない、本来の形のまま時を止められた運命のドアが、音を立てて崩れ去った。
濛々と、そこから立ち上がる煙。一瞬前に感じたものは、微かな爆風。そして、熱。
中距離向こうに起こった、怒りと悲しみ、そして、それらの爆発。ふぅ……ん。そっちから来てくれるんだ。
今だに煙はぼくらの間に立ちはだかる。振り払うのは容易い薄い幕。だがそれは、お互いの緊張を促す、分厚過ぎる壁でもあった。
ぼくのおかげで、永遠に床掃除が不要になった石の床を、ゆっくりと灰にも似た埃の煙が這っていく。
ぼくらの光を隔てるスクリーンの向こう側に揺らめく複数の人影。
数は……ひぃ、ふぅ。四人、だね。聞いていた『勇者』の人数よりも1人多い。
なるほど、なら、その中に“彼女”がいるんだ。枢密院のお爺ちゃんが、マンティスが、そして何よりサウルが望むモノ。
まっててね、今、ぼくが連れて行ってあげるから。
瞬間。ぼくには何が起きたのか理解ができなかった。ナニかが、迫る!
煙が、幕が、スクリーンが。唐突に吹き払われて、そこからナニかが、迫ってくる。
一瞬だけ、吹き放たれた煙の間隙から垣間見えた二つの人影、衝撃に靡く髪の毛。
――っアレだ!
咄嗟に伸びかけたぼくのてが、意思の力で止める前に、無理矢理に炎の壁が立ちふさがった。
上がった腕とすれすれ、爪先が焦げるかと思うほどの熱気がぼくに迫って、そして消えた。
くっ、熱いじゃない。危ないことしてくれた仕返しはちゃんとしなくちゃね。
「だれさ……」
「てめぇ、何モンだ!?」
爆発的に噴き上がった炎の壁は、また現れたと同時に大気と同化して消えた。残るのはぼくの髪の毛の焦げた臭い。
……ぼくは、女の子じゃないから、髪の毛にだって、そう気を使っているわけじゃあないんだけどね。でも、これは流石に腹が立つなあ。
『おやすみ、“サンティオ”』
ぼくの目の前に現れたの1人の男の子。全身の筋肉に緊張をみなぎらせ、精悍な顔立ちを険しく歪めて、ぼくを睨みつけている。
少し伸びた黒い短髪が、熱風の残滓で軽く揺れる。
ふぅん、なかなかの美少年じゃない。活発そうな雰囲気、正義感はとても強そう。
でも……さ
「さ、先に質問したの……ぼくなんだけど……」
そう、先に聞いたのはぼくのほうなんだから、ちゃんのぼくの質問には答えてもらわないと。
返答によってはもしかしたら戰いになっちゃうかもしれない。ぼくは話し合いで解決したい派なんだから。
ぼくに対峙する男の子は依然変わらずぼくの事を睨みつけたまま、動かない、喋らない。もしかしたらぼくの声聞こえてなかったのかもしれない。
どうしよう、もう一回言った方がいいのかも知れない。
そう思って口を開こうとした瞬間。
ぼくは、自分の後方に、動く気配を感じた。距離は、大体三メートルあるかないかくらい。
ふぅ……ん。なるほど、あの爆発時に後ろに回り込まれてただなんてね。
ちらりと視界に映ったのは気弱そうな目でこちらを覗き込んでくる女の子。この位置からでは瞳の色は確認できない。
「おい! シツモンに答えろよ!」
突然のどでかい声に、ぼくの意識は強制的に目の前の男の子に引き寄せられる。
びっくりと同時に目を向けたそこには、元々の男の子だけじゃなくて、赤い色の女の子もした。
真っ赤な瞳、綺麗な瞳。魔蔵達に似ている雰囲気。もしかしたら精霊かな? ふぅ……ん、でも今わ関係ないね。
赤い女の子もぼくの事を睨みつける。その視線は隣に立つ男の子よりも鋭いもの。男の子が仔犬なら、女の子は大蛇とか毒蛇とかそういうのだ。ぼく、泣きそう。
ていうか、先に質問してたのぼくのはずなのに。
「ぼくは……」
なんて言おう。そう考えた瞬間。俄かに、ナニかがまた、通り過ぎた。
今度は確かに感じられた、頬を撫ぜる風。疾風ではない、だなよそ風でもない。無慈悲の風。
「“色即是空”!」
次に感じたのは、魔力の流れ。途端、締め上げられるぼくの体。腕が、胸が、脚が、ナニかに拘束される。見えざる鎖だ。
「ッ……――」
なに、コレ。
「――今だ、行け竜登!」
もう一度後ろから、一声。駆け出す男の子。りゅうと、て言うんだ。
グンと近づいてくる男の子の手が伸びる。このフード取ろうとしてるのかな?
悠長に考えてる時間はなさそうだね。ぼくにとって、この子達に顔を見せるのはよろしくないんだって、パピヨン言ってたし。
ちょっとごめんね。
「“灰燼”」
瞬間、ぼくの身体から吹き出す淀んだ灰色。驚き眼を剥く男の子。でもそのスピードは緩まない。もうすぐ手前まで来ている。
じょっ……! 冗談じゃあない!
「“石破”!」
それこそ、ぼくの切羽詰まった声が響くのと、男の子の指がぼくの手にとどいたのは、ほぼ同時だった。
爪先がぼくの瞼を震わすとおんなじ瞬間。
ぼくの足下、男の子の脇腹の真上の、床が、石が、吹き飛んだ。
大小の破片は、男の子の腹を打ち、ぼくの傍を通り抜ける。
りゅうと、とよばれた男の子は脇腹を抑え、呻いたままぼくの足元に倒れ伏す。
本当はこれ、目くらましのためなんだって、魔蔵言ってたけど、結構役に立つじゃない。
「竜登!」
瞬間、拘束が緩んでつんのめるぼくのからだ、あぶないなあ。
気がつけば僕の目の前には四人、赤い女の子、そしてもう一人利発そうな男の子、薄い空色の女の子。
新たに現れた3人の人たちがりゅうと君を庇うように集まっていた。
あの女の子はいないみたいだね。ふぅ……ん。全員で全員、ぼくのことを邪魔して。
まあ、いいや元々邪魔な人は邪魔できなくする予定だったんだもん。
ぼくは、目の前にたち塞がる四人を、一瞬だけ見て、一瞬だけ躊躇した。でも。
ぼくは、自らのみぎうでをかざす。彼らはなにがくるのだろうか、わからないだろう。それでも身を固めあい、守り合う。
……羨ましいな、でも、ばいばい。
「“灰燼”“石華”……未来永劫、色のない世界へ……」
瞬間、吹き放たれた僕の右腕からの灰燼。身の毛もよだつほどの塵芥が彼らを覆った。
仕方が無いことなんて、正当化するつもりはないけどね。
一秒待たずに開けた視界には、ほんのついさっきまで、ぼくと対峙していた勇者の姿はなかった。
そこにあるのはただの石。生きる事も、死ぬことすらも許されなくなった。この世の終わりまで絶望を見据える、色の無い身体だけだった。
灰色が、個性のない死者の色が、同じ灰色の背景と同化する。
彼らははもはや、舞台上の登場人物ではない、舞台の華やかさを保つための、ただの飾り、装飾具だ。
ぼくは、もう一度あたりを見渡した。
残っている色は、たったの二つ。その二つは、異なる鮮やかな色彩で、ぼくの網膜を迎え入れた。
「あ、あぁ……」
壁に縋るように、もたれかかり、恐怖のうめき声を漏らす女の子、しかしそれでも、しんでいない意思の光が、ぼくを貫く。
もう一人、そう彼女のそばで、彼女を抱きかかえるように庇うお姫様を見る。
強い憎悪が、煌めく紫の瞳がぼくを睨む。
さっきので、問題ないかな、きっと問題ないよね。マンティスが、パピヨンが望む存在が、彼女なのならば、問題はないはずだよね。
ぼくは、先ほどと同じように、右腕を挙げた。
観念したように、厳かに瞑られる紫の瞳が。恐怖から目を逸らすために、硬く塞がれた凡庸な眼が――
「“灰燼”“石華”」
再び、灰が、2人の女の子を包む。時間は、一瞬。そしてすぐに、2人の姿が、現れる。
ビンゴ、だ。
ぼくの目の前に、石像が生み出される。開かれることのない凡庸な眼が、恐怖したまま、時を封じられる。
水の勇者は、その髪の毛の質感さえ、そのままに、時の流れぬ身体となった。
――そして。
「……え?」
変わらぬ色彩の、紫の瞳を開いて。
サブタイトルはなぇーなんの関係もないんでますよーははは
隔世に至っては、最初目覚めでしたからね、ははは




