3話 諦観、或いは進撃
最初に言い訳。させて下さい。超酷いです。
薄暗い廊下、埃一つ落ちておらず、鏡の様に磨かれたそこに、赤絹のカーペットが敷き詰められており、この廊下の……この国の支配者の権威をここを通る者に示している。
その、薄暗闇の幕に包まれた、狭隘な廊下に2人の男の姿があった。男たちは双方とも煌びやかな服を来ており、お互いに老年とも言える顔の中に憂いと、それを超えた困惑を秘めていた。だが、お互いはそれを悟らせないこの薄暗闇に感謝していた。
その男たちの片側が、もう一人の男に躊躇う様に震える声で傍にたつ男に話しかける。
「あの魔力の急激な高まり……そして、その膨大な魔力の塊が徐々にこちらに近づいて来ている。やはり、宰相閣下の言葉は本当なのでしょうか」
その暗闇の中に老人の声が響く。だが、初めに話しかけた男の声に比べ、返す男の声は些か落ち着きがあった。
しかし、やはり男の声には若干の緊張と、僅かな恐れが含まれていた。
「……確かに、私とて信じたくはない。だが、やはりあの化け物が近づいている事には変わりがない。だが、我らの真に憂懼するのは陛下とその魔力が一堂に会すること……テンペストなど、そう短い間に何度も起こるべきではない」
静かに、強く述べられる言葉。だがそこにもっとも含まれている感情は……。
「しかし、なぜ今更になって勇者召喚など……本来ならば先月に行われていたはずでは……」
先に話しかけた男が、まるで独り言の様に呟かれた。その深い不安をたたえた声が闇に沈んだ……。2人がそう思った瞬間だった。
「それは、140年前の先月ごろ、何が有ったか思い出していただければお分かりになるのでは?」
暗闇の奥から、大理石と踵とでなる甲高い音を鳴らしながら、三人目の男が姿を表した。
「――さ、宰相閣下⁈」
どちらともなく、半ば叫ぶ様に、先ほどまで話題に登っていた男を呼ぶ。
2人の間に、先ほどまでまでとはまた別種の緊張が走る。
暗がりの中から、薄い微笑みと共に現れた、宰相と呼ばれた男が、再び口を開いた。
「今より120年前、前回の勇者召喚において呼び出された人間最大の英雄……紫瞳の獅子王の命日でしたからな」
その微笑を崩す事なく、2人の男に話しかける宰相と呼ばれた男。
「紫瞳の獅子王……なるほど、確かに。最大の英雄の命日と有っては人間も儀式の日をずらさず得なかったと言う訳か……」
☆
明るい、太陽と緑の香り。足の裏の乾いた土の感触。頬を撫ぜる新鮮な空気。
何もかもがぼくの知る場所ではなく、ぼくが感じたこともない清浄な空気にみたされていた。
僕の目の前に広がる世界は、これまでみて来た様なコンクリートでつかられた、狭苦しい灰色の道ではなく、どこまでも続いて行く事を感じさせる様な、広々とした街道だった。
一条の筋が薄茶色の溝となって、緑の海原を左右に割っていた。
まっすぐと、しかし緩やかな曲線を描いた光り輝く道は、まるでぼくらを導く様に地平線に伸びていた。
「このまままっすぐ行けば、帝都にもっとも近い街ピエタだ。今日はそこで一泊して、明日の昼に帝都につくつもりでいるが……」
ぼくに背中を向けたままサウルさんは言う。ぼくは、何をいえばいいかさえわからないで少し互い位置にあるサウルさんの風に揺れる黄金の髪の毛を眺めていた。たまのきらめきが目に痛い。
「帝都……ですか」
「……お前みたいに、何も知らないくせに、膨大な魔力を持ってる奴を野放しにするわけにはいかないからな」
それはつまり、赤ん坊が衝撃に弱い爆弾を持っているような物なのだという。
「ただでさえこの8年、人間との戦いで国庫が疲弊している上に、これ以上老害どもを刺激するわけにはいかないからな」
人間……? え、つまり。サウルさんは、人間じゃ、ない……?
☆
日がぼくらの正面に見え始め、歩いていた道が明るい緋色に包まれた頃。ようやく、道が見えて来た。
高く、大きな城壁に囲まれた、広い街だった。
「この街は、100年以上前の人間の勇者の起こした大侵攻の際に建てられた要塞都市でな……英雄が没した地。と言われている。そのため人間どもがピエタと呼んでいる」
ピエタ……慈悲。その英雄っていう人がやられたところなのにそんな名前で呼ばれるの?
「まぁ、今日は宿をとる。明日は早朝に出るからな……」
そういって街で一番大きな建物に躊躇いなく入っていくサウルさん。ぼくも少し尻込みしつつサウルさんの後につづいた。
☆
「申し訳ございません、オルゴルス家の方が来ていただけるとなれば最上級のお部屋をご用意したとですが……」
「いや、構わない。むしろ、全ての部屋が埋まっているところ無理を行って一室開けてもらったんだ。感謝してもしきれないな」
なんとか部屋が取れたみたい。それにしても、全部の部屋が埋まっていたって事は誰か追い出された人が至ってことだよね……ごめんなさい。
「いくぞ、きよと」
サウルさんに呼ばれてぼくはついていく。サウルさんの大きな背中。一日中みて来た、その背中にぼくはついていく。
☆
部屋について、ぼくは真っ先にベットに転がり込んだ。もー疲れた。もー歩けない。
「情けないな。そんなふうでは、すぐに死ぬぞ?」
そういいながら上半身の鎧を外していくサウルさん。
そして、鎧と共に下に来ていたシャツのようなものもとりさらい、その逞しい身体を見せつけてくるサウルさん。身体中の汗を手近なタオルで拭い去って行く。
ぼくは流石に人前で脱ぐ様な勇気はなかったのでサウルさんに後ろを向いてもらった。女々しいと言われて呆れられた。
「それでも、それだけの魔力を持ってるって言うから驚きだな」
なにも返す言葉がない。
その夜、ぼくは多くのことをサウルさんと話したが、結局わかったことはわずかなことだけだった。
☆
朝の街、朝の空気。何故だか懐かしさすら覚える新鮮な風に、ぼくは恐怖を抱いていた。昨日のサウルさん……いや、サウルと交わした会話の故だと思う。
「おい、どうした? 行くぞ!」
門の前から、朝日に照らされたサウルの声が聞こえる。正直者、逃げ出したい気持ちが強なったけど、それを押し殺してサウルの元へ走り出した。
今日の昼には帝都につく。そして……。