28話 月光、或いは陰謀
あー…うん、はい
今回の主役はタケル君ですよー(覚えてますか?)
てかてか、枢密院の皆さん暗躍なぅですねて…本当は最初は出る予定なんかなかったのに…
ざくり。ざくり。ざくり。
軽快な音が、腐葉土を四つの蹄で踏み鳴らす音が耳に心地いい。
森の終わりを悟らせる切れ切れの月明かりの木漏れ日が、一定のリズムを刻む蹄を照らす。
僅か数刻前まで深く大地に沈んだその脚は、しかしその汚れを思わせないほど美しかった。
柔く、しかし確実に歩を進めるその蹄には、脚には、決定的に動物にかけるものがあった。
月光が仄かな光で世界を照らす中、前へ、前へとすすむ。
「うん……このペースなら、そんなにかからないかな」
その蹄の先に伸びる胴体にまたがる少年が、1人、頭上に輝く月を眺めながら呟いた。
その彼のまたがる蹄、その先に伸びる胴体。しかし、それとは、それ以上のものがなかった。
有蹄類として、動物として、己の存在の中核をなす部分。首から頭がないのだ。
それは、ただ、馬のような胴体から四本のその胴体を支える脚が伸びるだけの、異形の乗り物だった。
なめらかな土の表面を、月明かりが舐める。
徐々に刻み込まれるひづめの足跡は薄く、浅くなって行く。
既に彼の頭の上に葉を生い茂らせる枝は消え失せていた。
大自然の繁茂は終わりを告げ、先にまっすぐに伸びる街道ばかりが眼前に広がるだけである。
「明日まで、にはさすがに無理かな」
夜よりも深い衣をまとった少年はつぶやき、まっすぐ伸びる街道の先に消えた。
「グラスホッパーが境界を超えた」
暗闇、音の反響からその夥しいほどの暗黒に包まれた空間がかなり広いことを告げている。
その暗闇の中、自らが光を放つものが如く確固とした存在感を持つ銀の仮面が浮かんでいた。
その銀の仮面の言葉に反応するように、もうひとつの仮面が対面に現れる。
「魔力の流れは西へ……人の国へ向かっておるようだな」
その仮面の言葉の響きが暗黒の飲まれないうちに、もうひとつ仮面が亡霊のように浮かび上がる。
「今だ見つからぬ精霊は二体……」
その言葉尻を捕まえるようにもう再び現れた仮面が言葉をつなぐ。
「魔道書も資格者の元へ届いていないのとは、『星の民』……信頼に足りますかな?」
その言葉に、最初に言葉を発していた仮面が、よどみなく答える。
「構わぬ、使えなければ、消せば良いだけだ」
彼らは、その言葉が消え去ると同時に、彼らの存在もまた暗闇に隠れた。
柔らかく清涼な月明かりが室内を満たし、眠れる者たちを静かに夢の世界へと誘っている。
静然とした部屋の中で、部屋を同じくする少年が深く眠りに着く脇に、青年は空を見上げていた。
開け放たれた窓から、レースのカーテンを風が押し上げ、青年の頬を優しく撫であげる。
涼やかに露出した上半身を、その火照りを冷ますように、微かな呼吸だけが、青年の世界に許された行為だった。
不意に、その青年が肉体の静寂を破り、腕を胸に当てる。その鼓動を、早鐘を打つように焦る心音を確かめるように。
唐突に精悍に星々を睨みつけていた目が、悲痛に、或いは焦燥に歪む。
怒りにもにた吐き出しようのない感情を胸に押さえ込んだまま、青年の唇が、夜に満ちた空気を震わせた。
「なん……で」
さらに青年の視線はしたへと、自身の腰掛ける寝具の枕元へと注がれる。
その枕元に置かれているのは古びた、所々の朽ちた書物。
青年は憎悪にもにた視線をその書物に向けるが、相変わらず弱々しい声だけが、彼の心情の吐露に他ならなかった。
「オレに、答えてくれないんだ」
激しく歪まされた端正な顔立ちの中にはっきりと流れる懊悩。
胸にあてがわれた腕さえ、行き場をなくした感情に打ち震えていた。
その小さく丸められた青年の背中、滑る様に輝く月光を切り裂くように、細い影が走った。
自らの繊細な指の隙間から覗く黒々とした影は、青年の背後に立っていることを、青年自身に教えた。
「……精霊は……」
細い影は、数瞬の沈黙を挟むと、躊躇いがちに静寂に横槍を入れた。
言葉を背中に、黙ったまま耳を傾ける青年。そこには自ら言い表すことのない拒絶の意思が込められていた。
しかし、その細い影それに構わず、残酷に、或いは慈悲ぶかく青年の背中に言葉を投げる。
「自ら心を開かなくては、答えないは……」
沈黙。
「精霊とは、魂の鏡、形を失った魔力。貴方そのもの」
沈黙。細い影の放つ声ばかりがその残留に空間を濁す。
「私は、リュートの剥き出しの魂に、望みに、憎悪に、優しさに触れた……」
僅かに唸る声が覗く。自身の名を呼ばれた既に夢に落ちた少年も僅かに声を上げる。
「だから、今ここに、私が……“ナギ”がいる」
瞬間。青年が指の隙間から覗き見ていた影が、ゆっくりと薄れ始めた。
それは、少女の影が月明かりに溶ける故ではなく、少女の影そのものが、月明かりを塗りつぶすほど鮮烈な光を放ち始めたからだった。
「貴方が、自分の心に素直になって、受け入れた時、魔道書は貴方だけの形をえる」
その静かに、そして厳かに告げられた声に初めて青年は首を、その輝きの方へ傾ける。
睫毛に夕日の雫が落ちる。
「……それじゃあ」
青年のかすれた声が、紅蓮に光り輝く少女に届く。
気配だけが訝しげに傾げる中、青年の惑わない声が、かすれたままの悩みのない声が貫く。
「お前は……なんなんだ?」
優しげな紅い光に満ちた部屋、空間の間隙に少女は躊躇した、が。再び一息の時間に、それを放った。
「私たちは、魔道書そのものよ……140年前にその存在をわかちた、魔道の極意」
粛然と、伏せられた紅蓮の双方を決意に漲らせ、語る。
「……あとは、貴方とルチア……貴方も、一度だけでいい……心を、解放してあげて……」
青年は、目を伏せた。
次回はグラスホッパーと土蔵魔蔵くん行きたいですねー…この土勇の中で一番のキーパーソンの魔蔵くん。彼の目的とかにも触れて来たいんですけどねー。…
マンティス・パピヨンとサウルちゃんのお話もかきたかったりですね