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24話 投獄、或いは蜉蝣


 「土蔵、もうやめな……陛下の言うとおり、ぼくの行いはあまりに過ぎたものだよ」


 誰もが息を飲んで、口を開かずとも騒がしい広間の中に、ぼくは矢の如く一声を投じた。


 広間の全ての視線がぼくの元に集まる。宰相も、サウルも、その父親も……。


 三者三様の表情を見せながら、ぼくの胸中――枢密院の真意――を図ろうとする。そんなこと、できるはずがないのにね……


 ふと、ぼく自身顔を上げ、土蔵、皇帝、そして若い騎士を見つめると、またこちらもそれぞれ違った瞳をぼくに向けている。


 土蔵は、驚き……? それとも言いようの無い怒りの様な感情が目の奥で渦巻いているのが見える。ぶらんと、力なく垂れ下がった腕とあいまって、今の彼には全身に力が入っていないことを思わせた。


 重圧から解放されたのだろう、騎士は、ゆっくりと視線をぼくの方へ向けるが、すぐに視線をずらし、皇帝を守るように、軽やかな足運びでそばに立った。


 ――だが、その皇帝。彼は自らを護衛する様に側に立った騎士の鎧の喧しい音にも顔色一つ変える事無く、ただ呆然と、ぼくを見据えていた。深い哀しみを宿らせた金色の眼が、ぼくには痛い。


 再び灰色の沈黙が降りる。誰もが言葉を発さない。いや、発せない。


 微かな間隙が有り、どぐらが酷く居心地が悪そうにぼくの方へ歩いて来るのがぼくの目に映った。


 本人は音を立てぬ様に気を配っているのだろうが、どこまでも鏡のように磨かれた床には、幼い足音がこだまする。どぐらはそのままパピヨンの隣に立った。


 「――……あいつを……捕縛しろ……」


 一瞬。誰が何を言ったのか、この空間に居た存在には誰にもわからなかっただろう。誰もが瞬き以上の時間をかけて音の発信源を探った。


 不気味にも冷静に発せられた幼い高い声は、広間の中心、帝国の頂点、騎士に側立たれる皇帝から発せられたものだった。


 何時もの、ぼくが好きな夕焼けを反射する海原の黄金の瞳は、は俯かれて見ることができない。彼は、何を考えてあと言葉を発したのか……。


 誰もが動きを止めていた。萎縮した筋肉に脳からの命令は行き届かなかった。そんな肉体の沈黙に対し、再び皇帝は、一層甲高い声で命じた。


 「早くしろ‼︎」


 その声は、矢のように静寂に突き刺さった。


 最初に動いたのは彼を、護衛するように立っていた若い騎士だった。騎士の彼が鎧を着用しながらもネコ科の動物の様な俊敏さで迫りくることがぼくにはスローモーションの様に映る。体が動かない。


 不思議とパピヨンも土蔵も、何もしないということがぼくにはわかっていた。それがなぜかはわからない。が、ぼくにはそれでよかった。


 今でも、跳躍して緩慢に流れる時の流れの中で、顔を上げた皇帝の目を覗く。酷く哀しみを称えた目だ。その今にも涙のこぼれそうな瞳がぼくに射られる。


 そう。これでいい。


 そう思った瞬間。ぼくの貧弱な体に途方も無く重たく硬いものがぶつかって、大理石の床に叩きつけられる。ぼくはパピヨンの足元に転げると、そのまま騎士に腕を取られた。背中に冷たい鎧の感触が伝わる。不思議と痛みは無く、むしろ騎士から漂う鼻腔に心地いい香りを意識する。


 ぼくはそのまま、犯罪者が警察官に捕まった時の様に――今まさにその状態だが――手の自由を奪われ、皇帝と向き合わされた。


 「……ボクは、お前の事、信じてたんだ」


 言葉。ぼく個人にかけられた言葉はただそこまでだった。悲しい瞳は今や彼の表情からは消え失せていた。


 かつてぼくにだけに見せてくれいた年相応の表情すら、きっともう見ることはない。


 彼は今や慄然とぼくに制裁を下そうとしている。


 「キヨトの全権限を停止したのち、牢に押し込んでおけ……」


 僅かに間が空き、躊躇いの影が彼の横顔に伸びる。が、それも一瞬だった。


 「――……ボクの新任の近衛騎士には、お前……シナ、を命じる」


 視線はぼく、の後ろ……ぼくを後ろから捉えるいい匂いのする騎士に向けられていた。


 ……シナ、そうか、サウルのお友達。


 ほくは、新たに近衛騎士に任じられたシナさんに連れられて、ゆっくりの元老院大広間を後にした。






 連れて来られたのは牢屋……薄暗く、カビ臭く、死臭と血の色の住み着いた死神の住処だった。


 「ここだ……」


 シナさんが言葉少なにぼくを牢前に立たせ、扉を開く、錆び付いた金属のこすれ合う耳障りな音が剥き出しの湿った岩肌に反響する。


 シナさんは扉を開いたまま、動かない。あとはぼくが自分の意識で入れ、っねことか……。無理に押し込められなくて助かった。


 ぼくは牢獄への狭き門につま先を入れた。これ以上進めばもうぼくには未来はないだろう。


 そう思うと、それ以上進むことを本能が、魂が拒否する。


 「一つ、いいか……?」


 その声がぼくの耳に届いたのはぼくが一瞬の躊躇に足を緩めた瞬間だった。


 「蟷螂(マンティス)、ていったけか? お前のゴーレムだろ? なんで枢密院側のお前のゴーレムが宰相の奴の懐刀なんて呼ばれてんだ?」


 その言葉にぼくは今度こそ心身ともに硬直し、無我の侭に脚を止めた。


 「まん、てぃす……――!?」


 そうか、そういうことかそれなら、土蔵のあのおかしな行動もそれで説明がつく……!


 「わかり……ません」


 ぼくはやっとの思いでそれだけを伝えると体を丸めて牢獄の中に入って行った。


 ……マンティス、造物主(ぼく)に対する背任行為、償ってもらうよ。


 「そうか――……お前には悪いが、きっとどれだけ罪が軽くてもこれからのお前の世界の全てはこの牢獄だ……」


 その言葉を最後に再び甲高い音が鳴り響いた。壁に掛けられた燭台から伸ばされた鉄格子の長い影がぼくの体をがんじがらめにする。ぼくの世界は閉ざされた。


 「……オレは、毎日お前に愛に来るよう、陛下から言われている……もしも、陛下にメッセージがあれば……」


 ぼくは、その時初めて彼と目を合わせた。久方ぶりに覗く橙色の瞳には言いようのない、けれど情け深い光が宿っている。


 だが、ぼくはその言葉に対して、ただ首を横に振った。


 「そんなことをすれば、陛下を余計にぼくに縛ってしまいます……そうなることが、ぼくの望みではないですから」


 そのぼくの言葉に一瞬だけかなしそうに瞳を揺らすシナさんだったが、直ぐに硬い声を絞り出した。


 「そうか、わかった」


 そのまま、硬い石の床とシナさんの鎧がぶつかる音がしばらく鳴り響いて、静寂が訪れた。


 耳鳴りがするほどの静けさ、聴こえるのはぼくの呼吸、鼓動。命の音。


 ……上等、だね。






 どれぐらい経っただろうか。多分夜。


 これまでこの鉄格子に覆われたぼくの世界、ぼくの命の音以外に何も聞こえなかったこの場所に全く別の音が聞こえてきた。


 最初は砂がこぼれるような小さな流れる音。それからゆっくりと石が転げる様な音……


 そして、最後には、ぼくの目の前の壁が崩れる音が静寂の世界を蹂躙した。


 月明かりに照らされた皇宮の裏庭がぼくの目の前に広がる。


 「……お迎えに上がりました、主様」


 そして、ぼくの足元、こうべをたれる蝶々をあしらった仮面で素顔を覆い隠した青年の声。


 「パピヨン……」


 ぼくは驚きに声を震わせながら、彼の名をよぶ。


 「私だけではありません。主様の生み出された忠臣、みなここに参上いたしました」


 パピヨンの言葉にぼくは辺りを見渡すと、パピヨンの後方、控えるように二組の双子が同じく膝をおっていた。


 1人は片方を睨むように、もう片方はバツが悪そうに、ぼくに贖いの言葉を述べる。


 が、ぼくの耳にはそんな言葉ははいらなかった。


 ぼくの次なる視点は、そのばにいた、ぼくに瓜二つ、ぼくの双子だと言われても納得が出来るほど精巧にぼくをもして作られたゴーレムに注がれた。


 「蜉蝣(メイフライ)……まさか、きみら」


 メイフライはぼくが、ぼくの影として生み出したゴーレム、パピヨンの弟分……


 「はい、この物には、本来の役割通り、主様の影となっていただきます」


 パピヨンの言葉にぼくの予感は確信へと至る。


 「主様は、我らゴーレムの長子、魔蔵様、土蔵様と共に、人の国へ逃れてください」


 ぼくは突然の成り行きに呆然とすることしか出来ない。


 立ち尽くすぼくをよそに、メイフライは今や崩壊した壁の内側へと入ると、その瞬間、瓦解していた壁は、ビデオの逆再生の様に再び壁の形をとった。


 そして、ぼくは土蔵、魔蔵に手を引かれゆっくりと歩を進める。が、一つ思いとどまり、それを止める。


 「確かに、ぼくは逃げたいと思った……でも、彼……皇帝への罪悪感は嘘じゃない……からならず、ぼくは、いつになるになるかはわからないけど、ここに戻って来るから…………」


 ――そう、それと――


 「パピヨン、君は残ってメイフライのサポート、と、そして――」


 「マンティス……そして元老院の目的ですねで……?」


 そう。それだけわかってくれればいいよ。


 ぼくが内心の言葉を終えると、ぼくの左の手が強くひかれる。


 「早く行きましょう! ご主人サマ!」


 魔蔵がとびきりの笑顔を見せてくれる。うん、そうだね。


 人間の国に、行こうか。

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