2話 傍観、或いは紹介
わりと色んな人がでてくるかも?
それは、あまりに大きな部屋。端から端まで、絢爛な装飾が施され、その部屋の天井にはそれを埋め尽くすほどのフレスコ画がこの部屋に集まったものを見下ろしていた。
しかし、その巨大な空間が僅かに狭く感じる程に、多くの者が集まっていた。
その者たちは、みな老いた顔立ちをし、余すことなく煌びやかな制服を纏っているが、多くのものがその顔、眉に、目に、口に、憂いを帯びていた。
ひしめき合う彼らはみな、ある地点を仰ぎ見ていた。彼らが立つ大理石の床より僅かに目線を高くした場所に、しかし圧倒的存在が昇るに相応しい場所として、遥か高みに据えられた、その玉座……そこに座る者を。その者の言葉を待つように。
しかし、その者は何も語らず、微かに眉を顰めたままに、在らぬ方向を見据え、沈黙を貫いていた。
その目は、まっすぐの彼らのいる地点から東に向けられており、集められた彼らの、不安の元種があると思われる方向であった。
暫しの沈黙ののち、ある者が口を開いた。室内を支配していた緊張の糸がゆっくりとほつれ、彼らはみな、その口を開いた者に一斉に視線を向ける。
「元老院議員の皆様、この度はお忙しい中、お集まりいただき誠に、ありがとうございます……」
浪々と若干低い声がその広間に響き渡る、それはなんの中身もない、形式的な挨拶の始まりだった。
「宰相閣下、挨拶は大変結構ですが、我々にその様な言葉、聞いている暇が有るとは思えませぬ、我らとてあの東の森にて膨れ上がった膨大な魔力は観測しているのですよ」
元老院議員と呼ばれた者どもの中、その中の比較的若い方に分類される男の声が、宰相と呼ばれたその者に申し立てる。
それを聞いた宰相と呼ばれた者は一瞬の沈黙をおいて、元老院議員と呼ばれた者たちへ重く、響き渡る様な声で語り始めた。
「……そうですね、では僭越ながらわたくしが陛下に代わり現状を説明させていただきます……」
再び、広間に気詰まりな雰囲気が降りる。
「皆様も感じられたであろう、東の森での爆発的な魔力の高まり、勇者召喚が執り行われた恐れがあります」
一瞬間、ざわめき立つ広間。しかしそれも、刹那の時でさかなかった。再び、若い声での反論が起こる。
「そんなことは重々承知している! 我らが真に恐れているのは……」
だが、その声はやにわに勢いを殺して行き、ついには宙へと消えた。
その声を発した者の目は、玉座に座り、東方を見据える存在に、恐怖を滲ませながら、注がれていた。
☆
深く、静かな森の一角……ぼくは、ぼくにゆっくりと近づいてくる気配を感じていた。
その気配の持ち主の歩みは緩慢では有るけれど、着実にぼくの方へ近づいてきている。
そして、その気配が近づくごとにぼくは、全身に緊張を走らせて固まってしまっていた。
身体中が縛られた様に動かない、まるで金縛りだ。ぼくが、些少の恐怖に身を縮めている間にも、その気配の持ち主は近づいてきていた。
だがしかし、ぼくはより詳細にその気配の持ち主を読み取ることができるようになっていた。
背は、ぼくよりも一頭分程高く、体重は……本来は痩せ型なんだろうけど、着ている物のせいなのか、ぼくよりもずっと重たい。
ぼくが、そこまでつかんだ瞬間だった……! ついに、彼が姿を現した。
ぼくの前に現れたのは、背の高い……1人の青年だった。うさぎがやってきた方の茂みから、まるで音もせずに青年はそこに立っていた。
スラリとした長身に、その身を守る白銀の鎧……兜はなく、その端正な顔立ちがみて取れた。淡い、蜂蜜色の木漏れ日が、彼の黄金色の髪と瞳をより鮮明に輝かせている。
彼の大きな太陽色の瞳が、微かに見開かれ、かぼそい声で、呟いた。
「……おまえが」
ぼくの姿を捉え、驚いた様な表情を浮かべる彼。ぼくは相手もどうやら驚いているということに若干緊張を解く。
「あ、あの……」
ぼくは助けを求めようと口を開いたが、喉から絞り出した声は震えていてあまりにも頼りない。
「えと……ぼく、道に迷って……気がついたらここにいて……。その、助けてくれませんか?」
多少厚かましいと思われても、まずはここから脱出しなければ話にならない。ぼくは恥ずかしさと恐怖を押し殺して青年に語りかけた。
すると、何処か惚けていたような青年は我にかえったのか、少し鋭い視線をぼくに送ってくる。
その視線は、まるでぼくを見定める様な……値踏みする様な、そんな目つきだった。
ぼくは、その視線に少したじろいでしまう。
「……オレはサウル・シュテルン・オルゴルス……オルゴルス家の長子だ。お前は?」
彼の言っている意味が一瞬わからず、理解するのに瞬刻の時間を要した。つまり、それは自己紹介だった。
そして、それと同時にぼくが自分の名前も名乗らず、一方的に助けを求めているなんて愚行を犯していることに気づく。
「……ッ――ごめんなさい! ぼくは、きよとって言います!」
苗字も名乗ろうかと考えたけれど、少し考えてやめた。確かに、彼……サウルは非常に丁寧な挨拶をしてくれたけれど、彼のいでたちや、その名前から察して、ここがもうぼくの知っている日本では無い、そう直感した。
「……きよと、か……あんまり聞かない名前だな……」
サウルさんは考え込む様に、吟味する様にぼくの名前を反復した。
☆
「……オレの父親は、元老院議員で、叔父がこの国の宰相を務めているんだ」
ぼくはサウルさんと森の中を歩きながら、サウルさんとより詳細な自己紹介をしあっていた。
「げ、元老院……ですか?」
確か、日本では第二次世界大戦終戦を境に完全に国職から姿を消したはずだし、宰相だってそうだ。
しかも、サウルさんの姿は堀の深い顔立ちに、真っ白な肌、長い睫毛にギリシャ鼻、どこからどうみても日本人じゃないし。鎧を着てる。
……ぼく、本当に何処に来ちゃったんだろう。
「そうだ、きよと……元老院まで知らないのか?」
ぼくよりも半歩ほど先を歩いていたサウルさんだけれど、呆れた様な声色と共に足を止めた。ぼくは振り返るサウルさんに頭を降ることしかできない。
「「そうだな、元老院と言うのは陛下の諮問機関みたいな物だな、現在即位されている陛下は御歳若干8歳と言うことも有るからな……まあ、保有魔力は歴代皇帝で頂点に昇るらしいが……」」
皇帝…… 魔力……またわけのわからない単語が出てきた。
どうやらぼくの疑問は顔にでていたのだろう。サウルさんが何処となくおかしそうに顔を歪める。
「流石に魔力はわかるだろう? おまえも、膨大な魔力を持ってるんだし。総量で言えばオレと変わらないくらいだしな」
再び歩き始めてサウルさんは呟いた。魔力がぼくにもある? 一体どう言う事?
しかし、ぼくの疑問はけして声帯を震わせる事はなかった。ぼくは唐突に歩みを止めたサウルさんの、その大きな背中にぶつかってしまう。
「……そろそろ、森を抜けるな……」
そういったサウルさんの声は何処か緊張をはらんでいて、目は真剣そのものだった。
「サウル……さん?」
ぼくは、思わずサウルさんの事を見上げ、つい名前をよんでしまった。
しかし、その声に返す物はなく、ただサウルさんは森を超えた向こう側に視線を向けていた。
サウルちゃんに関しては次話かな? 本当はこの回で魔法とか、この国とかに触れる予定だったんですが……