17話 光明、或いは訓練
「既存の価値観に嫁ぐ気は私にはないわ……」
煌々と揺れる燭台の灯る黄金の部屋の中、巨大な天窓から降り注ぐ蜂蜜色の太陽の光が、ありとあらゆる色を束ねて空間をみたしていた。
その空間の中央に、束ね、重ね合わせられた神聖な光を一身に浴び、光と同化するが如く輝く少女がいた。
空間の中央に座し、祈るように胸の前で腕を組み、瞳を柔らかく閉じていた。
一身に黄金の輝きをみに受け、祈るその様はまさに神聖。
「……姫様、お戯れを」
行き過ぎた静寂の中を引き裂く様な声が舞い降りた、鋭く、しかしゆっくりとした色彩を被った安心感と、同時に緊張を孕んだ声だった。
「アモスは黙っていて……」
再び、整然と鳴る鐘の様に、気配と存在感を限りなく削ぎ落としたともとれる涼やかな声が、今だ瞼を閉じたままの少女の唇から零れた。
それは、諦観の溜息様でもあり、思慕に身をやつした愁の様にも聞こえる。
「……皇帝陛下の元へは、いつごろに向かうの……?」
ゆっくりと、少女の長い睫毛に縁取られた瞼が開く。
世界中の光の色を束ねた輝きの帯の中で、双方に瞬く鈍い濃紫の灯が何者でもない虚空をただ見つめていた。
「3日後……を、予定しております」
アモス、と呼ばれた姿なき声が、光の中で、より強くその存在を誇示する紫根の瞳へ答える。
燭台に灯る火が、僅に揺れるが、少女は気に留めた様子もなく、ただ、虚空を見つめる。
声にすら感情のこもらない少女の、しかしその方には、少女自身すら気がつかぬうちに、微かな珠の色が落ちて居た。
「皇帝陛下の、第一近衛騎士のきよとです!」
「その従者のどぐらでーす」
ぼくと土蔵は今、この国の守護を任じられた騎士の人たちの、その訓練の様子を見学させて貰いにきて居た。
「おー! また来たな! 毎回、毎回見学ばかりで、今日こそ訓練に参加するか?」
ぼくを迎えてくれたのは身長はサウルと同じくらいなのだけれど横幅がその二倍以上ある筋骨隆々としたおじさんだった。
このおじさんはもう20年以上もここで兵役として務めて居てここの訓練場の長だとか言われてる人らしい。
目は優しそうな垂れ目をしているのに雰囲気が野生動物並みだから、初めてあった時は熊が人里に降りて来たのかと思った。
「あ……ぅ、ぼくにはまだ、実践の2倍重い剣を振るうのは無理みたいです……」
そうなのだ、ここの訓練場にはあしがけて1週間ほどになるけれど、ぼくはこれまで一度も訓練に懺悔した事はない。
それどころか、2時間あまりを、ぼぅと、訓練の様子をみている、というだけなのだ。
こんな状態では実力はおろか、時間を無駄にしているに等しい行為だと……
そう、貴族の人たちにいわれてもどうしようもない状態だった。
「まあ……坊主の目的を俺は知っているからいいが、それを、しらない騎士たちは、お前の存在を疑問視するものも多い」
太い眉根を寄せるおじさんの表情に、ぼくも自分の唇を硬く引き結んだ。
確かに、他人からの……特に、騎士さんたちの冷たい視線は前からも感じていた。
だけど、今はぼく自身に力がない以上、このただ、見る。というおこないを辞めるわけにはいかなかった。
「ご主人サマ――気にすることないよ、ご主人サマの手足となるべく、おれ等がいるんだからさ」
土蔵が紅蓮の片目を騎士たちに向けながらつぶやくが、ぼくはその言葉になにも返すことができなかった。
そうだ……ぼくは、なにもできない。――だからこそ、ただ、ゴーレムを作り続けることしかできなかった。
「――……ところで、土蔵、魔蔵は……?」
ぼくの言葉に不思議そうに首をかしげる土蔵、キョトンと見開かれた双方はいつかサウルに酷い魔法をくらわせた時の表情とはにてもにつかなかった。
「まぐらは……あぁ、最後の準備の真っ最中です」
どこか、うわな空の様子で告げる、なんの最後の準備なのか……ぼくには聞くことができなかった。