16話 暗黒、或いは報告
ごめんなさい、遅くなりました(待っていてくれる人がいれば幸いですよね!)そして短いです!
「――マンティスか……」
薄暗く、足元もろくに見ることのできない暗黒の中に、滔々と淀みを……抑揚をしらぬ音が響き渡る。
反響する音からわかることは、この暗闇の空間に来客が来たことと、余りに広い事……そして、ただ、2人だけだということ。
「ええ……宰相閣下。あなたの愛しいのマンティスで胡坐います」
無限の広がりを見せる暗がりの中から姿を表したのは、男か女か
も判別のつかない声色の持ち主……照らされることのない顔には、薄らと笑みが貼り付けられている。
その声にこたえるかのように僅かに椅子の軋む音が聞こえたかと思うと、瞬間、暗がりの中に微かな火が灯る。
小さな木の枝の先に灯された鮮やかな橙が照らすのは、恒星が如く暗闇でも強かに光を放つ二つの瞳……僅かな表情すら浮かべることのない凍てついた顔、肩に纏めて流された黄金色の毛色のあつまり。
「かの勇者……今はどうなっている?」
あるがままに流るる声が、先ほどマンティスと呼ばれ、今だ微かな灯火のうちにも足を踏み入れない何者かへととうた。
「かの勇者……我らが一門に加えられし、『穢土ノ祭祀書』その契約者、グラスホッパーのことですかな?」
飄々と……しかし、垢抜けて精錬された芯の通った声が返事を繰り出す。
だが、本来ならばその言葉に承認を流すべきはずの深海を思わせる声の持ち主は、炯々と儚く燃える細枝の先端を捉えたまま、視線を動かさない。
その静かな彫像のごとき様を見、マンティスと呼ばれた何者かは、困ったように髪をかきあげた。ほんの一瞬、刹那の間光の元に暴かれた白銀の長髪はしかし、僅かにも明かりにとどまることなく、再び闇にとける。
「……そうですね、グラスホッパーですと……――先日の第3のゴーレムに引き続き、4体目のゴーレムを創ったのを、確認しましたよ……」
一瞬、暗闇に照り浮かぶ老いて尚若々しい顔が強張るが、それすらも眼の錯覚と思わせるほどに、次の時が流れる頃には常なる表情に戻っていた。
「……続けろ」
先ほどよりも若干低く、どこか息を潜め、張り詰めた空気を帯びた声が、この広大な空間に浸透する。
そこにいるかかどうかもわからない、虚空に話しかける様はしかし、絶対的な自信と、子どものような恐怖心が聞くもの誰にも手に取るようにわかった。
「……土の勇者が、『星の後継者』の屋敷の最奥、“あの部屋”に入ったとのことだけど」
相変わらず飄々と、しかし常のように真鍮の硬さは見られず、己のみたことの信じることのできない、拠り所を失った子どものような声が、ゆらゆらと頼りない唯一の光源へとすいこまれる。
唯一の光源に照らされた、唯一の黄金の双眸は、いまにもこぼれおる程に見開かれていた。
どこからか吹いた風が、指先の灯火に吹き付け、炎が微かに揺れる。その揺れた光に照らされた顔に落ちた深い影が、より一層小金の瞳を陰惨なものに映す。
「――そうか、サウルが、奴を選んだ、という事か……私でも、オズでもなく、勇者を……星の神殿に……」
わなわなと震える唇から微かに絞り出した声が漏れる。それは聞くものの存在しない絶対的な独り言だった。
「――じゃ、報告は終わったんで、これで帰りますね」
だが、声はやまない。
「……そうそう、皇宮の国庫から魔道書が2冊盗まれたそうです。1冊は名もない魔道書なのでわかりませんが、もう1冊は究極のグリモワールに名をつられる
『焔凪経典議』だそうですよ」
「まったく、サウルちゃんの一族も賢しいもんだね」
荘厳な光をたたえる神殿の如き空間に1人の幼子の声が響いた。本来ならば常に傍に居るであろう相棒の存在はみえない。
「まぁ、だとしても、そんな事は関係ないんだけどね……」
弓なりに歪んだ左右の瞳が、あまりに嘲笑的に光る。
「僕ラ魔道書の精霊をないがしろにした罰、受けてもらうよ」




