12話 拉致、或いは魔法
やっと……やっと……!
サウルと一緒に居たぼくは、突然お化けにさらわれてしまったみたいです。
「――勇者殿……貴方は本当に我らが現人神たる陛下の忠臣として、かのヒトを御守り下さることを他でもない、私に誓ってくださいますかな?」
銀色の仮面の、その本来ならば眼球があるべき闇の中から萌黄色の爛々とした、凶暴性すら孕んだ瞳が覗く。
目の前に傅く銀の長髪の老人は、まるで魂が抜け落ちた土塊のようにその場にただ、存在している。
何故こんなことになっているのか、ぼくの、途切れた記憶からはおもいだせない。最後に覚えているのはサウルの家に案内してもらおうと振り向いたサウルの広い背中だった。
けれど……。
「いえ……あの、それよりも状況を説明してほしいような……それを聞くのが怖いような……」
そう! そんな出来事があったのはほんの数十秒前なんだよ! あの時、一瞬地面の感覚がなくなったかと思ったら突然この広くて暗い空間に連れてこられて⁈ 目の前には銀色の仮面のお化け! で、突然言われたさっきの言葉……! もう、怖くて泣きそぅ……。
「――今ここで、誓っていただけるならば、再び貴方を元の……シュテルンの嫡子の元へ送り届けよう、そして、貴方に“土の魔力”の神髄を教えて進ぜよう――しかし……」
そういって言葉を切るしわがれた声の仮面のおじいちゃん。一瞬、萌黄色の目の光が氷の刃物見たいに鋭く細まった気がした。
そんな強烈な眼光に一瞬気が遠くなるなるぼく。いきなり真っ暗な空間の中に銀色のお面が浮いてるだけでも異常だっていうのに……! サウル助けて……
「もしも、護れないと仰るのならば、この永劫の闇の中で、私と共に朽ち果てましょう」
再び、無感動な光が萌黄色の瞳に宿る。ぼくは落ち着きを取り戻した。
……よしっ! もう少し冷静に成って考えよう、ぼくだってかりにも異世界で何日も過ごしたわけじゃないよ!
このおじいちゃんは多分……あの時の枢密院のおじいちゃんだと思う。よくよく聞いてみればあの深みのある声はおじいちゃんの声だ。
……よしっ!お化けの正体はわかったから次は目的だ!
でも、それさっき言っていたやつで良いんだよね?
……つまり、ぼくがあの小さな皇帝陛下を守る。てことで……。
ぼくは、一瞬目を閉じて自分自身に問いかけて見た。闇の中にもう一つ闇が浮かび上がる。
……ぼくに、あの子を守ることができるか?
……わからない。もしかしたら、傷つけてしまうかもしれない。この世界でのいたらなさで迷惑をかけてしまうかもしれない。
……けど、けど……!
父さん、大っ嫌いな父さん。ぼくに……今だけ、ほんの少しだけ、ほんのチョコっとだけ……勇気を、ください。
「…………す」
ぼくの口からこぼれた、あまりに小さな言葉。
それは、徐々に、徐々に、自分自身へと言い聞かせる調べになって、音楽のように、ぼくの全身を駆け巡る。
「……ります」
またほんの少しだけ大きく、はっきりとした音となって、黒々とした空間にぼくの声を伝わらせる。
「ぼくが、あの子を……! 皇帝陛下をお護りします!」
ふぅ…… ふぅ……。
ぼくは、あまりにも大きな声で言い切ったたため、少しだけ荒くなった息を整える。きっとぼくの今の顔は真っ赤だ。
ふぅ…………。
うん、落ち着いて、また冷静になってきた。
漸く冷めた頭で目の前のおじいちゃんを見てみれば、おじいちゃんの目には意外な表情がうつっていた。
ぼくはてっきり、突然大声を出したことへの非難の目か、若造ごときが! みたいな嘲笑の目がくるとばかり思っていたけど……。
その萌黄色の眼球に映し出されていた唯一の表情は、喜びたとか、楽しみだとか……或いは、狂喜。
とにかく、おじいちゃんはぼくの返答に満足したようにその目を細めて、言った。
「左様でございますか……。勇者殿のご返答に我ら一同、嬉しく存じます。……それでは、お約束通り我ら一族の叡智の結晶たる魔術書をお贈り致しましょう」
そう言って、唐突にぼくの目の前から、僅かな微笑みの気配と共に闇に融ける銀の仮面のおじいちゃん。
「あっ……!」
突如としてぼくをのこしたまま消えてしまったおじいちゃんに驚いたのも束の間。次の瞬間……!
「ああああああ!!!!」
激痛が、ぼくの頭に駆け巡った。
「あ……頭が割れるぅ!!」
頭の、脳みそに何かが無理やりいれられているような不快感。視界は妙に精錬され、炎中の真鍮のように真っ白になって行く。
そして、ぼくの意識は完全にホワイトアウトした。
「ン……」
目が覚め……た? のかな、これ?
ぼくはまぶたを開けたはずなのに真っ暗な視界に一瞬まぶたが二個あるんじゃないかと疑ってしまった。
えっーと、そもそもここはどこだっけ? サウルの背中、お化け、頭がいたい、“穢土ノ祭祀書”。
うん? “穢土ノ祭祀書”?
その瞬間に、ぼくはあの時の頭の痛みと、その原因をすべて理解した。
……そう。確かに全部魔術書の内容みたい。それも、ぼくが使えると思われる土の魔法ばかり。
うーん、どうやら、土の属性は防御に重点がおかれているのかな?
みたところ身を護ったり、仲間を護ったり。みたいな魔法が多いみたい。土人形をつくったり、重力を操る。なんてこともできちゃうみたい。
それに、この真っ暗な空間もこの魔道書の内容どおりだったら、ぼくでも作れるみたい。
土がどう間違ったらこんな風になるのかは永遠の謎だね!
……ゴーレム、創造。なんか、ゾクゾクしてきちゃうね。
ぼくは、辺りを見渡す。この闇の空間はこの空間を作り出した人か、それよりも魔力が多い人じゃないと壊せないし、感知することもできないみたい。
で、どうやらこの空間の創造権はあのおじいちゃんから、ぼくに移っているみたいだし……。
ちょこっとだけなら、いいよね?
「“誦詠”『粗金の 土に奉ずる 千万の 神代の業を 祈りざらまし』ゴーレム、創造!」
ぼくがいつのまにか頭の中に入っていた詩を唄い、その詩に魔力を込めると、それは起こった。
ぼくの目の前の闇が泡立つようにら蠢きたした! うわあ、気持ち悪い。
そして、その闇は次第に大きくなり、ほとんど、ぼくと同じ背丈になりつつあった。
って、このままじゃいけない。これではただの魔術、現象だ。それを固定させることが魔法。
「“ていちゃく”!!」
ぼくは、目を閉じて顔を真っ赤にして叫んでいた。手のひらは蠢く闇の方へ突き出されている。
…………
……
…?
うまく、言ったかな?
ぼくは、恐る恐る片目を開いてる。
すると、そこには……!
「きよと! 大丈夫か!」
背後の闇がガラスが砕けるような音と共に消滅すると、そこから眩しいほどの光が照らす。
すると、ぼくの目の前には立つその子たちの姿がより美しく、鮮明に映し出された。
「きよ……と?」
背後に生み出された空間のほころびから、この空間が消滅して言っていることが手に取るようにわかる。
それと同時に、この子たちも……!
「土蔵でーす!」
「魔蔵でーす!」
ぼくと似たような子たち、てことがよーくわかった。
サウルちゃんの出番が一切無い……どと!