11話 早足、或いは駈歩
神聖な沈黙の降る大空間。天上から訪れる太陽の光が、この大空間の最上に位置するドーム状のガラスから降り注ぎ、空間に光を見たしていた。
天井から招き入れられた光は、その空間のありとあらゆる輝きに反射して、縦横無尽に影を打ち滅ぼしていた。
その、何処までも澄み切った光の見たされた空間に、ただ一人、余りにも肌の白い、作り物めいた少女が目を閉じ、ただ、正面を向いて傅いていた。
少女の目の前に存在するのは透明なガラスによって作られた天使の像……。
その少女を挟む様に据えられたこの部屋におかれる全ての物と同色の黄金の燭台が少女の心を映し出す様に、揺らぐ事なく、そこにある事すら感じさせぬよう燃える。
少女は、その音の無い、沈黙した世界でただ一人、硝子の天使の前に祈る様に跪き、瞳を閉じていた。
永遠にも取られられる時間の中で、決して太陽は動かず、ガラスのドームを通して、清浄な光を空間に見たし続けていた。
影の無い鏡の様に磨かれた透明な床に、眼前の硝子細工を奉る少女を映し出す。
乞われる天使は魂の無い目を俯き、少女に向ける。顔には薄っすらとや優しげな微笑みが浮かんでいるが、その造られた表情ですら、余りに空虚なものだった。
――瞬間。少女の傍に置かれた燭台に灯る炎が、揺れた。
それから間を置かず、少女の長い睫毛に縁取られた瞳が開かれる。白魚のような肌の中に、ポツリと菫色の双眸が緩慢に開かれる。
その藍の色彩の濃い藤の瞳は伏せられたまま銀の膜に覆われ、少女の白魚の如き肌には上気したように朱がさす。
そして、少女の桜色の唇から言葉が漏らされる。
「陛下……遂に、選ばれたのですね、ワタシと年の変わらぬ哀れな人……どうか」
「ねえ、サウル……何処へ向かってるの?」
元老院大広間での衝撃の宣言から然程間を置かず、ぼくとサウルはその部屋を飛び出し、皇宮の中の長い廊下を歩いていた。
どれぐらい長いかと言うとここで運動会ができそうなくらい長い、ぼくがいつも使っていた自宅から駅までの道なんか寄りもよっぽど長い。
とにかく、ぼくとサウルはそんな緋色の絨毯の敷き詰められた白亜の廊下を少し早足で駆け抜けていた。
「はぁ……きよと、お前、オレにしてもそうだがそんな格好で陛下の騎士の受任式を迎えるつもりか?」
サウルの背中を向けたままの、呆れたような声色での指摘にぼくは思わず自分たちの格好を見直す。
サウルの姿は最初、森の中で出会ったころと同じ、薄い衣の上に皮で編まれた鎧を着込んでいる簡単な姿。
一方ぼくは、最初の学校へ向かおうとして、そのまま、この世界に飛ばされて、なおかつ土や汗などに晒されて綺麗な所を探す方が難易度が高いようなシャツだ。
確かに、あの元老院大広間に集まっていた元老院議員のお爺さんや、煌びやかな白銀の鎧に身を包んだ騎士の人たち。
そんな豪奢な姿した人たちと比べたら以下にぼくが、ぼくらがあの場で場違いだったか、唐突に理解させられた。
急に襲ってきた羞恥心にぼくは赤面し、耳まで赤くなる。
ぼくは、そんな恥ずかしさをごまかすために、サウルに再び話をふった。
「ねっ、ねぇ……! ところでさ――」
と、ぼくはここまで行ったところで、その次の言葉に詰まってしまった。
というのも、ぼくは、この次に第一近衛騎士という物について聞こうと思っていたのだけれど、よくよく考えてみると、それがいかに馬鹿な事をしているか。という事に気がついてしまった。
……つまり、ぼくはどんな仕事をするのもわからずに、皇帝の身を護る。という重大な仕事を引き受けてしまった事になる。
このことをサウルにいえば、また、サウルの頭を悩ませる事になる成るに違いない。
ぼくは、すっごく、すっごくサウルに感謝している。だから、あんまり迷惑をかけたいとは思っていない。……とはいっても迷惑しかかけていないけれども。
だから、ぼくはその質問を言葉にする事を躊躇ったのだけれども……。
「……もしかして、第一近衛騎士の事についてか?」
サウルのどこか憂鬱げな視線が振り向きざまにぼくに送られる。
そのサウルからの鋭い質問に対して、ぼくは大きく目を広げた。
「え……! なんでわかったの?」
ぼくが大きな声を出してしつもんしたことにたいして、溜息を尽きながらやっぱりか。と答えるサウル。
「……それが、オレにもわからない」
……え?
「大昔は人間や、帝国が統一される以前の周りの敵国から国防を担う役割をしていたんだがな」
そういって、難しそうに眉根を寄せるサウル。つまりは今は全然違う、て事だろう。それぐらいバカのぼくにでもわかる。
「そもそも近衛騎士、ていうのは帝政に入ってからだしな……でも確か、元老院や枢密院を危険視した事で歴代皇帝によって作られた役職……階級なんだ」
歴代皇帝によって作られた……? それって、歴代皇帝によっては行ってきた仕事が違うって事かな?
物理的に首を傾げたぼくをサウルは視界の端で捉えていたのだろう、微かな苦笑の気配が頭上に響く。
「まあ、そうあんまり気張る事は無い。確かに、この世界のやつならば、名誉だなんだ、と言って騒ぐかも知れないが……お前は、ただ、人間と俺たちとの戰いに巻き込まれただけだ……たとえ、何があったとしても、その時はオレがお前の事を護る」
突如振り返ったサウルの、その真っ直ぐに射られた視線にぼくは身体中に不思議と、勇気が湧いてくるような気がした。
うん……頑張るよ。
加筆しまくりました、ごめんなさい。




