10話 決意、或いは廷臣
漸く……漸く! 予定では5話で終了して居たはずの部分が終わりました! まぁ楽しかったからイイですけどね! はい、今回はきっと色々間違っています。容赦無くご指摘下さいm(_ _)m
突然のその王座に鎮座する幼児の発言はこの大広間に波紋を呼ぶには十分だった。
「――ナッ……⁈ 陛下! ど、どう言う事ですか!」
皇帝の言葉によって水を打ったように静かに成った空間に響いた最初の声は、サウルのよって発せられた物だった。
さっきまで静謐に支配されていた大理石の壁の全てに反響する、サウルの焦ったような声。
正直、鞭打たれたようなその声には、隣に立っていたぼくが一番驚いたとおもう。たぶん。
その、サウルの焦燥とも焦りとも取れる感情の熱が多分に含まれたその声を、しかし受け取った皇帝は涼しい顔をして答える。
「どう言う事もなにも、言葉どうりのいみだが?」
その冷徹な光を、消えもしないで熱く燻る内側の炎を目に宿して、皇帝はぼくらを見下ろした。
その、たった数センチの段差は、ぼくらと、彼の絶対的で、永久的な隔たりであり、関係そのものだった。
「ッ……⁈ し、しかし――!」
尚も、サウルが反論しようとした、その瞬間に、新たなる存在が、この大広間に近づきつつある事を、ぼくは悟った。
だが、そんなぼくが感知した其れも、サウルの抗議の言葉すらも遮って、広間の中央の辺りから、鋭い声が走った。
「陛下、僭越ながら老婆心よりお話申し上げますが……勇者を第一近衛騎士に任ずるのはあまりにもリスクが大きすぎるのでは? そもそも、前例がありません事で……」
浪々と若干低い声がその広間に響き渡る。その声は秋の水面の如く静やかであるけれど、その奥底辺で流動的で常に定まらない感情を内蔵しているようで……聞いている物に独特の気持ち悪さを与える、奥深い声鳴だった。
だれもが、その深く、けして底を見せない声の人物へと視線を集中させる。ぼくも、皇帝も、サウルもまた、例外ではなかった。
吸い寄せられるように向かったぼくらの目線のその先には、眩しげに皇帝の事を見上げながら、柔和な微笑を浮かべた、短い太陽色の髪と、同色の瞳を持った初老の男性だった。
独特の……夏の夜空にある、朧げで、はっきりとしない、今にも消えてしまいそうな儚げな雰囲気をもつ、不思議な男の人だ。見にまとうその雰囲気はともかく、どことなく、先ほどのサウルのお父さんによく似ている様にみえる。
「宰相……いや、ダニル・シュテルン・レシュトハロン。その言葉の真意、聞かせてもらおうか?」
黄金の玉座の上から、静かに、かつきびしい抑圧的な声が降り注いだ。今だ変声期を迎える以前の幼い声だと言うのに、彼の口から発せられるありとあらゆる力が、この場にいる多くの人を震え上がらせた。
だが、ぼくが引っかかった部分は全く別の――とはいっても彼の内容であるが――にあった。
そう。彼の……皇帝の口から放たれた“シュテルン”の言葉……確か、この言葉、さっきも……。
「真意も、なにも……言葉どうりの意味ですが……?」
ダニルと呼ばれた初老の男性は、年齢のない顔に、能面のような薄い笑みを浮かべて僅かに面を下げた。この一からでは彼のその表情から真意を読み取る事などできない。そもそもぼくにそんな技術はない。
「貴様……――!」
皇帝が何かを言おうと口を開いたその瞬間に、大広間の扉が大きく開け放たれた。
「来た……」
大広間に現れた彼――彼等は、先程ぼくが感じ取った、こちら側に近づいて来ている気配の正体だった。
現れた彼等を見たぼくの最初の印象は、黒い。ただ、そらだけだった。
事実、彼等は全身を黒の装束で覆っている。この空間にもともと居た、色とりどりで、煌びやかな服装をした元老院議員の人達とは明らかに一線を画す異様な存在感を抱擁している。
彼等が現れた瞬間から、この大広間からは音が、一切の話し声がかき消された。
ほんのつい瞬刻前まで、ダニルの呼ばれた宰相に声をかけようとして居た皇帝自身でさへ、驚きからか、その山吹色に燃える目を、最大限に見開きながら現れた彼等を凝視している。
他の元老院議員。ダニルに至っても、いや、サウルでさえ! 皆が一様に新しく現れた、まぬかれざる訪問者に全ての神経と目を向けて居た。
ぼくだって、誇り高き一般ぴーぷるだ。皆がしていない事をしない訳がない。
彼等は、広間の中程、皇帝の正面の道を、堂々と人の海を割って通ると、重く低く、唸る様な声を挙げた。
それは、彼等の中でも先陣を切って歩いて居た人物で、ぼくが最初にただ、黒いという印象を受けた人物だった。
彼の髪は、数百年の年代を感じさせる老成した銀髪だが、その髪の毛には老いを感じさせる要素は一切排除され、背中に流されている。その、真黒なトガの上に垂らされた靡く長銀の髪はさながら夜空に輝く天の川を連想させる。
顔は、若い頃もさぞうつくしかったであろう秀麗な面影が横顔からでも伺える。髪の毛と同じ若干つり上がった弓形の眉に、歳の為か窪んでなお、衰えぬ眼光を持ち、眼窩の奥に光る萌葱色の瞳が異常な色彩として、極端に色白な肌の中で際立っていた。
つまり、そこには、長い銀髪で緑な目のお爺さんがそこにいた。
さらに、その後ろには同じ様に真黒なトガを見にまとい、銀の仮面で全面を覆って、手以外の素肌が見えない人達が6人、影の様につきまとっていた。
これ、危ない人たちだ! 直感でそう思った。
広間は、今だ勢力を取り戻した静寂によって支配されていたが、新たに現れた真黒な銀の老人の、絞り出した様な唸り声にも聞こえる声によって、破壊された。
その、轟くが如く轟音は、ダニルと呼ばれた宰相の声とはまた違った奥行を感じさせた。
例えて言うならば、ダニルと呼ばれた宰相の声が滔々とした深海の様な飲み込まれる様な静やかな深さであるのに対して、現れた真黒な銀の髪の老人は、切岸だとか、切り立った渓谷だとかの……引きづり混まれる様な乾燥した深さがそこにはあった。
「レシュトハロン殿。如何に、この国の宰相を務めておられるとは云え、陛下への助言は我等枢密院の役目……。分を越えたその行い。明らかなる謁見行為では?」
ギョロリ、と。その真黒の衣に身を包んだ老人は、その萌黄色の爬虫類のような瞳を、凍てつく視線と共に、ダニルと呼ばれた宰相へと送りつけた。
真黒なトガの銀の髪の老人の後ろに控える、同じく銀の仮面をしたまま、いつの間にか膝まづいてぬかづいている。
彼等の面を覆うその銀の仮面は、顔の装飾こそあれど、そこには全くといっていいほど表情がなかった。微笑みの形に無理やり歪められた魂の無い仮面は、それほどまでに、見るものに、生気も、命も感じさせない、奇妙な親しみと気持ち悪さを抱いていた。
そんな、ひざまづき、額づく6人を背景に、銀の髪の老人が睨めつくダニルと呼ばれた宰相は一変の感情の変化も見せずに、彼にその深みのある言葉をはなつ。
「……これは、主席枢密顧問官と、副議長の方々までがこの“元老院大広間”までどうぞ遥々起こしいただき……前持ってご連絡下さればこちらから赴くにせよ、歓迎の準備でもいくらでも差し上げたのに。……それに、畏れ多くも我々如きが陛下への助言など……その様な真似、少なくとも私には出来ません」
要するにとつぜんくるんじゃない、自分たちはお前たちにウダウダ言われる筋合いはない、てか、そっちこそこっちくんな。て、いってるわけだよね、これ。明らかに返事に成ってないよね。
しかし、その言葉をうけた銀の髪の老人は、眉一つ動かす事なく、再び、轟々と大河の流るる渓谷が如き、轟音を喉から絞り出す。
「なに。我等とて、その様な面倒をかけるつもりは毛頭ない。それに、我等は飽くまで枢密院に与えられた法に倣って行動したまで……法の上に立てるのは唯一、神たる皇帝のみでは?」
んン? 全然、会話成立していなくない? ぼくはそうおもったが、周りはそうではなかったらしい。辺りには新たなる緊張が張り巡らされている。
暫くの間見つめ合う両者、だが、、それは睨み合うでも、目の配せ合いでの会話でもなく……、文字通り、ただ、見る。そこらに落ちている石ころを見る様に無感動で感情のない目で、ただ、お互いを視界にいれているだけ……。
だが、そんな、睨み合いとも言えない見つめあいと、薄ら寒い言葉の応酬に、遂に皇帝からの静止がかかった。
「……もう、いい。枢密院のものどもも、用が無くては来まい、それに、確かに法に触れてはいないのだからな……」
その声色には何処かウンザリとした様な、深い憂いと疲れを帯びた声だった。
そう、皇帝がいった瞬間。睨み合う彼等の視線から、急激に力が失せるのを感じた。その途端に、ぼくもなぜか、肩から力が抜ける、奇妙な感覚に陥ったが、直ぐに合点が行った。あの両者はお互いにプレッシャーを掛け合っていたのだ。あまりにも静かに、表面化で……。その余波が、ぼくや、他の元老院議員にも漏れていたのだろう。ぼくと同じ様にあからさまに声を漏らすものもいる。
「さあ、言ってみろ……わざわざ、元老院大広間まできたんだろう。吾に何の用事があった」
その質問のようにきかれた言葉は、しかしほぼ断定の響き持って、銀の老人の次の言葉を待っていった。
純金色の目を細め、後ろで束ねられた輝く黄金の毛髪が神経質そうに揺れながら、真黒なる老人の言葉を待つ。
老人の口から、嗄れた、けれどやはり淀みのない、乾燥した、ひきづりこまれる様な怪物じみた深い渓谷を思わせる声がはっせられる。
「発言の許可を戴き、いと嬉しく存じます……。我等、枢密院の総意として憚れながら申し上げます。……その、“土の勇者”を陛下の第一近衛騎士へと任じて戴きたく、参った次第でございます」
その言葉が言い終わらぬ内に、幼い皇帝は既に玉座を降りて居た。
そして、傅き、額づく銀の男達の脇を通り過ぎ、静かに、ゆっくりと、静謐と、緩慢に、元老院議員によって埋め尽くされている人の海の中を分けて入って行った。
彼の、皇帝の顔には表情は浮かんではいない。ただ、強いてあげるとするならば、その、純金色の瞳に……うっすらと、透明な膜が張っているようにぼくには思える。
彼の動きは本当にゆっくりであった。だが、歩みはけして滞る事が無く、誰もが――銀の男達以外は――ただ、皇帝がどこへ向かうのかを、目で、這う様に追って行った。
そして、遂に、彼の歩みは止まる。ぼくの目の前で。
「――もう一度言う。……こいつを、この勇者を……。吾の、第一近衛騎士に、任ずる」
この時に成って、ぼくの、異世界での運命は完全に決定づけられただろう。なにせ、誰にも拒否権なんかなかった。
あの、真黒のトガに身を包んだ銀の髪をもつ、酷く色白な萌葱色の老人の言葉の通りなのだから。
この国は、この帝国は、法の上に皇がいる。
――ただ、ただ、幼くて、小さな、孤独な皇帝が。
だから、ぼくは、彼の潤んだ瞳を見た瞬間に、次の言葉を用意していた。
「ぼく、三日 浄土は、貴方の騎士となり、貴方をお護りする事を、この広間に集まった全ての人を証人に、誓います」
いやぁ〜今回は、ほんと、はい。最初は枢密院とか出てくる予定なかったんですよ。ほんと。いきなり銀の老人とか……何もんだよお前たち、て感じです。それにしてもきよとくんの苗字が漸くでて来ましたねぇ、特に意味はありませんが。