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09.滅びた種族の末裔

眠りについたのは、夜も更けた時間。

昨夜は色々あった。何をやったわけでもなく、ただ見ていることしかできなかったとはいえ、フランシェルは疲れていた。だから、ぐっすりと寝ていたのだが――。


東の空がやっと白み始めたかなという時分に、彼はシーベスによって叩き起こされた。

呼んでも起きない彼に業を煮やした彼女によって、襟首を掴まれ宙吊りにされるという、大変よろしくない目覚め方をした。


「……何すんだよ」

問う声が不機嫌になるのは仕方ないというもの。だが、シーベスはフランシェルの機嫌など気にもしないで、彼をテーブルの上に無造作に置くと、その眼前に分厚い本を押し付けてきた。

「ここ。ここを読んで」

仕方なく指で示される部分に目をやるも、そこには記号にしか見えないたぶん文字だろうものが並んでいるだけで、彼には理解不能だった。


「そんな奇怪な物、俺に読めるか」


そう吐き捨てた後、彼はヒョイと身軽にテーブルを降り、先程まで心地良い眠りを提供していた籠の中で丸くなる。

籠からはみ出した尻尾がパタリパタリと緩慢に揺れていた。


その瞬間、シーベスを取り巻く空気の温度が下がった。

彼女は再び彼の襟首を掴み上げ、先程と同じく己の顔の前でブラブラとその身体をぶら下げる。

「こっちは徹夜で調べ物してたって言うのに、のんきに惰眠を貪ってるんじゃないわよ!」

苛立ちが含まれた言葉を浴びせられようとも、恨みがまし気な視線で責められようとも。

理不尽な態勢で、その言葉を聞くことになった彼だって同じ気分だった。


「それはそっちの事情じゃないか。俺は関係ない」

空中でジタバタと暴れ出したフランシェルに、シ-ベスは疲れた様子でため息をつく。仕方なくテーブルの上に彼を置いた。その場で放り出さなかった分だけ、多少は彼女にも冷静な部分が残っていたのだ。

「無関係なら起こさないわよ。あなたのその体質の源である、遠いご先祖様についてわかったんだけど、知りたくなかった?」


寝起きの頭に思ってもみなかったことを問われ、フランシェルはビクッと全身を震わせ固まる。

「何でそんな……?」

 言いたいことはたくさんあるはずなのに、それが言葉にならない。彼が空回りして口をパクパクさせていると、彼女のため息が上から降ってきた。

「気になったから調べただけよ。知りたくない? 知りたくないなら、説明するのも面倒だし言わない」

シーベスは己の疑問を解消するために調べただけだ。とりあえず満足したので、当人がどんな返答を寄こそうと半分以上どうでもよかった。


「いや、わかるなら知りたい。教えてください」


慌てて言葉を取り繕い、フランシェルはブルブルと首を振った。上目使いにこちらを窺っている様子に彼女が深く息を吐き出すと、彼がピンと立っていた耳と髭をへたらせる。


「この本のこの部分なんだけど――」

指で示されたのは先程と同じく、分厚い本のとあるページ。

読めと示されても、無理なものは無理。こんな文字、見たことない。

「だから、読めって言われても無理だって。それ、どこの文字だよ」

少なくとも共通言語ではない。

「えっ? 確か人間の文字だったはずだけど、違った?」

心底意外そうに見つめられても、知らないものは知らない。


共通言語の他に、その国独自の言語や種族の言語等、多様な言語が使われている。フランシェルも共通言語の他に数種類の言語を使えるが、それらはほんの一部でしかない。


「俺はそんな文字、一度も見たことがない。最低でもここら近辺では使ってない文字だ。装丁も古そうだし、使われてる言語は古語の一種じゃないか?」

「……ああ。そういえばフランは南東の王国出身だったわね。今、思い出した。この言語ってずうっと昔に沈んだ南の国の言語だったわ。それなら知らなくて当たり前か」

フムフムと一人で納得しているシーベスの本に添えられた手に、注意を引くようにフランシェルは己の手をチョコンと置く。


「……どうして俺が南東の王国出身だと思った?」


口から零れ落ちた問う声は思ったよりも低く、まるで唸るようだった。そのことが思ったよりも己が動揺していることを示していた。


「食前の祈りの言葉よ。違ったならごめんなさい、になるのかしら? 私にはどうだっていいことよ。それよりもこの本の内容。仕方ないから、読んであげるわ」

その言葉は本心からのものらしく、シーベスは椅子を持ってきて座り、彼女が指し示した部分の朗読を始めてしまった。

自然に力が入ってしまった身体を解し、フランシェルはその場に伏せる。神経質になっている自身を内心で嘲り、小さく息を吐き出して、朗々と響く彼女の声に耳を傾けた。


『今では猫族と呼ばれる滅びた種族。その昔、彼らは人と場所を同じに暮らしていた。人の数はまだ少なく、普段、人の姿をして暮らしていた猫族と人は身を寄せ合い、互いに補い合って生活していた。

満月が近づくと猫族の、特に力が不安定な子供達は、己の意志とは関係なく人の姿から猫の姿へと変化する。それは――(中略)

次第に人の数が増えるにつれ、猫族と人との間で考えの相違が生まれた。そして、人はついに猫族を迫害するようになる。猫族は人に住処を追われ、彼らから身を隠して集落を作った。だが、繁殖力の弱い猫族だけでは子孫は思うように増えず、次第に衰退していった』


「これって昨日言ってた、絶滅種族の話だよな。それが俺のご先祖さまと、なんの関係があるんだよ」

大人しく話を聞いていたものの、我慢できなくなったフランシェルが途中で口を挟んだ。シーベスは本から顔を上げ、呆れた視線を彼に向ける。

「どこをどう聞いたって、これはあなたのご先祖様の話でしょうが。普段、猫族は人の姿をしていた。力の不安定な子供は、己の意思とは関係なく猫に変化した。猫の姿でも言葉を話す。今のあなたの状態そのものじゃない」

そう言われてもまだ納得できないらしく、彼はしきりに尻尾を振り、首を捻っている。その様子にシーベスは嘆息して、

「まあいいわ。まだ少し続きがあるの。最後まで聞きなさい」

目線を本に戻し、続きを朗読する。


『だが、猫族は消えたわけではない。猫族と人がまだ一緒に暮らしていた時代、その間に産まれた子供達がいる。その子孫がいる。

純血の猫族は滅びた。だが、その血は人の血に紛れ、今も確実に受け継がれている。私達の血の中で』


今、必要そうな部分だけ読み終えた後、顔を上げたシーベスはフランシェルを見た。視線がぶつかり、彼の瞳が疑わしげに細められる。尻尾がバタンとテーブルを一度だけ叩いた。

「その話が本当だとしたら、俺のご先祖様が猫族と人の混血児ってことになるんだけど……嘘だろ?」

「この本にはこうとしか書かれてないわ。あなたが人間だって言うなら、あなたの体質が示す条件に当てはまる話は、私が知っている限りこれしかないの。ずいぶん猫の動作が板に付いているみたいだし、その姿になるのは初めてではないのでしょう? それとも人間だって言ったのは冗談だったのかしら?」

笑み含んだ声で問われ、フランシェルはシーベスを睨みつける。だが、それは彼女の笑いをいっそう誘っただけだった。


たぶん、からかわれている。

別の実証でもない限り、シーベスは結論を覆すことはないだろう。

条件は合致しすぎているので、たぶん、彼女の結論は間違っていない。

それでもなかなか信じ難いことだった。まだ代々猫になる呪いをかけられていた、と言われた方が素直に信じられる。


フランシェルはしばらく沈黙していた。彼の惑いを示すように尻尾が落ち着きなく揺れていたのだが――急にピタリとその動きが止まり、両耳がヘニャリとへたれたかと思ったら一言。

「……腹減った~」

そう呟いて、ぐったりとその場で伸びたのだった。

その様子をじっと観察していたシーベスは、唐突に緊張感の欠片もない呟きで、いっきに弛んだ空気に頬を引きつらせた。文句の一つでも言ってやろうと口を開きかけ、文句の変わりにため息をつく。

言葉や態度とは裏腹に、彼の瞳には複雑そうな感情が浮かんでいた。


シーベスは本を手にして立ち上がる。

「ちょっと待ってなさい。簡単に何か作るわ」

自室に本を置いてきてから暖炉に火を起こし、調理に取り掛かる。

言葉通り簡単に作った手抜きの朝食を食べ終えてから、頬杖をついたシーベスが口を開く。


「今日が満月よね。あなたが本当に人の姿になるかどうか、今夜見せてもらうわ。私は夜まで寝るから、よほどの用がない限り起こさないでね。昼食は適当にそこらにあるもので食べて頂戴。じゃあ、おやすみ」


大欠伸をして、フランシェルの返事も待たずに彼女はまた、自室に籠もってしまった。

彼もまた朝食を食べ終えた後に大欠伸をし、ついでに大きく伸びもしてから籠の中に戻る。日当たり最高のその場所で丸まり、足りない睡眠を貪るのだった。


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