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07.侵入者への制裁

「誰か手伝ってくれない。たぶん大丈夫だとは思うけど、もし目覚めたら面倒だから、こいつらを縛っておきたいんだけど。紐か何かないかしら?」


軽い怪我だけで済んだ翼人族の男が、頑丈そうな紐を持ってくる。数人が手伝い、身体検査をした後、人間の男達は紐でグルグル巻きにされ、集落の外れで一ヶ所に封じられた。

彼らが持っていた剣や荷物は、彼らの手の届かない場所にまとめて置かれた。

戦利品として、それらは没収しておく。後で何かしら活用できるはずだ。


「魔女さま。ありがとうございます」

杖をついた老人が現れ、シーベスに頭を下げた。それに彼女は首を横に振る。

「別にお礼なんて言わなくていいわ。私、昼間この男達に会ってるの。その時に始末しておけば、こんなことにはならなかった。私の判断ミスよ。怪我人を手当てするから手伝って。軽傷者はそちらで診てくれると私も助かるわ」

鞄を掛け直し、シーベスは集落の中心地へと向かう。その後をフランシェルはトコトコとついていった。


局地的な雨は止み、燃えたテントからは煙が立ち上るだけになっていた。焦げ臭い匂いが充満する中、怪我人に治療を施していく。

軽傷者には薬や木の葉による治療を。重傷者にはその他に傷の回復を促進する呪文を唱えていった。


それほど大きな集落ではないとはいえ、怪我をしている者は半数以上もいた。ただ、死者が出ていなかったことは、不幸中の幸いだった。

シーベスが治療に専念している間、フランシェルは彼女の横で邪魔にならないようにしながらその様子を見つめていた。

医学の知識はなく、彼女のように魔術も使えない。それに猫の姿なので、薬を塗るとか、包帯を巻くとか、そんな簡単な作業すら手伝うことができない。

彼はどこまでも役立たずな自分が情けなく、この男達をこの森に入り込ませてしまったことが悔しくて堪らなかった。


彼らは自分を追ってきた騎士だ。

フランシェルさえこの森に逃げ込まなければ、彼らがこの森に来ることもなかった。


「さて、やることはやったし。長、塗り薬はここに置いていくから足りなければ後日、私の所までもらいにきて頂戴」

近くにいた翼人族の女に薬壷を渡し、シーベスは老人に問う。

「あの人間達の処遇は、私が決めてもいいかしら?」

老人は考える素振りも見せずに頷いた。

「お好きにしてください。すべて魔女さまにお任せ致します」

その答えに頷き返し、シーベスはフランシェルを従え、一ヶ所に縛られた男達のもとへ向かって歩き出す。


男達の中からリーダー格の、昼間出会った偉そうな男を見つけ出した彼女は、

「コレ、あなたの知り合い?」

ホウキの先で男の頭を軽く突き、彼に訊ねた。平坦で冷たい響きを残す声に、彼女の怒りが全然収まっていないことを感じる。

「残念ながら、知ってる。お知り合いにはなりたくなかったけどな。――俺を殺そうとした奴らだ」

フランシェルの声は内容のわりに淡々とした、感情の含まないものだ。

彼は紐で縛られた男達の姿を、感情の映らない青灰色の瞳で静かに見つめていた。その様子を目にしたシーベスは落ち着きを無くし、八つ当たりの如く気絶した男の頭を箒の柄で殴りつける。


「……これはあんたの怪我の分。こんなんじゃ足りないだろうけどね」


シーベスの暴挙にフランシェルは顔を上げ、彼女の表情に目を見張る。

不自然に歪んだ顔。

押さえ切れない激情を無理に押し殺そうとして、失敗した表情と言うべきか。

それとも今にも泣き出しそうなのに、それを我慢している表情と言うべきか。

彼女の中に渦巻く様々な感情が、この表情を生み出しているのだろう。

彼がそこから読み取れたのは、深い怒りと嫌悪。

そして、憎しみと悲しみだった。


唐突に、シーベスが呪文を口にする。

「轟け、雷鳴。灰燼かいじんに帰すまで燃やし―――」

つくせ、と続くはずだった言葉は、フランシェルによって遮られた。

すべてを唱える前に、彼はその顔に向かって跳びかかる。驚いた彼女はバランスを崩して尻餅をつき、中途半端に途切れた呪文は空気中でパチパチッと小さな火花を散らして失われた。


「何するのよ!」


邪魔をされたことにムッとしたシーベスが怒鳴りつける。フランシェルはそれに怯むことなく正面から彼女を睨みつけ、同じように怒鳴り返した。

「何する? それはこっちの台詞だ。あんたこそ、何をするつもりだった? そいつら全員、丸焼きにでもしそうな勢いだったから止めたんだよ!」

毛を逆立て、牙をむいて威嚇する彼の姿を、彼女は鼻で笑った。

「悪い? こんな奴ら、それくらいされたって当然の報いじゃない。翼人族はね、この森で一番平和的な思考を持った種族なの。無益な殺生を嫌い、腕力も魔力も弱い種族。そんな彼らを一方的に襲って嬲る姿は、それ自体を楽しんでいるように見えた。あなただってこいつらに殺されかけたんでしょう? それなのに助けるって言うの? こいつらの肩を持つの?」


シーベスの言い分は正しい、かもしれない。この男達はしてはいけないことをした。

それはフランシェルにもわかっている。

けれど、ここで自分が引いてしまったら、彼女は男達を手に掛けるだろう。それでは彼女の存在がこの男達と変わらなくなってしまう。


フランシェルはシーベスの勢いに流されないように足を踏ん張り、瞳にグッと力を入れて叫んだ。

「助けるんじゃない。だけど、あんたが殺そうとするのは間違ってる」

彼女が人間嫌いなのは、薄々態度で気づいていた。それが確信に変わったのは、先程見た表情のせいだ。


シーベスは人間を嫌っている。たぶん、人間という存在を憎んでいる。

けれど、彼女が抱えるその感情は、人間である彼らを殺せば済むような問題ではない。彼らを殺したとしても、彼女の憎しみも悲しみも消えない。復讐に駆られた無益な殺生は、彼女の存在を歪めるだけだ。

森は不浄を嫌う。血の穢れを背負った魔女が、森を守る魔女のままでいられるはずがない。


それを理解していたから、フランシェルはシーベスを止めるために声を張り上げる。

「あんたの抱える怒りや憎しみと、俺や翼人族が襲われた時の恐怖、憤り、痛みを一緒に考えるなよ。命の尊さを知ってる魔女のあんたが、どんな命だろうとそれを粗末に扱うな。少しは冷静に考えろ、シーベス」

射殺しそうな目でシーベスがフランシェルを睨みつける。彼は怯むことなくその瞳を真っ直ぐに見つめ返す。


どのくらいの間そうしていたのか。ほんの数秒のことだったのか、数分だったのか。

とても長く感じる時間が経った後、先に目をそらしたのはシーベスだった。唇を尖らせる様子は拗ねた子供そのものだ。

「わかったような口を利かないでよ。じゃあ、あなたは私にどうしろって言うの?」

張り詰めていた糸が解かれたように、フランシェルはへたり込む。耳はペタンと伏せられ、髭はヘニョリと垂れ、尾は地面にダラリと投げ出されている。口からは深々とした吐息が零れ落ちた。


「どうにも。ただ俺はあんたにこいつらと同じことをして欲しくなかっただけ。こいつらのやったことを庇うつもりは毛頭ないし、それ相応の仕打ちは必要だと思ってるよ」

彼の注文に、シーベスが苦笑する。そこにいたのはもう、普段通りの彼女だった。

「難しい注文ね。どんな仕打ちをすればそれ相応になるのかしら」

顎に手を当て、何事か考えるように視線を彷徨わせる。


そうして出た結論は――。


「そうね。生かして放逐する以上、ここの記憶は忘れてもらわないといけないし、いっそ過去の記憶をすべて一生涯忘れてもらいましょう。ずいぶん甘い罰だけど、これはこれで意地の悪い罰になるわ」

嬉々として告げたシーベスに、フランシェルは頷く。この結論なら異論はない。


命を取られるよりもよほど軽い仕打ちのようにも感じられるが、自分がどこの誰かもわからずに後の人生を過ごすというのは、かなり不気味なものだ。

本人から記憶が消えてしまおうと、過去に何をやったかは消えない。その代償はいずれ自分に降り掛かる。たとえ覚えていなくとも――。


いずれ彼らは己の過去に怯えることになる。


それが一生涯続くとなれば、今回のことに対するそれ相応の罰と言えるだろう。



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