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06.襲われた集落

ゴンゴンゴン。

ダンダンダン。


激しく叩かれる扉。それは明らかに、ただ訪問を告げるだけの叩き方ではなかった。

フランシェルは膝から床へと飛び降り、警戒しながら扉を見つめる。シーベスは訝しげな表情で立ち上がり、扉の前に移動した。

小さな隙間から外を覗き、そこから見えた光景に慌てた様子で扉を開ける。すると、支えを失い室内に崩れてくる人物がいた。


どこにそんな力があるのか。

シーベスは自分よりも大柄な、背に鳥のような翼を持つ男を支え、暖炉の前まで引っ張って移動する。そして、男を敷物の上に横向けに寝かし、薬壷を取りに行こうとしたのだが、服の裾を掴まれ止められた。


「魔女さま。助けてください。集落が……!」


起き上がろうとしながら、翼を持つ以外は人間と同じ姿をした翼人族の男が、身体の所々から血を流した状態でシーベスに縋りつき、掠れた声で懇願する。

「あなたの怪我の手当てをしながら詳しい話は聞くわ」

有無を言わせぬ声音で告げ、シーベスは男の手を傷に差し障らないようにやんわりと外し、足早に棚に置いてある薬壺と、木箱に放り込まれていた包帯を持って戻る。


何が幸いするか、本当にわからない。昨夜、余分に作っておいた物をこれほどすぐ使うことになるとは思っていなかった。


手早く男の手当をしながら事情を聞き出した後、治療に使う薬や薬草、木の葉等を急いで鞄に詰めたシーベスはケープを羽織り、その上から鞄を斜めに掛け、入口の近くの壁に立て掛けてあった箒を持って外に飛び出す。


「ま、待てよ。俺も行く」


事の成り行きを呆然と見聞きしていたフランシェルは、扉が閉まる前に慌てて彼女の後を追った。

「何言ってるのよ。あなたが来たってどうしようもないでしょ。それよりもあの怪我人の方を見ていて頂戴」

 箒に乗って今にも飛び出しそうなシーベスの鞄の上に、フランシェルは飛び乗った。

「今のあんたは頭に血が上ってる。何するかわからないだろ。確かに俺は役立たずさ。でも、自分のせいで起こったかもしれないことを知る必要があるんだ」

鞄に爪を立て意地でも離れないという状態で、彼は彼女をまっすぐに見つめる。


事は一刻を争う事態だった。今、こうしている時間すら惜しい。

時間が経つほど怪我人は増え、最悪、死人すら出るかもしれない。


翼人族の男は、剣を持った人間達がいきなり集落を襲ってきたと言った。

戦うことに不慣れな自分達では、外敵の侵入を防げない。このままでは壊滅するかもしれないと、集落の長は危惧したのだという。

だから、集落の中で最速の翼を持つ男を、森の守り手である魔女の所へ助力を求めるため遣いに出した。

男の怪我は混乱する集落の中を抜け出す時に襲われたものだった。怪我を負いながらも、彼は必死にここまで飛んできたらしい。


シーベスはフランシェルを置いていくことを諦めた。


家に置いてきた怪我人の方は、出血の割に浅い傷ばかりで命に関わるものではなかった。襲われている集落に戻られても困るので、眠りを誘う香草も焚いてきた。だから、放っておいてもたぶん大丈夫。


ふわりと浮き上がった箒は、猛スピードで目的地へと二人を運んでいく。

風が唸り、風圧が襲う。

フランシェルは耳を伏せ、振り落とされないよう全身に力を入れ、必死に鞄へとしがみついて耐えた。

そうしてたどり着いた翼人族の集落は――予想よりもひどい戦場になっていた。




子供を抱いて逃げ惑う、翼人族の女達。

それを守るように侵入者である人間の男達と戦う、翼人族の男達。

そこかしこで響く剣を交わす金属の音と、空中を横切る矢。

踏み荒らされた居住用のテントが数個燃えていた。


形勢はあきらかに翼人族の方が不利だ。

この森には戦いを好まない種族が数多く住んでいる。そして、その中でも特に翼人族はその傾向が強く、無益な殺生を嫌悪する平和的な思考を持つ種族で、華奢な身体つきもあってか腕力も弱く、ひ弱な種族だった。

それに対して人間側は戦いを生業とする屈強な男達ばかり。


この現状は弱い者いじめ以外の何物でもない。

そんな非情で一方的な蹂躙を許せるはずがなかった。


シーベスは夜目がきく。だから、矢の軌跡から射手が潜む樹木の位置も簡単に割り出すことができた。

樹木に上り、その枝葉に隠れるようにして矢を射る射手が新たな矢をつがえる前に、一瞬で近づいた彼女はその勢いのまま箒の柄を驚く射手の鳩尾に食い込ませる。息を詰め呻いた射手がバランスを崩し、地面へと落下した様子を冷やかな目で彼女は上から見下ろしていた。

射手は鳩尾に食らった一撃と落下の衝撃で気絶し、ピクリとも動かない。


射手はこの男だけだ。

辺りを確認した後、シーベスは地面に降り立った。近くに落ちた弓を繁みへと足で蹴飛ばし、散らばった矢を踏みにじる。

シーベスの顔から、感情は削ぎ落とされていた。

視線の先にある集落では、残虐行為がいまだに行われている。

その光景を映す瞳だけが、炎を反射してギラギラと輝く。


「フラン。巻き添えを食らいたくなければ、どこかに隠れてなさい」


感情を押し殺した低い平坦な声が、フランシェルに忠告する。彼は逆らうことなく地面に飛び降り、彼女の邪魔にならないように繁みの側へと移動した。

目の前に広がる惨い光景。

彼は言葉もなく、無力な己を心底憎んだ。それでこの光景が変わることはないとわかっていても、そうせずにはいられなかった。


「水の精霊に求む、鎮火」

シーベスが呪文を唱えると局地的な雨が降り出し、テントを燃やす炎の勢いが弱まっていく。

剣を持った侵入者の一人が彼女の存在に気づき、血濡れの剣を持ってこちらに走ってきた。相手がまっすぐ突っ込んでくるのに対し、軽い身のこなしでシーベスはその剣先を横に避ける。すると男は大振りをした剣の勢いで少しバランスを崩しながらも、もう一度斬りかかってきた。

シーベスは身を屈ませることでその刃を避け、反動をつけて手に持っていたホウキの柄の先を突き出す。


それは男の鳩尾を狙った見事な一撃だった。

どういう力加減なのか。毬のように男の身体はその先にあった少し離れた樹木まで素っ飛んでいく。ぶつかった瞬間、樹木が衝撃で激しく揺れ、木の葉がいくつもハラハラと男の上に降った。

糸が切れた人形のように動かなくなった男に対し、彼女は小さく言葉を吐き捨てる。

「私に勝とうなんて百年早い」

その呟きが聞こえてしまったフランシェルは、気を失った同情の余地もない男の姿を見ながら頭の片隅で突っ込んだ。


百年もしたら、こいつら誰も生きてないって。


フランシェルの心の声がシーベスに届くことはない。

彼女は戦場へといっきに駆け寄り、相手の勢いをうまく利用して隙を作り、男達を箒一本で気絶させていった。

戦場に立つ彼女の動きには、一切の隙がない。その動きは優雅で、舞っているようにも見えた。それを目にして、誰が彼女を魔女だと思うだろう。

姿は愛らしい少女だったが、彼女は一流の戦士だった。


最後に相手にした男は他の男達より腕が立ったらしく少々てこずっていたが、結局シーベスに掠り傷一つ負わせることもできずに、今は他の男達同様に彼女の足元で伸びている。


「……こんなことになるなら、あの時、始末しておけばよかった」


悔恨を含んだ呟きが口から零れ、シーベスはその思いを振り切るように頭を振った。

侵入者達を無力化しても、自分がやるべきことはまだ残っている。自責も後悔も、あとですれば良いことだ。

彼女は辺りを見回し、こちらを窺っていた集落の者達に笑いかけたのだった。


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