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04.魔女の事情、猫の事情

夕方。日が完全に沈む前に、樹液を詰めた小瓶二つを手提げ籠に入れたシーベスは、良質な収穫品に機嫌良く帰宅した。

ランプの明かりを灯して天井に吊るすと、まだ籠の中で眠っているフランシェルの姿がぼんやりと映し出される。薬の効果は切れているはずなので、単に治療に集中するために身体が休息を欲して眠っているだけだろう。

ぐっすりと眠っている所を起こすのも可哀想に思え、彼女は彼をそのままにして夕食の準備に取り掛かる。


まずは暖炉に火をおこし、ほどよく火が安定した所で水とダシを入れた鍋をその上に吊るし、それが沸く間にその中に入れる具材を切り分ける。拾われた身の上の割に図々しい猫が、キノコのスープに肉が入っていないと愚痴りながら食べていたことを思い出し、干し肉も一口大に切った。

そうして鍋の中に放り込み、たまにかき回しながら軽く煮込み、肉が軟らかくなってから切っておいた薬草を入れる。こうして薬草入り干し肉のスープは出来上がった。


テーブルの上には皿に盛ったスープ、パン、ベリージャムと今の時期に取れる木の実を焼いた物が並ぶ。

室内を漂う香ばしい匂いに、鼻をヒクヒクと動かしていたフランシェルがようやく目覚めた。大きく伸びをしてテーブルの上へと身軽に跳び、彼は皿の前にちょこんと座る。人間と言う割には、猫の動作に違和感がない。

「それじゃあ、食べますか。森の恵みに感謝を」

椅子に座ったシーベスが食前の祈りを唱える。

「大地の恵みに感謝を。尊い命の欠片をこの身の糧にすることをお許しください」

フランシェルもまた、彼女とは違う食前の祈りを唱える。


食前の祈りの風習は地域、種族、信仰によって言葉が違ってくる。フランシェルが唱えた祈りの言葉は、この森から南東にある王国が主に使うものだった。

祈りを終えて器用にスープを飲む彼の様子を観察する。シーベスの視線に気づいているだろうに、素知らぬ顔をして食事をしているフランシェルに、彼女は小さく息を吐き出した。

疑問はいくつもあるが、問えば彼の抱える問題に首を突っ込むことになるだろう。そのつもりのない彼女は彼から視線を外して、パンに手を伸ばしたのだった。



二人とも無言で食べることに専念していた。

食後のお茶を飲む段階になって、ようやくシーベスが口を開く。関わりたくはなかったが、昼間の下衆な連中のことを話しておいた方がいいと思ったのだ。

「今日、森で変な人間達と会ったわ。十六、七歳の怪我をした少年を探してると言ってたんだけど、あなたの知り合い?」

世間話をするような口振りで問い、ハーブティーを一口飲む。

フランシェルの動きが止まった。探るような視線を向け、警戒した様子で問い掛ける。


「どんな奴らだった?」

「近隣の村の人間じゃないのは確かよ。戦いを生業にした人間の集団。たぶんどこかの国の騎士ね。場所を示す物は何も持っていなかったから、国の名前まではわからなかったけど、ものすごく偉そうな人間が頭だった。……そうそう。色々恨みでも買っているのか、血の穢れがべったり。微かに真新しい血の臭いも漂わせていたわね」

嫌悪感も露わに顔を顰め、シーベスはカップを見つめていた。

フランシェルは俯き、何事か考えるように沈黙する。尻尾が彼の心を反映するように、小刻みにユラユラとテーブルの上で揺れていた。


「まさかとは思うけど、探してる少年があなただってことは無いでしょうね?」


その問いは昼間から抱えていた疑問だった。

シーベスにはフランシェルが猫にしか見えない。言葉を解する、ちょっと風変わりで図々しい猫。

けれど、自分のことを人間だと告げた彼の言葉が、心のどこかにずっと引っ掛かっていた。

お茶を飲みながら、彼女は彼の答えをゆっくりと待つ。


「……そうだと言ったらどうする? あんたは俺を追い出すか?」


長い沈黙の後、重い口を開いたフランシェルは、是とも否とも取れる問い掛けで答えた。その曖昧な答えに、シーベスはわざとらしく肩を竦めてため息をつく。

「どうだっていいわよ、そんなこと。私はあなたを自分の気まぐれで助けただけ。ここに居たいならいくらでも居ていいし、出て行きたければいつでも出て行けばいい。今の所あなたの行動を制限するつもりも、追い出すつもりもないから勝手にしたらいいわ」


これは最大限の譲歩だった。

人間なんて大嫌いだ。関わりたくない。彼らは自分勝手が過ぎる。


シーベスはこの森で育った。自分の目で見て知っているのは、この森の周辺まで。

けれど、代々受け継がれてきた膨大な書物から、この世界に多くの種族が存在することを知っている。

この森にも多くの種族が暮らしている。

時に共存し、時に争い、時に互いを尊重し。

己の分を弁え、森と共に生きている。

だが、人間だけは違った。彼らはこの世界を自分達の物だと、好き勝手にできる所有物だと考えている節すらあった。彼らは森と共に生きる道ではなく、蹂躙することで森を支配し枯渇させる道を幾度も選び続けた。

その身勝手な行動に振り回されるのは、もうウンザリだ。


その思いに変わりはない。けれど、シーベスはこの風変わりな猫を放っておけなかった。


フランシェルをここに置くということは、彼の抱える問題に巻き込まれる可能性があるということだ。彼があの男達の探していた少年だというのなら、彼もまた人間と言うことになる。

けれど、そうだとしてもフランシェルは何かが他と違うような気がしてならなかった。

これは魔女の勘でしかない。

それでも少なくとも彼は魔女であるシーベスを、恐れも見下しもしていない。個として扱っている。その態度に何か裏があるようには思えなかった。

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