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03.血の穢れを纏う人間

シーベスは昼飯を食べ終え、気持ちのいい陽気と穏やかな風に吹かれながら木陰で休憩していた。草の上に直接座り、太い木の幹に背を預けて目を閉じ、森の囁きに耳を傾けていると、複数の足音が近づいてくることに気づく。


それは森に住む生き物達の足音ではなかった。

森に不慣れな人間の足音。


シーベスは訝しげに眉を顰め、首を傾げた。森に一番近い村の人間でさえ、森の奥には入ってこようとしない。それは彼らが己の身が安全に守られる境を知っているからだ。

この森は人間に好意的ではない。それは奥に来れば来るほど顕著で、彼らを拒み、排除するようにできている。

そうして互いの領分を弁えることで、森とそれに接する人間達は危うい均衡の中、なんとか共存していた。


(迷子……?)


可能性はあった。森に害意を持たない者であるなら、人間だろうとここまで迷い込んでも無事でいることもある。森の奥とは言っても、ここは人間が入り込める領域に近い。

けれど、木々の陰から現れたのは迷子などではなかった。


そこにいた集団は、近隣の村の人間達ではない。村の人間よりも身形が良く、軽装ではあるものの鎧を身に付け、剣や弓を下げている。明らかに彼らは戦うことを生業とした人間達だった。

シーベスはその場の清浄な空気が、彼らの出現で揺らぐのを感じる。その身に絡みつく血の穢れが辺りを漂い、彼らを中心として不穏な空気がうごめき出す。

思わず虫唾が走った。

これではせっかく良い気分だったのも、すべては台無しだ。


「そこの娘。こんな場所で何をやっている?」


先頭の一人が偉そうに踏ん反り返っている。たぶん、この男が集団の頭なのだろう。馬鹿面をさらした男に、心の中でだけ侮蔑を向ける。

「薬草を取りに森へ入りました。今は昼ご飯を食べて休憩している所です。何か御用でしょうか、騎士さま」

ここで争っても、この場を余計に穢すことにしかならない。

相手をしたくはなかったが、無視するわけにもいかず仕方なくシーベスはしおらしく見えるように視線を伏せ、男の身形から予想された相手の立場を口にする。


偉そうな男は彼女を上から下まで観察するように見つめてから嘲笑った。

「村の娘か。まあ、良い。訊きたいことがある。森の中で傷を負った少年を見なかったか? 歳は十六、七だ」

嘘をつくとただでは済まさない。

顔に嫌な笑みを浮かべていたが、その瞳はまったく笑っていなかった。冷やかな瞳がシーベスの挙動を見ている。

どの人間の手も、すぐに剣が抜けるように構えられていた。


森の中で見つけた村娘の命など、この男達は取るに足らない物として簡単に切り捨てることができる。返答次第では剣の錆になるだろう、あからさまな脅しだった。


こちらは丸腰。しかも、一人だというのに――。


「いいえ。そんな人、見ませんでした」

怪我をした、自分を人間だという猫は拾ったけどね。


シーベスは心の中でそう付け足し舌を出していたが、表面上は剣に怯えた少女のふりをして、首を必死で横に振る。これもこの場を迅速、かつ円滑にやり過ごすためだ。

「本当に見てないんだな?」

念を押して訊ねる偉そうな男に、シーベスはコクコクと何度も頷き返す。事実、彼女は嘘を言っていない。

“少年”は知らない。

「ならいい」

しばしシーベスの反応に睨みをきかせていたが、そう言うと彼女から目線を外し、偉そうな男はその場から去っていった。その後を数人の男達が無言でついていく。


シーベスは彼らの足音が完全に聞こえなくなるまで待ち、

「何、あれ? えらそうに。自分が一番偉いとでも思ってるのかしら」

苛立ちを吐き出した。

物事を訊ねるにしても、あれでは訊き方がなってない。

刃物をチラつかせて、大人数で脅すなど言語道断。こちらはか弱い女なのだ。

しかも、騎士、という言葉を否定しなかったということは、あれはどこかの国に仕えているということになる。

実力重視でそのことにプライドを持っている傭兵が、実力は二の次で身分を重要視する軟弱な騎士を語るとは思えないからたぶん間違いない。

ということは、その一件にはどこかの国が関わっているのだ。


どうにもきな臭い話にしか思えなかった。

だが、どのような状況だろうと、あの男達は最低の下衆野郎共だ。古式ゆかしい騎士道精神はどこに捨ててきた、と叩きのめしてやりたい。

あんな奴らを使っているようでは、その国の程度も知れるというもの。腐敗した国はいずれ、自ずと滅ぶだろう。


森のためにも面倒事は避けるべきなのがわかっているだけに、シーベスは深く息を吐くことで己の鬱憤をなんとか沈めた。

そして、男達の目的に思考を巡らせる。

(ずいぶんと必死に探しているようだったけれど、騎士が人探し、ねぇ。関わっても碌でもないことしかならないわね、あの感じだと――。にしても、十六、七歳の少年って、まさかね)

即座に浮かんだ考えを笑い飛ばす。


昨夜、拾ったのは怪我をした猫。彼は自分を人間だと言った。

そして、先程の男達が探していたのは、怪我をした人間の少年。


そんなことがあるのだろうか。魔女である自分が、外見は猫だろうと、気配のまったく違う人間と猫を間違えるなんてことが。

腑に落ちないものを感じながらもシーベスは休憩を切り上げ、当初の目的である甘い樹液を出す木を探すのだった。


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