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18.真実 後編

これで一段落。まだ穴があった場所の歪みがひどい。

歪みが消えなければ、完全に穴が塞がったとは言えない。

それが今無理でも、せめてもう少しまともに景色が見えるような段階まで戻さなければ、また穴が開きかねない。


女がそう思った時、次元竜の身体が揺れる。それは本当に僅かな変化だった。だが、女の目にはひどく不自然に映る。

何かあったとしか思えない。女は次元竜の側へと近寄っていく。


「来るな。巻き込まれるぞ」


女の動きを察知した次元竜が叫んだ。けれど、女は止まらなかった。


「自分のことは自分でどうにかできるよ。それよりあんた、どうしたんだい。ずいぶんフラフラじゃないか」


遠くにいた女に気づかれないよう、意志だけでその場に立っていたのだろう。次元竜はその場に崩折れる。傍らまで来てしまった女の姿に首を振った。

「側に来てはいけない。私に残された力はもう微々たるもの。私ももう、いい歳だからね。この穴を完全に塞ぐには、今の私では力が足りないようだ。塞ぎきれない部分は私自身の身体で塞ぐよ。それで何も問題ない。だから、離れてくれ。そこにいたら君まで巻き込んでしまう」


穏やかな、すべてを悟ったような瞳。

諦めではなく、あるがままを受け入れる。そんな態度に、女の内を強烈な怒りが駆け巡る。

その怒りが無力な自分に対してのものなのか、それとも次元竜に対してのものなのかわからない。けれど――。


「そんなことして、あんた自身はどうなるんだい? いくら次元竜だからといって、そんな無茶なことをしたらどうなるか。もしかしたらその身が砕けるかもしれないんだよ」

怒りを露にする女に対し、次元竜はゆるりと笑った。

「そうだな。そうなるかもしれない。それでもいいんだよ。私に残された時間はどのみち残り少ない。それなら森を守るために使った方がよほどいい。もとをたどれば、これらすべての原因は私にあるのだから。最後に私は何かの役立つんだ。何も残すことのできない私にも森を救うことができる。この森が残るなら、それは私の本望だよ」


その瞳に奥に隠された絶望の色。

長い時を一人で彷徨い続け、生きてきた者の孤独と悲しみ。


それを見つけた瞬間、女は自分が何に怒っていたのか気づいた。

「あんたは何も残すことはできないと言うけど、そんなことない。確かに子孫を残すことはできなかったかもしれない。けど、それだけがすべてじゃないだろ? 少なくとも私はあんたの存在に助けられた。私はあんたを友だと思っている」

どれだけ長い時を一人で彷徨い続けていたとしても、今、この時は孤独ではない。そう思って欲しかった。

だから、そんな顔をさせていることが悔しかった。


女はくしゃりと顔を歪める。

泣き出しそうになる一歩手前のような表情。けれど、その瞳に涙はない。

ただ悲しげに次元竜を見るだけだ。


女の様子に次元竜は驚き、オロオロと視線を彷徨わせる。

「あんたが勝手をするなら、あたしも勝手にさせてもらうさ」

次元竜がうろたえている隙に、女は行動に移す。視線を次元竜から歪みへ。

歪みが無くなった情景をイメージし、そうなるように強く念じる。


魔女の力を使うには、とにかく正確なイメージが重要だった。

精霊の力を借りる場合は呪文を使うが、魔女の力は血に宿るもの。己の力を使うのに、特別なものなど必要ない。

今まで次元などという危険な代物に干渉したことなどない。だが、自分なら次元に干渉したとしても大丈夫かもしれない。

女は魔女の中でも強い力を保持していた。だから、これは一世一代の賭けだった。


「何をしているんだ! そんなことをしたら君が死んでしまう」


歪みに干渉する力に気づいた次元竜が、すぐに止めに入る。女の集中力を遮るために、動かすのもやっとな鈍い動作で、頭を使って女の身体を押し倒す。無防備だった女の身体は、簡単に倒され尻餅をつく。

けれど――。


「もう遅いよ。……私じゃあ無理なんだね」


力が歪みに吸い取られていく。

「君が命を投げ出す必要なんてなかったんだよ。私は本当にもう長くない。この場所を動く力もないくらいなんだよ」

逆らいようのない虚脱感に、女の首がガクリと垂れる。身体が後ろに傾ぎ、そのまま地面に倒れた。

「それに私は君の存在を蔑ろにしていたつもりもない。君の存在は私の長い孤独を癒してくれた。だからこそ、私はこの森を守りたかったんだ。君が大切にしているこの森を」

歪みが消え始め、そこは徐々にもとの景色を取り戻していく。


「君のお陰でだいぶ落ち着いたみたいだ。私はこの歪みと共に眠るよ。それですべては収まる。ありがとう、魔女。私の友」


次元竜の頭が地面に落ちた。瞼がゆっくりと下がり、閉じられる。

気づけば、目に見えるほどの歪みは消えていた。


「私のお節介も少しは役に立ったってことかねぇ。どうせならその言葉、もっと早く聞きたかったよ」


青い空を見つめながら、女は呟く。その顔は満足げに笑っていた。

小さな足音が近づいてくる。駆けてきた少女は倒れた女の傍らに膝をつき、覗き込む顔をクシャクシャに歪めていた。その瞳に涙を溜め、縋るように女を呼ぶ。

「婆様、しっかりして。婆様」

何度も呼ぶ幼い声に、女は心の中で苦笑した。


感覚がもうない。残していく少女のことが気掛かりで、けれどもう話し掛けることすらできなかった。願うことは、この子が現実を受け止め、強く生きてくれることだけだ。


生きるすべは、すべて教えた。

あと足りないことは森から知ればいい。

この森がきっと、この子を守るだろう。


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