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16.魔女というモノ

シーベスの取り乱しようは、先程の比ではなかった。フランシェルはマジマジと彼女と枝の上の女を交互に見比べる。

そこにいたのは、外見年齢三十代後半にしか思えない女だった。とても婆様と呼ばれるような年齢だとは思えない。飾り気のないロングのワンピースを身に付け、ショールを羽織った彼女は、どこにでもいそうな御婦人だった。


人間である自分がその感覚で魔女を判断するべきでないと、彼はシーベスから学んでいる。外見は十二、三才の少女に見える彼女だが、その言葉を信じるなら歳は三百歳であり、知識は豊富で戦闘技術も並外れている。

ならば、外見と中身と実年齢が違って見えていたとしても、これは彼女達にとっては当たり前のことなのだ。


というか、そもそも女がシーベスの婆様だとするなら、彼女は死者ということになる。

よくよく観察してみれば確かに女の姿は半透明で、彼女を通してその先にある桜が見えていた。幽霊のせいか、その気配は周りに同化してしまいそうなほど希薄だった。


こうしてフランシェルがじっくりと考察している間にも、シーベスと女の間では言葉の応酬が始まっている。


「いちゃ悪いかい。ここは私が死んだ場所だよ。あんたが心配で、でもここから離れられずにずっと待っていたっていうのに。……誰も近寄らないこの場所に、あんたは絶対に来るって思っていたんだけどねぇ」


女は肩を竦めて息を吐き出し、シーベスを軽く睨みつける。


「この私を待たせ過ぎだよ、まったく。いつ来るか。いつ来るかって、この場を訪れる決心がつくまで、あんたが成長するのを今か今かと待っていたっていうのに。なかなか成長してくれないから、随分長く待ったじゃないか。いったい誰に似たんだい。こうと決めたら自分の考えを頑として変えない。あんたは本当に頑固者だよ」


「婆様ったら、幽霊になってもお説教するのね。私が誰に似たって、婆様に似たに決まってるじゃない」


シーベスは泣きそうになる自分を何とか押さえ、憎まれ口を叩く。思いもかけない出会いに戸惑い、どういう反応していいのかわからなかったのだ。


「あんたがそんなだから、私は天にも昇らずに待っていたんだよ。あれほど言い聞かせたって言うのに、まだ納得してない頑固者め。人間は悪くない。これらはすべて定めなのさ。それなのにあんたときたら自分の感情に振り回されて、いまだにその意味を理解できていない。魔女にとって大切なことは、感情的にならず、いつでも冷静に物事を判断できる理性と知性を持つこと。そして、最善の方法を探し、最悪の未来を見たとしても諦めず行動することだよ。何度も言っただろう。わかってるのかい?」


ヒラヒラと桜の花弁が散っていく。女とシーベスの間を遮って散っていくその姿は、生と死の狭間を示しているようだった。


二人の間はほんの僅かな距離しかないのに、その距離がとても遠い。


「婆様は忘れているみたいだけど。私、未来視はできないわ」

「屁理屈は言わないでよろしい。……そう言えば、そうだった。例えだよ、例え」

ヒラヒラと手を振り、アハハと女が笑う。


「私にはわからないわ。どうして人間は悪くないの? あんなに身勝手な種族、他にはいない。婆様だってわかってるでしょう? 婆様が生きていた時の半分も、森は残っていないのよ。皆、人間のせい。彼らが森を踏み荒らしていったせいよ」

女を見つめ、シーベスは今まで溜め込んできた怒りをぶつける。胸の前でギュッと握り締められた拳が、彼女の感情の深さを表すようにブルブルと震えていた。

「確かに人間達は森を荒らしていったよ。そのせいで森は減ってしまった。それは、事実だ。けどね。森が枯れた原因は彼らのせいじゃない。この森にはもう、時間の流れについていけるだけの力がないのさ。遠い先で、いずれ森は朽ち果てる」


「嘘よ。そんなこと嘘だわ」

激しく首を振り、否定するシーベスを女は静かに上から見つめる。その瞳はすべてを見通すように静かな光を宿していた。

「シーベス、真実から目を背けるのはもうお止め。気づいていたはずだ。気づかないふりをしていただけで、それを人間のせいにすることであんたは真実から目を背けた。これからも逃げ続けるのかい?」


否定する言葉は空回りする。

本当は知っていた。けれど、それを認めてしまうことが怖かった。

この森を出て、いったいどこへ行けというの?

それを問うのが、その答えを知るのが怖かった。


シーベスは無言で立ち尽くす。俯き唇を噛み締め、必死で零れ落ちそうになる涙を堪えていた。

その隣でフランシェルが彼女にどう接していいものかと、困惑も露わな顔で棒立ちしていた。そんな彼に視線を移した女は、にっこりと笑って話し掛ける。


「人間の坊や。実はね、あんたの存在は私にも予想外だった。シーベスが世話になったね」


その瞳に宿るのは、やさしい慈愛の色。親が子に向けるような、そんな感情だった。

フランシェルは首を振る。

彼には女がなぜ、そんな瞳で自分を見るのかわからなかった。


「助けてもらったのは俺の方だよ。シーベスがいなければ、俺は今頃死んでいた」

「あんたはどう思っていようと、私はお礼を言いたいんだよ。あんたに出会わなければ、この子がこの場に来るのはもっと先になっていたはずだ。切っ掛けを作ってくれてありがとう。いい加減に私も天に昇らないと、昇り損ねてしまいそうだったからね」


穏やかな顔で微笑む女を、フランシェルは不思議に思う。


次元竜が怒る切っ掛けを作った人間を。

自分が死んだ切っ掛けを作った人間を。

本当に恨んでいないのか。


その答えが聞けるなら、シーベスが人間に抱いているわだかまりを、少しでも解すことができるのではないのか。


そんな風に彼は思った。

だから、ほんの少し逡巡した後、そのことを女に訊ねた。すると、彼女はなぜか腹を抱えて笑い出したのだ。心底おかしそうに笑うものだから、どうしたらいいのかと同じく困惑顔のシーベスと思わず顔を見合わせたほどだ。


気が済むまで笑った女は、笑いを収めた後にこう告げた。

「どうやら勘違いしているみたいだけど、別に私が死んだのは人間のせいじゃないよ。己の力を過信して行動した結果、訪れたのが死だっただけのこと。切っ掛けは何であれ、私の死は自分自身が招き寄せたものさ。だから、人間を恨むなんてお門違いだよ」

意外な返答に、質問したフランシェルだけでなくシーベスも驚く。彼女は真ん丸に目を見開き、女に問う。


「婆様、それって本当のことなの?」


「今更、嘘なんてついてどうするんだい。あの時、己の力を過信してあんなことをしなければ、今でも私は生きていただろうさ。でも、別に後悔なんてしてないよ。見ていたおまえなら知ってるだろう?」

「そんなの知らないわよ。だって、私が戻ってきた時には婆様、虫の息で倒れていたのよ!」


その言葉でようやく意見の食い違い気づいた女は、不思議そうに首を傾げる。


「そうだったかな。てっきりあんたはあの場所にいたと思っていたよ」

しみじみと呟き、何かに気づいたらしくハッとした様子で彼女はシーベスを見る。

「もしかして私の死の原因を勘違いして人間を恨んでいた、なんてことはないだろうね?」


シーベスは答えない。気まずげにそらされた彼女の顔が、その答えだった。

女はため息をつき、頭が痛いとでも言いたげに米神を押さえて揉み解す。


「どうやらあんたの人間嫌いに拍車をかけたのは、私が原因みたいだね。今更、真実を話すなんて間抜け過ぎるけど――」

唸る女に、フランシェルが続きを促す。

「あの時、この場で本当は何があったんだ?」


シーベスがこの場にいなかった空白の時間。

彼女の考えが誤解だと言うのなら。

その時間にこそ、知るべき真実があるはずだ。


「話さないわけにはいかないようだね。過去の恥をさらすようで気は進まないけど、仕方ないね。話してあげるよ」


そして、女は過去を語り始める。


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