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01.雨の日の拾いモノ

しとしと降る雨は恵みの雨。

夜の森はひっそりと静まり返り、ただ雨の降る音だけが辺りを支配する。


森の奥深く。人里から隠れるように一軒の小さな家が建っている。家の煙突からは煙が立ち上り、カーテンの掛った窓からはランプの薄明かりがもれていた。

家の中では少女がひとり、暖炉の火の上にのせられた小鍋の中身をかき混ぜている。中身は深緑色の液体で、それはグツグツと煮込まれ最終的にペースト状の物になった。

鍋を火から下ろし、今必要になる分だけを皿に盛ってテーブルの上に。残りを小さめの壷へと移し替えて、しっかり冷ますために蓋はしないで棚の上に置く。

部屋の隅にある薬草棚から数枚の木の葉を取り出し、その隣に無造作に置かれた木箱の中から包帯を探し出し、先程の皿と同じくテーブルの上に置いた。


そうして準備を整えた少女は、視線を暖炉の側に置かれた籠へと向ける。その中では先程からぐったりとして動かない黒猫がいた。



見つけた時には全身ずぶ濡れ。至る所に傷を負っていた猫。

その傷口は明らかに刃物で切られたものだった。

家まで連れ帰り、ひとまずタオルで拭いて簡単に止血する。そして、タオルを敷き詰めた大きめのカゴに入れて寝かせた。

生憎、切り傷によく効く塗り薬は切らしていた。その薬は本来、生の薬草を材料に使うのが一番効果的だったが、今はその持ち合わせがない。

少し効力は落ちるけれど、乾燥した薬草は保存してあったから、それを代用して急いで作った。それが、あの深緑色のペースト状の物。



少女が猫をカゴから抱き上げる。イスに腰掛け、作業しやすいように膝の上に乗せた。

血止めに巻いていた布をすべて取り除き、傷口を観察する。小さな傷はもう血が止まっていたが、ざっくりと切れた一番大きな前足の傷は深く、いまだに血が流れていた。

「これぐらいなら何とか大丈夫だと思うけど」

ぼそりと呟き、少女はほどよく冷めたペースト状の薬を傷口の塗る。ピクリと猫の足が動いたが、その動作を無視してその上から木の葉を被せ包帯を巻いた。

その作業を繰り返すうちに、猫の身体はほぼ全体が包帯にグルグルと巻かれてしまった。それほどに大小の差はあれど、傷の箇所が多かったのだ。


一通りの作業を終えた少女は、最後の仕上げに特に傷口の深かった前足の傷へ包帯の上からそっと触れる。

「森の精霊の守護のもとに、この者に憩いと安らぎを」

ぼんやりと緑色に輝く光が少女の手から生まれ、猫の身体へと吸い込まれるように消えていった。

浅い呼吸を繰り返して眠る猫が、少しずつ落ち着いた呼吸を取り戻していく。その様子を観察しながら、唯一包帯が巻かれていない猫の頭を撫でていた少女が小さく息を吐き出す。


(どうして拾ってきちゃったのかしら……?)


少女は自分の行動に戸惑っていた。

別に猫は助けてくれと言わなかった。無言でほんの一瞬こちらを見ただけだ。そのままにしていたら確実に死ぬというのに、その瞳は助けを求めてなどいなかった。

そういう時、いつもなら放っておいた。生きたいと思えない者を生かすのはお節介だ。

森は生きる気力の無い者を生かしておくほど優しくない。助けたとしても、すぐに死ぬだけだ。なのに……。


(そう。きっとあの瞳のせいだわ)


一瞬だけ少女の視線と交わった瞳。それは、きれいな青灰色をしていた。

誰にも媚びることのない、まっすぐな眼差しが自分を動かした。あのままあそこで死なせたくなかったから拾ってきた。それが、答かもしれない。


立ち上がり、そっと猫を籠の中に戻す。その上からそっとタオルを掛け、全身が隠れるように包み直した。

少女は暖炉の火を落とし、天井に吊るしてあったランプを取ってその部屋を後にする。


外ではまだ雨が降っている。今この時だけは、すべてが沈黙していた。


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