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百合色革命  作者: 水月さなぎ
第二部 VS篇
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天華の秘密

 誘拐二日目。


 俺は図太くも昼まで寝こけていた。


 どうせなら体力も万全にしておこうという殊勝な心がけではなく、一歩たりとも外に出ることが出来なかったので気分的に腐っていただけだ。


 ふて寝ぐらいしかやる事がない。


「こんにちわ~。誘拐ライフ満喫してる~?」


「………………」


 そんな腐った気分を台無しにしてくれるほえほえボイスが部屋の中に飛び込んできた。


「そんなものを満喫できるほど図太い神経を持った覚えはありませんよ、枢さん」


 部屋に入ってきたのは誘拐犯なお姉さん。


 枢さんは俺を誘拐したことなど、欠片ほども気に病んでいないようだ。


「その割にはぐうたらごろごろしてたみたいだけど?」


「そりゃあほかにやる事がないから仕方ないでしょう。すぐそこにいるマッチョ二人組をどうにかできればとっくに逃げ出す算段を立ててますよ」


「そっか~。なっちゃんは貧弱なのねぇ。大の男二人程度を相手取れないなんて」


「その理屈だと世の中の大半は貧弱揃いということになりますが」


「そう? ちょっとのど仏をつまんできゅっとやればすぐじゃない?」


「そんなことをするのは枢さんだけです」


 しかも本当にやりそうだから恐ろしい。


「……枢さんの力になりたい人って、天華のことだったんですか? 随分とショタ趣味に見えますが」


 天華はまだ小学生だ。


 対して枢さんは大学生のお姉さん。


 いくらなんでも、やばいだろう。


「ショタ趣味ねぇ。それもまあ悪くないんだけど……」


「悪いです。悪過ぎますからやめてください」


「………………」


 不満そうに俺を睨むのはやめてほしい。


「理由を訊いてもいいですか? 天華に時間がないってどういうことですか。病気にも見えないし、意味が分からないんですけど」


「まあ、普通は分からないでしょうね」


「………………」


「それを理解するには、なっちゃんは幸せに育ってしまっているから」


「………………」


 借金のカタに塔宮家へと売られたことも含めて言っているんだろうか。


 そうだとするなら猛烈抗議をしたい気分だ。


「それも高校卒業までという期限付きでしょ? その気になればなっちゃんは卒業後にいくらでも自由を得られる。違うかしら?」


「そりゃまあ、そうですけどね」


 俺の言いたいことを正確に察してくれたのか、枢さんは悪戯っぽく微笑んでいる。悪女の笑みだ。


「てんちゃんは違うわよ。あの子に自由はない。生まれた時から、死ぬまでずっと」


「え?」


「これはてんちゃん自身に非がある事じゃないわ。春日位家がそういう家なのよ」


「どういうことですか?」


 枢さんはほえほえした表情を一変させて、厳しい顔つきになった。


 この人のこんな表情を見るのは初めてかもしれない。


「塔宮家は昔から実力主義でね。長い歴史の中でも、わたし達分家の人間が当主になったことも珍しくないわ。遠巳坂も、他の家も、最低一度は当主を経験している」


「………………」


「もちろん本家の人間が優秀だった場合はそのまま嫡子が当主を継いでいるわ。でもね、春日位家だけは今まで一度もその経験がないの」


「ないって……」


「春日位家は塔宮の歴史の中で、ただ一人の当主も輩出していない。外部から見ればこれほど劣った家もないでしょうね」


「………………」


「そこで三代ほど前の春日位家当主がある酷い決定をしたのよ。当主候補である子供に発破をかける意味で決めたことなんでしょうけど、むごいことをしたものだわ」


「……何をしたんですか?」


「本家の当主になれなかった春日位家嫡子は、その生涯を封じられてしまうってことよ」


「?」


「具体的には一生座敷牢あたりで飼い殺しってことね。外に出ることも、誰かと関わることも、恋をすることも結婚することもできなくなるのよ」


「嘘だろ!?」


「……嘘だと思う?」


「………………」


 枢さんの目つきが冷たくなる。感情の温度が一気に氷点下まで下がったかのようだ。


「春日位家の人間は、ずっとその絶望と向き合ってきたわ。そして今度はてんちゃんがその犠牲になる。あの子は生まれた時から自分がそうなる覚悟を決めているの。あの子はとても優秀だけれど、今回はあまりにもタイミングが悪すぎたわ。せめてあと五年早く生まれてくれていれば、ゆうちゃんとも十分に張り合えたでしょうに」


「………………」


「当主様はもうほとんど決めてしまっているわね。次の当主はゆうちゃんになるでしょう。そしてあの子は一生幽閉生活を送ることになるわ」


「……知ってるのか? 悊人氏はその事を」


「まさか。春日位家の真実を知っているのは外部ではわたしだけよ。あの子が自分から話してくれたわ。さすがに外部に洩れたら春日位家もただでは済まないでしょうね」


「………………」


「それでも春日位家が取り潰しになることはないはずよ。塔宮グループの中でも春日位家の占めるシェアはかなりのものだもの。たとえ歴代嫡子が幽閉されていると分かったとしても、交渉次第では黙認されるでしょうね」


「……そんな」


 そんな酷い話があってたまるか。


 人間一人の人生を潰しておいて、その程度の扱いだなんて、許されるわけがない。


「当主になれなかったというだけで、春日位家の力は決して小さくはないの。本家に対しても大きな影響力を持っているわ。そして何よりも、幽閉そのものが春日位家の問題と言われてしまえばそれまでなのよ。表沙汰にされたとしても、十分に揉み消せる力が、春日位家にはあるの」


「………………」


「だから無駄なのよ。あの子を助けることは出来ない。春日位家の歪みを取り除くことはできない。当主という妄執に取りつかれてしまったあの家は、今更まっとうな意見になんて耳を貸すわけがないもの。だからあの子も諦めてしまっている。だけどそのままで済ます気はないのね」


「それで、この誘拐ですか」


「そうよ。このままゆうちゃんを大人しく当主にしてあげるつもりなんて更々ないみたいね。だからといって自分が当主になれるとも思っていない。自爆覚悟であなたたちを巻き添えにして、何もかもを滅茶苦茶にするつもりなのよ。どうせ自由がないのなら、最後に思いっきり好き勝手にしてみようって思ったのね、きっと」


「……限度を超えてる気がしますが」


「仕方ないわ。幽閉が当然という認識の過程で育った子供がまともな常識を備えていると思う? 開発室爆破も、この誘拐も、あの子にとっては盤上のゲームみたいなものなのよ」


「ただ、遊んでいるだけだと?」


「そうよ。保身を考えなければ、人間どんな無茶でも大抵はできるわ」


「枢さんは、それに付き合っている?」


「ええ。何もつかめないまま、何も望めないまま、暗闇へと落ちていくあの子がちょっと可哀想だと思ったから。それがどんなにロクでもないことであっても、あの子が望むのなら手を貸そうって決めたのよ。わたしがあの子にしてあげられることは、きっとそれだけだから」


「……それが天華のためにならないことぐらい、枢さんにだって分かってるんじゃないですか?」


「何が正しいのかを決めるのは本人だけよ。他人が口出ししていい問題じゃないわ」


「………………」


「何も知らずにいるのはフェアじゃないと思ったから話したの。もちろんなっちゃんがてんちゃんに同情する必要なんてないわよ。なっちゃんは今この瞬間において間違いなく被害者なんだから」


「しませんよ。このクソガキって言いながら蹴り飛ばしてやります」


「そうそう、その調子。まあ痛めつけられるのはなっちゃんの方だと思うけど、出来れば死なないでくれると嬉しいわ」


「そういうときは是非とも死なないでほしいと言ってくれませんか?」


「無理ね。肝心のてんちゃんがなっちゃんを殺しても構わないぐらいのどうでもいい具合だもの」


「とんでもねえガキですね」


「そうね。でも、失うものが何もない人間のやることは、正直怖いわよ」


「そう思うのなら逃げ出す手助けでもしてくださいよ」


「それは無理ね。わたしはてんちゃんに手を貸してあげると約束したから」


「それが犯罪行為だとしてもですか?」


「それが犯罪行為だとしてもよ。わたしにしてあげられるのは、これだけだもの」


「………………」


「わたしにあの子は救えない。だからせめて、共犯になってあげようって思ったのよ」


 救おうとしたこと。


 救えなかったこと。


 すべての失敗を踏まえて、唯一出来ることを見出した。


 そういうことなのだろう。


 それがどんなにひどい事だとしても。


 本人の為にならないと分かっていても。


 他に出来ることはないから。


 出来る事だけでも、しようと決めたのだ。


 そんな彼女に、俺が言えることなんて何もない。


 責める事すら筋違いだ。


「わかりました。じゃあ俺はあなたと天華の敵になります」


 俺が言えるのはそれだけだ。


「期待しているわ」


 枢さんは満足げに笑って部屋を出て行った。












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