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百合色革命  作者: 水月さなぎ
第二部 VS篇
86/92

大変美味しそうでございました

「どうって言われても……困る。嫌いじゃないことは確かだけど、好きだっていう確信も、まだないし……」


「ふーん? そうは見えないけどなぁ」


 ステアの瞳がじっと俺を覗き込んでいる。


 隠し事を許さない強さがそこにはあった。


 隠したところで深遠を覗き込まれそうな得体の知れなさ、とでも言うべきか。


 立場上、くされ狸共と幾度も渡り合ってきたであろうステアにとっては、十七歳の少年の内心など、赤子の隠し事みたいなものだろう。


「僕はナツキに幸せになって欲しいって思うよ。素直になって欲しいとも思う。友達としてね」

屈託なく笑うステアに思わず苦笑する。


「そう思ってくれているんだったら普段の発言にもっと気を遣ってくれ。あれは友達に対する台詞じゃないと思うぞ」


「それは無理。だってユーリちゃんの反応とかナツキの困った顔とか、たまらなくゾクゾクするんだよね~」


「………………」


 ドSめ!


 真性のドSめっ!


 爽やか極まりない笑顔でそういう事を言うじゃねえ!


「で、どうなの?」


「………………」


 ステアは逃がしてくれない。


 俺が答えるのを待っている。


「ん……まあ、ちょっとは……好き……だと思う……」


 途切れ途切れに答える俺に、ステアは噴き出してしまった。


「あはははっ! 上出来上出来! 好きだって素直に言えるようになっただけでも成長してるよきっと」


「むぅ」


 向けられる好意。


 寄せられる信頼。


 その積み重ねにほだされていないと言ったら嘘になる。


 いつの間にか傍にいることが当たり前になっていて、失うのが怖くなっている。


 だからきっと、これは好きっていう感情で合っている。


 ……まあ、素直に言ってやるつもりは当分ないけど。


 調子に乗られて襲われても困るし。


 ……マジで困るし!


「俺だって邑璃がもうちょっとまともな女だったら素直になってるさ。迂闊にそんなことを言おうものなら俺の貞操が大ピンチなんだ」


「ユーリちゃんってそんなに手が早いの?」


「……かつては手当たり次第だったらしいぞ。女子寮で同室になった女の子がことごとく逃げ出すぐらいに」


「………………」


 ステアは何とも言えない表情になった。


 想像してから、また微妙な表情になる。


「俺だって初日にベッドに潜り込まれた上にキスされたんだぞ。あれが他の女の子に手当たり次第だって考えてみろ」


「何とも恐ろしいね」


「だろう? 今はちょっと更正されてるけどな」


 鉄拳制裁を繰り返しているから邑璃もさすがに以前ほど節操無しではなくなっている。女の子に暴力を振るうのは心が痛むが、それも相手によりけりだ。


 時には拳骨で分からせる必要もある。


 ……あると言ったらあるのだ。


「ユーリちゃんは卒業までにナツキを振り向かせてやるって息巻いてるけど。何のことはない。ナツキが素直になれないだけで半分以上振り向かせてるじゃないか」


「………………」


 認めるのは悔しいが、否定するのも違う気がする。


「ま、頑張りなよ。僕は応援してるからさ」


 ステアが俺の頭をくしゃっと撫でてから離れる。


 どうやら上がるようだ。


「……俺のことより自分の相手を探せよ。いつまでも独り身ってわけにはいかないだろうが」


「うーん。僕としては独り身のままでも困らないけどね。跡継ぎはアレクがしっかり生んでくれるだろうし。血筋が途絶えることはない。今のままでも十分に満たされているからね。出会いがあればいいなとは思うけど、自分から探そうと言うほど積極的な気分でもない」


「………………」


「僕の立場が安定しないうちは、巻き込んでしまう危険もあるからね」


「………………」


 多分、それが一番の懸念なんだろうな。


 ステアは巻き込むことを恐れている。


 大切な人を。


 失うことを怖がっている。


 その気持ちは理解できる。


 だから無理強いするのも酷だ。


「まあ、見つかることを祈ってるさ」


「ありがとー」


 そうしてステアは風呂から上がっていった。


 俺はもう少し浸かることにする。


「……まあ、もうちょっとしたら……素直になってもいいとは思うけどさ」


 などと独り言を漏らしてみたり。


 素直になるのはいい。


 いつまでも意地を張るつもりはない。


 ただ、怖いのだ。


 何が怖いって?


 そりゃあ、俺が素直になった途端に遠慮容赦なく襲いかかってくるのではないかという恐怖だ。


 大袈裟と言うなかれ。


 相手は塔宮邑璃だ。何が起こっても不思議ではない。


 というか、何をされても不思議ではない。


「うぅ……」


 その時のことを考えると身震いする。


 やっぱり女の子が相手なら俺が主導権を握りたい。


 しかし相手が邑璃だとそれは難しい。


 いにしあちぶは奪い合いになりそうだ。


「……やっぱり当分の間は今の関係でいいかもしれない」


 ……それに、気の迷いかもしれないし。


 あんな爆発事件があったから心配になっただけかもしれないし。


 そうだ。もっと状況が落ち着いてからゆっくりと自分の気持ちと向き合えばいい。


 今のタイミングで結論を出すのは早計だ。


 短絡とも言える。


「……なんか、言い訳じみてるけど」


 ちょっと情けない気持ちになりながらも、邑璃に対する答えと態度は保留と言うことで結論が落ち着いた。


 ぶくぶくと湯舟に深入りしながら、気が付いたらのぼせて気分が悪くなるまで居座っていた。


 うう……失態だ。



 風呂から出て浴衣姿になる。


 用意されていた着替えがこれしかなかったので仕方がないのだが、どうにも身体がすーすーして落ち着かない。


 そんな気分で廊下を歩いていると、見知った姿が待ち構えていた。


「こんばんは」


 そこにいたのは遠巳坂枢だった。


 セーター姿で婉然と微笑む姿はとてもよく似合っている。


「こんばんは、枢さん。意外な場所で会いますね」


「ふふふ。まあね。なっちゃんとゆうちゃんが災難に遭ったって言うからちょっと様子を見に来たのよ」


「それはどうも、ご心配をおかけしました。見ての通り大丈夫ですよ」


 元気であることを示すように肩を竦めてみた。


 実際、怪我一つしていない。


「そうみたいね。ゆうちゃんも大丈夫なの?」


「ええ。ぴんぴんしていますよ。何なら会っていきますか?」


「ううん、やめておくわ。今日はなっちゃんに御用があったから」


「俺に?」


「そう、なっちゃんに」


 ずいっと近づいてくる枢さん。


 ちょっと大きめの胸が俺の胸板に当たってしまう。


 待って待って。


 それ以上は不味いから。


 離れてお願いプリーズ!


「ふふふ。かーわいい♪」


「………………」


 やばい。


 完全に遊ばれている。


 枢さんの意図がどこにあるかは分からないが、このままだ弄ばれ損になることだけは確かなようだ。


「ねえ、なっちゃん」


「な、なんですか?」


「ちょっとお姉さんとデートしない?」


「……デートですか」


「そう。デート。ゆうちゃんとはまだ何でもないんでしょう? だったらわたしがデートに誘っても問題はないと思うんだけどな~」


「……そりゃまあ、そうですけどね」


 うーん。この人は一体何を考えてそんな事を言っているんだろう。


 全くもって意味不明だ。


「どうしても嫌?」


「どうしてもって程じゃないですけど」


「じゃあ決まりね」


「オッケーだとも言ってませんけど」


「じゃあはい、これ」


「っ!?」


 枢さんはいきなり俺の右手を掴んで自分の胸に押しつけてきた。


「な、ななっ!?」


 俺の右手、枢さんの胸を揉んでます。


 いや!


 揉みたくて揉んでるわけじゃないから!


 断じてないから!


「ゆうちゃんにバラされたくなかったら大人しく応じてくれる?」


「………………」


 なんておいしい脅迫を!


 ……じゃなくて!


「……わ、分かりましたからいい加減離してください!」


 いつまでも年上の女性の胸を揉んでいるわけにはいかない。


 ……もーちょっと触っていたい気もするけどそこは理性を総動員して表には出さないでおく。


「お姉さんの胸、今イチだった?」


「……とんでもない。大変美味しそうでございました」


 って、何を言ってるんだ俺は。


 いや、でもまあちょっとは得した気分になったことは否めない。


 俺だって健全な青少年だし。


 それくらいは勘弁して貰おう。


「じゃあちょっと付き合ってくれる? ホテル前の公園で待ってるから。そんなに時間はとらせないわよ」


「……分かりました。分かりましたよ。着替えたら行きますから待っていてください」


「十分待っても来なかったらさっきの出来事をゆうちゃんにメールするからそのつもりでね~」


「……絶対に十分前に行きますから勘弁してください」


 脅迫混じりのデート要求をされてしまい、俺は慌てて部屋に戻って着替えるのだった。



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