あいじょーひょーげんなのに!
戻って来たら開発室が半壊していました。
なんていう事実をスタッフ全員があっさりと受け入れたときには俺も複雑な気分になった。
もうちょっとショックを受けたり驚いたり悲しんだりしてもいいんじゃないだろうか。
「いやあ、だってねえ。よくあることだし」
よくあるのかよ!
「バックアップデータは常に身に付けてるから問題ないし?」
そういう問題でもねえしっ!
「念のため本社のサーバーにも暗号データで保存してあるから更に問題なしだね」
だからそういう問題じゃねえだろうがっ!
「それよりも当面の研究をどこでするかだよな」
気にするところはそこかっ!
「どっかホテルを借りようぜ。広めの部屋。公共施設なら連中も手出ししにくいだろ。最低限の警備は保障されてるわけだし」
ホテルを開発室にするなーっ!
……などなど、爆破によるスタッフの精神ケアまで心配してしまった俺が脱力してしまうぐらい、みんな逞しかった。
……これを逞しいと言っていいのかどうかは色々と微妙なところだが。
「ホテルを借りるのは賛成。というよりも実はもう手配してある」
ステアがリーダーシップを発揮して言う。
……実質のトップはやっぱりステアだよなぁ。
実際頼りになるし。
マジで敵じゃなくて良かった。
「さっすがすーちゃん」
「手際よすぎだぜ」
「抱いてー!」
「………………」
一部聞き捨てならない台詞が聞こえたような気がするが、まあスルーしておこう。
俺の精神衛生上のためにも。
「身内の犯行らしいですね。まあ心当たりがなくもないですが」
「っ!」
爆破された開発室を前にスタッフが盛り上がっているその後ろで、緋樫がにやにやしながら呟いてきた。
「こんな物騒な事するヤツに心当たりがあるって言うのか?」
「ええ。大方の予想は付きます。理由もね」
「誰だよ」
「それを教えるほど僕はお人好しじゃないですよ」
馬鹿にしたような態度の緋樫に、俺はキレそうになる。
「ふざけるなっ! 俺も邑璃も死ぬところだったんだぞ!」
緋樫の胸ぐらを掴み上げて引き寄せる。
しかし緋樫の瞳は冷たいままだ。
「それがなんだというんですか?」
「っ!」
冷たいまま、冷静なまま、緋樫は続ける。
「勘違いしないでくださいよ。僕は確かにステアさんとの共同開発を条件に邑璃さんや君に協力しています。だが決して肩入れしている訳じゃない。これは信頼関係ではなく取引関係だということをお忘れなく」
「くっ……」
「君や邑璃さんが殺されようと生き延びようと、僕にとってはどうでもいんですよ」
「………………」
「ほら、分かったら離してくださいよ。いつまでも胸ぐらを掴まれていると僕も苦しい」
「ちっ!」
その通りだ。
本来こいつは敵なのだ。
それを忘れてはならない。
それを忘れてこいつを信用してしまったら絶対にいつか足元をすくわれる。
それに緋樫は犯人を知っている訳じゃない。
予想が付くというだけだ。
その予想は的外れかもしれない。
もちろん当たっているかもしれないが、そうであったところでそれを聞き出すことは諦めなければならないだろう。
人の命がかかっている。
だが、こいつにとっても俺達の命なんて所詮は合計一万円程度でしかないのだ。
「その程度のことは自分たちで乗り切らないと、どのみち塔宮グループを背負って立つことなど出来ませんよ。そんなこと、僕に言われるまでもなく理解しているとは思いますが」
「うるさい」
小馬鹿にしたような正論が酷く癇に障る。
人の命が軽い世界。
何でもないことのように生き死にを扱える人たち。
吐き気がする。
別に、人道主義を訴える訳じゃないけれど。
それでも、こんなのは嫌だ。
俺は初めて後悔しそうになった。
邑璃のためにこの世界に残ったことを。
邑璃をこの世界に踏み入れさせてしまったことを。
俺がいなかったら、俺という存在が邑璃と出会わなければ、邑璃は今でもこんな危ないことに巻き込まれずに済んだんだろうか。
今からでも遅くはないかもしれない。
俺がいなくなれば、きっと邑璃は……
「なっちゃん?」
俺がそんな虚無的な思考に囚われていると、いきなり邑璃が下から覗き込んできた。
「大丈夫?」
「な、何が?」
心配そうに声をかけてくる邑璃。
俺は慌てて視線をそらしながら手を振った。
「泣きそうな顔してたよ?」
「……男に向かって泣きそうな顔はないだろ」
「大丈夫。泣き顔も可愛いから」
「……そうじゃなくて」
はあ。なんかこいつといると脱力するなあ。ついさっき死にかけたばかりだっていうのに、どうしてこんなに元気なんだ?
もっと不安がったり怖がったりしてもいいじゃないか。
女の子なんだから。
「邑璃は大丈夫か?」
「何が?」
「だから、さっきの……」
爆殺されかけたこと、とはさすがに言えなかった。
俺と邑璃。
どちらを狙っていたのか。
可能性で言えば邑璃だろう。
だが、実際のところはどちらでもよかったのかもしれない。
直純の言うとおり、事態を引っ掻き回して楽しむのが目的だとしたら、無理に標的を絞り込む必要はないはずだ。
この先もこんなことが続くのだろうか。
邑璃や俺が巻き込まれるような、危険なことが。
誰かの暇つぶし程度の理由で、そんなことをされてしまうのだろうか。
「なっちゃんが無事だったんだからノープロブレムだよ。それにバカ皇子やボディーガードのお兄さんも頼りになりそうだし。きっと大丈夫!」
「邑璃……」
「怖い?」
「そりゃあな。いち高校生が巻き込まれるにはでかすぎる事件だろ」
「うん。そうだね。でもわたしは引き下がったり逃げたりしないよ」
「………………」
意外とまでは思わない。
心の片隅の方に、こうなると思ったと呆れている俺がいる。
邑璃らしい、とも思う。
「このまま逃げたりしない。なっちゃんを巻き込んだ落とし前はきっちりつけさせてもらうんだから」
「……せめて責任は取ってもらうぐらいにしておけよ」
落とし前って……なんつー男前なお言葉。
「駄目だよー。責任取るって言うとなんだか嫁にもらうみたいじゃない」
「貰われてたまるか! つーか変なたとえと結び付けんなっ!」
あーもう。
ほんっと、こいつといると色々深刻になるのが馬鹿らしい。
「なっちゃん?」
俺はちょっとだけ救われたような気分になり、邑璃の頭をくしゃくしゃと撫でてやった。
「うん。頑張ろうな。俺もこのまま引き下がったりしない。絶対、犯人を引きずり出してぶんなぐってやる」
「その意気だよ、なっちゃん。でも……」
「?」
「どうせ撫でるなら頭じゃなくて胸がいいなぁ」
「どんな変態だっ!」
撫でていた手をぐーにして、今度は殴った。
「いたーいっ! ぼーりょくはんたい!」
「セクハラ発言反対だ!」
「あいじょーひょーげんなのに」
「そんな迷惑な愛情表現はのーさんきゅうだ!」
まったく。
さっきとは別の意味で脱力してしまったじゃないか。
「ナツキ、ユーリちゃん。迎えの車来たから拠点を移るよ。いちゃついてないでさっさとおいで」
車を呼んでくれたステアが手を振ってくる。
どうやら拠点移動の準備ができたらしい。
「今いく」
「行くよー」
邑璃は俺の手を取って車へと向かった。
俺も気が付いたらしっかりと手を握り返していた。
この体温が、今はとても心強くて心地いい。
そう思えたんだ。
きっと、これから先もそう思うだろう。




