コンバート?
悪夢のメイドAIホログラム計画が進む中、俺達の優先順位は明らかに学業よりも先進技術開発室が上回っていた。
もちろん授業は受けているしテストの点数もきちんと維持している。
ただ、放課後になってから教室でのんびりしたり友達とだべっていたりする時間はゼロになった。
終わったらすぐに先進技術開発室へと直行している。
ほとんど寝る前までそこで過ごしている。
メイドAIホログラムナツキヴァージョンはよほど邑璃の琴線に触れたらしい。
……俺は俺モデルの試作品に怪しい改良を施されないように監視するために入り浸っている。
……毎日毎日何らかの改良を加えられて進化していく俺モデルメイドを見るのはとても屈辱的ではあった。
「なっちゃん! 早く行こう!」
「……鼻息荒いぞ」
「だって今日こそぱんちら機能が付くかもしれないんだよ!」
「声が大きいわっ!」
鼻息荒く何を言ってやがるのかこのバカは!
「ふとももが……じゅるり」
「………………」
やはりあの試作品だけはどうにかしなければなるまい。
このままでは邑璃の変態レベルが加速度的に上昇してしまう。
……今でも十分始末に負えないのに、これ以上レベルアップされてはたまらない。
「分かってるか? お前だけじゃなくてステアや他のヤツも見てるんだぞ」
「うーん。それが難点だよねぇ。なっちゃんのことは独り占めしたいけど、バカ皇子達がいないとなっちゃんメイドは完成しないんだから。ここは妥協点?」
「まったく必要性を感じない妥協点だな」
妥協する前に計画を変更させろ。
「だって本物はあんなに可愛くスカートめくってくれないもん」
「俺が『ご主人様、ちょっとだけですよぅ』とか言いながらスカートめくったらただの変態だろうがっ!」
「……それも悪くないかも」
「想像すんなっ!」
「痛いっ!」
拳骨制裁。
女の子に暴力を振るうのは我ながら感心しないが、それも時と場合による。
こうでもしなければ妄想がエスカレートしてしまうのだから仕方がない。
つまり教育的指導なのだ!
そういうことにしておいてほしい。
あとは精神防御の一種かもしれない。
「う~。なっちゃんは最近暴力振るいすぎだと思います!」
「邑璃は最近発言がやばすぎると思います!」
「………………」
「………………」
言い合いを続けながらも、お互いに平行線。
妥協は無し。
当然だ。
邑璃は一切妥協するつもりなんてないだろうし、俺にしたってここで妥協すれば自分がヤバいことを本能的に悟っている。
「大丈夫だよ。わたしの発言がボーダーラインを超えるのはなっちゃんに関することだけだからっ!」
「全然大丈夫じゃねえよっ!」
これ以上は超えないで。
切実にお願いしたいところだ。
「ナツキーっ!」
開発室に向かう途中、ステアがこちらに向かってきた。
「ステア。どうしたんだ?」
ステアは美少年らしくキラキラした笑顔で立ち止まる。
ほんと、黙っていれば美少年だよこいつ。
……口を開くとロクでもないけど。
黒いし。
容赦ないし。
さりげに変態だし。
ドSだし。
「……ナツキ。今、何か失礼なこと考えてなかった?」
「失礼なことは考えていない。客観的な事実を再確認していただけだ」
「バカ皇子。なっちゃんにあんまりくっつかないで」
俺の腕をとったステアを引き剥がす邑璃。
男相手にそこまでヤキモチを焼かなくてもいいような気がするのだが、相手がステアなだけにどこまで本気でどこまで嗜虐心なのか分からないのが怖い。
「そろそろ授業が終わる頃だと思って迎えにきたんだよ、ナツキ」
「開発室のほうで待ってればいいだろうが」
「室長わたし! わたし上司!」
わざとないがしろにされた邑璃が憤慨するがステアはガン無視だ。
本気で性格悪いなぁ。
「実はついにナツキメイドのスカートつまみが実現したんだ!」
「なんだとぅ!」
「スカートを徐々に上げていって頬を赤らめながら上目遣いで『ご、ご主人様、ゆるして……』とか言っちゃうんだよ! すごいよねっ! この前のスカートめくり以上のエロさだよっ!」
「見たくねーっ!」
「見たーいっ!」
俺と邑璃は同時に叫んだ。
「しかもちょっと涙目効果あり!」
「余計な効果だっ!」
「泣いちゃうの? なっちゃんの顔で泣いちゃうわけ? くはっ! 早く行こう! 今行こう! すぐ行こう!」
「落ち着け! その鼻息をまず整えろ!」
我らが室長は順調に壊れている。
しかも自分から望んでどんどん壊れているのだから末期症状だ。
邑璃が俺を無理矢理引っ張り開発室へと急ぐ。
「今日はみんな出かけてるから僕とナツキとユーリちゃんだけだよ。二人でナツキメイドを堪能しようね」
「みんなは?」
「今日から三日ほど休暇。ここのところずっと研究漬けだったからね。たまには休みを上げないと。趣味でやってるとはいえ息抜きも必要だし」
「……わたしは何も聞いてないんだけど?」
「実務は僕が仕切ってるからねぇ。ユーリちゃんは今のところお飾り室長だし?」
「……本人を前に言ってくれるじゃない」
「悔しかったらさっさと実績を積むことだね」
「くぅ。絶対にぎゃふんと言わせてやるからね!」
「人間どうやっても『ぎゃふん』とはなかなか言わないと思うなあ」
「揚げ足とるなバカ皇子!」
俺の時とはまた違った言い合いをしながら、目的地へと向かう。
言っちゃあ悪いが器が違いすぎる。
邑璃ではまだステアの相手にはならない。
経験が違うし、格も違う。
それは企業のお嬢様と皇族という違いではなく、歩んできた人生の違いだろう。
生まれた時からある種の覚悟を決めたステアという人間と、最近までずっと自分の役割から逃げ続けていた邑璃とではレベルに大きな開きがあるのは当たり前だ。
邑璃はやっと前に歩き始めたばかりだし、ステアは大事な妹の立場と権利を守るために立った一人で戦い続けている。
彼を支える人間がどこかにいればいいのに、と思わなくもないが、その辺りを俺が心配するのは大きなお世話なのだろう。
……と、思っていたのだが。
「あれ? 開発室の前に誰か居るね」
「本当だ。誰だろう」
ここからだとまだ顔は確認できない。
「ケイ!」
ステアが手を振る。
どうやら知り合いのようだ。
ケイと呼ばれた彼は、ため息混じりにステアを睨む。
「ステア。勝手にいなくなるな。護衛する方の身にもなってくれ」
「あはは。ごめんごめん。でもこの学園内なら安全だよ。警備がしっかりしてるから、少なくとも外部から襲われる心配はない。ケイこそどうしたのさ。護衛の仕事は外回りの時だけでいいって言っただろ?」
「本国からの呼び出しがあったから伝えに来たんだ。緊急じゃないけどのんびり対応されても困るから捕まり次第連絡寄越せってさ」
「うへえ。折角今からお披露目なのに」
「十分だけ待ってやる」
「そりゃありがたい」
ステアは嬉しそうに肩を竦めた。
「………………」
「その人、誰?」
俺は見覚えのある人物に硬直して、邑璃は首を傾げている。
以前、会ったことがある。
人助けの輸血のために悊人氏に拉致されたときにいた男だ。
どうやらステアの護衛らしいのだが、部下というよりはも友人のように見えるから不思議だ。
「あ、そっか。まだ紹介してなかったね。彼は直純恵。最近雇った僕の護衛だよ。学園から一歩出ると僕の周りも結構きな臭いからね」
「ああ、そういえば以前そんな話をしていたな」
腕利きの固有戦力。
素手でプロとやり合えるエキスパート。
それが、彼か。
「そっちの美少女もどきとは以前会ったな。自己紹介をしておく。直純恵だ。そこの脳天気皇子の護衛を務めている」
直純は軽い調子で挨拶してきた。
「ああ。あの子のお母さんはその後どうだ?」
「元気にやっているらしい。感謝している」
「そりゃよかった」
輸血が必要だったのは彼の知り合いの母親だった。
小さな女の子から涙ながらに懇願されては断るに断れない。
それに命がかかった状況だったし。
「知り合い?」
邑璃が不思議そうに俺達を見る。
「知り合いっていうほどじゃない。以前少しだけ関わっただけだ」
「ふうん」
「ちょっと意外な人間関係だね」
ステアも不思議そうに俺達を見た。
「ケイ。じゃあお披露目が済んだらすぐに出かけるからちょっと待っててくれるかな。あ、それとも一緒に見る? なかなか面白いものがあるよ?」
「まあ、面白いものなら見てもいいけど」
「………………」
見て欲しくないなあ。
でもあからさまに止めるのも興味をそそりそうで怖いなぁ。
ステアはカードを通してからドアを開けようとするが……
そこでいつもとは違う電子音が耳に届いた。
「っ!」
咄嗟に反応したのは直純だった。
「ステア!」
「ケイ!」
二人は言葉を交わさずに呼びかけとアイコンタクトだけでお互いの役割を理解したようだ。
ステアは邑璃を、直純は俺を抱えて咄嗟に後ろへと跳んだ。
その直後、先進技術開発室は爆発した。
アウトロー・ヘヴンから変態師匠がコンバートであります。
こっちは仕事なので変態モードは見せません。
恵たんが変態モードになるのは火錬ちゃんだけなのです。
つまり愛なのですね。多分。




