次男だからって人身御供かよ!? 08
「さて、と」
俺は懐から縁なしメガネを取り出す。今後の女子校生活に必須のアイテムだ。
いくら恐怖の女装訓練を受けたからと言って、一週間程度で完璧な女性らしさを身につけるなど無理な話だった。そこで恭吾に勧められて利用してみたのがこのアイテムだ。つまりは視界の変化による物理的なスイッチ切り替え。
自分の中にもう一人の人格を創り上げ、メガネの有る無しで意図的に切り替えられるよう訓練をしたのだ。つまりはメガネを外している時が男モード。メガネをかけた時が女モード。付け焼き刃ではあるが繰り返していけばそのうち自己暗示として完成していくだろう、とは恭吾の意見だ。
確かに理には適っているし、実際かなりの効果があったのだが。それにしても自分が女の振る舞いをしているのを客観的に想像するとやはり気持ち悪いものがある。別人格だと思いこまなければやってられない。
そんなことを考えながら塔宮学園高等部第一女子寮の玄関口に立ち、IDカードをパネルに当てる。IDカードには俺の顔写真と名前が載っている。するとドアノッカーの付いた真鍮製の扉がゆっくりと開いていく。レトロな外装の癖に内面はちゃっかり自動ドアだったりするのだ。もちろんセキュリティも折り紙付きだろう。
ドアの向こうは開放的なエントランスになっていて、ホテルのロビーのような内装になっている。備え付けのソファーとテーブルでは何人かの生徒が優雅にティータイムなどを楽しんでいた。
入口のすぐ横に管理人窓口があったので、そこに向かう。窓口に待機していた女性に一礼する。
「初めまして。今日からここに入寮することになりました、塔宮棗生です。よろしくお願いします」
俺は女性らしい言葉遣いで挨拶をした。元々の声質が高いので変声期を過ぎた後でも少し無理をすれば女性っぽい声も出せるのだ。……って、なんだか虚しい説明だけど。
「ええ。塔宮本家より連絡はもらっているわ。塔宮棗生さん。私は第一女子寮管理人の季武真木子です。よろしくね」
季武さんは感じのいい笑顔で応対してくれた。年の頃は四十過ぎくらいだろうか。恰幅のいい体格が何だか肝っ玉母さんみたいな感じで親しみを覚える。
「塔宮さんの部屋は三階の十二号室ね。塔宮さん…っと邑璃さんの方ね、と同室よ」
「ええ。聞いています」
階段を上りながら季武さんは話しかけてくる。何だか紛らわしくなってしまって申し訳ない。
「二人は親戚なのかしら?」
「いえ、書類上は姉妹ということになっています」
「え? でも年齢が……」
「私の方が塔宮家の養子になりましたから。ですから邑璃さんとも今回が初対面になります」
「まあ、そうなの」
季武さんは驚いたように口元に手を当てた。なにやら複雑な事情を想像しているようだ。複雑も何も単に身売りされただけなんだけどな。
「着いたわ、ここよ」
そんなことを話している内に三階の十二号室に辿り着いてしまった。扉横のネームプレートには『塔宮邑璃』、そしてすぐ下に『塔宮棗生』と書いてある。俺はドアノブの下にあるカード差し込み口にIDカードを通した。
するとロック解除の音がした。扉を開くと、中には小柄な少女がソファに座って読書をしていた。艶やかな黒髪をツインテールに結わえてあり、少々幼い印象だった。こちらに気付いて振り返ると、きょとんとした表情になった。
「塔宮さん、今日からこの部屋に入ることになった塔宮棗生さんです。ルームメイトとして色々教えてあげて頂戴ね」
「あ、はい。父から聞いています。初めまして。塔宮邑璃です」
その少女、塔宮邑璃は屈託のない笑みを俺に向けた。