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百合色革命  作者: 水月さなぎ
第二部 VS篇
78/92

餌に釣られて

「………………」


「………………」


「………………」


 いきなり三人沈黙シーンから始まってしまうのはなんというか非常に気まずいものがある。しかしこの状況もある程度覚悟はしていたのでいい加減腹を決めて話を進めなければなるまい。


 部屋にいるのは俺、邑璃、そしてもう一人の男。


 先進技術開発室が始動して二週間。


 遊んでいるんだかマッドってるんだか分からないような奔放な空気の中、もう少し違う視点から意見を出せる人員を増やしたいという話になった。


 候補者はそれなりにいたのだが、そのどれもが一線級で活躍している博士達だ。こんな娯楽にも近い部署に異動してくれなんて言われてもはいそうですかと応じるとは思えない。


 名前を売りたい人もいるだろうし、今の地位よりももっと上を目指したい人もいるだろう。


 だが先進技術開発室は当たれば大きいが外れればまた損害も大きい。


 そして今の空気の中大当たりを掴むのは、多分、難しい。


 メインメンバー達がそもそもそこまで躍起になっていない。


 楽しければいい、みたいな空気になっているのだ。


 それが悪いことだとは思わないし、そんな中だからこそ生まれるものもあるだろう。だから今の空気を壊してまで頭の硬い有能人材を入れようとは思わない。


 じゃあどんな人材が適しているのかと言えば、趣味で研究に没頭して、基本的に暇人なくせに嵌ると深い、みたいなクセの強い人物だった。


 そこで白羽の矢を突き立てられたのが、


「却下に決まってるでしょう。どうして僕が邑璃さんの当主就任お手伝いなんてしなければならないんですか?」


「うぅ。やっぱり駄目?」


 にべもなく断ってきたのは懐かしいくらいに久し振りな篠乃芽緋樫。


 研究バカ一直線なマッドサイエンティスト一.五歩手前な男だった。


 さっきまで何かの研究をしていたらしく、鉄くずっぽいものが机の上に広げられている。


「駄目に決まっているでしょう。僕には邑璃さんに協力する理由が見つからない。それ以前にそこの愚民と協力するなんてまっぴら御免ですね」


「うわ……」


 久し振りに呼ばれたなぁ、愚民って。いい加減腹も立たないけどさ。


「当主候補としては嫌かもしれないけど、そもそもひがっちの目的は研究三昧人生でしょ? こっちの部署に来たら思う存分それが出来るよ?」


「それは願ったりですけどだからといって邑璃さんの部下になるつもりなんてありませんよ」


「別に部下になって欲しいわけじゃないんだけど。従って欲しいわけじゃないし。ただ、一緒にやってくれたら嬉しいなって思うだけなんだけど」


「悪いけど他の人材を探して下さい。僕は邑璃さん達に協力するつもりなんてこれっぽっちもありませんから。例え今回の手柄で次期当主がほぼ確定してしまったとしてもね」


「うぅ……」


 取り付く島もない。


「緋樫。あんた、研究したいだけだって言ったよな」


「ええ」


「一人で研究したいのか? それとも、時々は誰かと意見を交わしながら研究したいのか?」


「分かりきったことを訊かないでもらいたい。一人で出来ることには限界があります。研究に行き詰まったり、何らかの集まりがあるときは自分から進んで会いにいっていますよ。彼らとの会話は実に刺激的です」


「ふむふむ。じゃあ『宮下孝治』という名前に聞き覚えはあるか?」


「っ!」


 その名前に、緋樫がぴくりと肩を震わせた。


 目が爛々と輝いている。


 宮下孝治。


 ステアの日本人としての偽装身分。


 悊人氏が優秀だと言っていたくらいだから、きっと緋樫にだってその名前は知れ渡っているだろうと踏んでの鎌掛けだ。


「知っているも何も、精密機器開発若手ナンバーワンじゃないですか。君が知っているのが意外ですけどね」


「へえ、あいつそんなに凄いんだな」


 ……内面はただのドSでドMの妹萌えの癖に。


「……彼を知っているのですか?」


「知っている、と言ったら?」


 どうやら相当に興味があるらしい。この辺りは研究者魂というヤツかな。


「……返答次第で臨時協力くらいは引き受けてもいいですよ」


 食いついた。


 ばっちり食いつきやがったよこいつ。


「実はな、緋樫を誘った部署に宮下孝治がいるんだ」


「なっ!?」


 その事実がよほど意外だったのか、緋樫は顎が外れそうなほどあんぐりと口を開いてしまっている。


「ついでに言うと宮下孝治っていうのはこの国におけるあいつの偽装身分で、本当の名前はステア。S国の皇子様なんだよ」


「なんとっ!」


 更に食いついた。


 貴族主義の緋樫にとっては美味しすぎる餌だろう。


 容姿端麗、立場も高貴、さらには能力もずば抜けている。


 研究方面ではきっと緋樫と気が合うと予想できる。


「先進技術開発室の室長は邑璃だが、実質的にそこを動かしているのは副室長のステア、つまり宮下孝治だ」


「………………」


「つまりな、臨時でもこっちに協力してくれれば緋樫は思う存分宮下孝治と好きな分野について語り合えるし、かなりいい刺激になると思うんだが、どうかな?」


 悪い条件ではない、どころか破格の条件だろう。


「……一つだけ訊きたい」


「?」


 緋樫が何故か恨めしそうな目で俺を見ている。


「宮下孝治と君の関係は?」


「………………」


 うわあ。言いにくいことをずばりと訊いてくるなあ。


 まさかちょっと前までお見合い相手だったとか言えるわけねー。


 俺だけじゃなくてステアの印象まで壊すのはどうかと思うし。


「ええと、契約関係、みたいな?」


「契約関係?」


「うん。まあ……ちょっとした事件をきっかけに交流を持つようになってさ。いざというときに邑璃の後ろ盾になってもらえるよう契約したんだ。俺の対価はもう払い終えたから、あとはステアが契約を果たしてくれるだけっていう状況」


「……一国の皇子に貸し一つですか。見かけによらず凄いですね、愚民の割に」


「愚民関係ねー!」


「……まあ、彼に会わせてもらえるというのなら、応じましょう。臨時協力は約束します。本格協力の方は宮下孝治の価値判断を終えてからということで。今後の研究にとっていい刺激になるようでしたら彼と一緒に仕事をするのも悪くない」


「ほんと!?」


 邑璃が表情を輝かせる。


「楽しい研究を一生続けられるのなら、まあ、協力してあげるのも悪くないですよ。ただし、あなたの下に付くつもりはありませんからその事はくれぐれも忘れないように」


「うんうん! 十分だよひがっち!」


 こうして、若干ツンデレ風味な研究員をゲットしたのだった。


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