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百合色革命  作者: 水月さなぎ
第二部 VS篇
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会議よりも寿司なのだ!

「……え?」


 俺と邑璃が悊人氏に呼び出されたとある休日。


 悊人氏から聞かされた言葉に、邑璃はぽかんとした表情になっている。


「だから、これからは仕事が増えるって言ったんだ、ゆーちゃん」


「えっと……?」


 邑璃は微妙に嫌そうな顔になっている。まあ、当然だろう。理事長職だけでもかなり苦戦しているというのに、これで新しい仕事を増やされたら睡眠時間までも削られかねない。遊びたい盛りの少女としてはかなりの苦痛だろう。


「このたび塔宮グループ内で新しい開発室を立ち上げることになってね。ゆーちゃんにはそこの責任者に収まってもらいたい」


「……どんな開発室なの?」


「先進技術開発室。時代はどんどん新しい技術を求めているからね。塔宮グループとしても技術の進歩には力を入れたい。そこの責任者としてゆーちゃんを指名したいのだが、どうかな?」


「……どうかなって言われても、わたしそんな技術持ってないよ?」


「技術面では専門スタッフをつけるさ。ゆーちゃんにやってもらいたいのはそこの舵取りのみだ。学園経営だけじゃなく開発室の舵取りも出来るようになった方がいい。当主を目指すなら将来的に役立つと思うぞ。ここで新しい技術が開発され、塔宮グループに還元されれば間違いなくゆーちゃんの力が増すことになる。当主になる上ではかなりのアドバンテージだろうね」


「むむ……」


「専門スタッフは優秀な人間を派遣するつもりだし、初期段階における舵取りもサポートをつける。どうだろう。やってみる気はないかい?」


「そりゃあやってみたいって思うし、当主にもなりたいから頑張りたいけど……」


 正直今の状態だけで手一杯と言いたいらしい。学生生活を続けながら二足のわらじを履いているのに今度は三足目も履けというのだから無理もないだろう。完全にキャパシティを超えている。


「もちろん学園経営の方も仕事は減らして構わない。そうだな。理事長のゆーちゃんよりも学園長の方が色々理解しているだろうし、最終決定権だけをゆーちゃんが握る形で大半の仕事を学園長に任せるというのはどうかな。ゆーちゃんが望むなら必要な手配をしておこう。……まあ本来はそこまで引き継ぎが出来て一人前なのだがね」


「うぅ……じゃあその方向でお願い。正直、つらいし」


 だけどそれで開発室の仕事が増えたのではやっぱり辛いままなのではないだろうか、と邑璃が考え込んでいると、


「ちなみにこの役割は棗生くんの手柄によるものなんだけどね」


 などと爆弾発言をのたまった。


「っ!?」


 邑璃が俺を振り返る。


「あー……この前の、ステア関連だろうな。多分……」


 俺は気まずそうに頭を掻きながら言った。


「む」


 ステアと聞いた瞬間、邑璃が膨れっ面になった。


「棗生くんのお陰でこの開発室を立ち上げられるようになったと言ってもいい。どうだい? ちょっとはやる気が出たんじゃないかな?」


「やる! すぐやる! 今やる! 全部やるっ!」


「切り替え早っ!」


 鼻息荒く二つ返事で引き受けた邑璃を見て、俺は若干の呆れと共に少しだけ嬉しい気持ちにもなった。


 俺もちゃんと、役に立ったんだって思えたから。


「じゃあ先進技術開発室室長就任おめでとう、ゆーちゃん。今まで以上に仕事は山積みになるだろうけど頑張るんだよ」


「あうっ! がががが、頑張るもん!」


 あっさりと嵌められたような気がしないでもないのだが、邑璃は負けじと頷いた。



 それから話はかなり目まぐるしく進んでいった。


 俺達が学園に通っている間にも先進技術開発室の建築は進んでいき、というより何故か学園内に開発室が設けられることになったりしたのだが、まあ邑璃にとっては便利だからそれはそれでいいのかもしれない。


 人材の方も悊人氏がかなり有能な人たちを集めてくれているらしく、先進技術開発室はいつでも稼働開始できる状態になっていった。


 ただ、大きな問題が一つ。


 新しく建築された先進技術開発室は三階建ての建物で、学園都市の雰囲気に相応しく外観はレンガ造りになっている。


 見た目はレトロだがもちろん機密情報溢れる場所になる為、中身はセキュリティ万全だ。IDカードと指紋照合でのみ扉が開く仕組みになっている。


 よく分からないがIDカードそのものも偽造が難しい造りになっているらしい。


 そんな厳重なセキュリティを抜けて中に入ると、


「なんであんたがそこにいるのよ――っ!」


 ここの主であり責任者であり、集まった人間に威厳と責任感を漂わせなければならない室長様は、開口一番にそんなことを叫んだ。


 他のスタッフが唖然としている中、指さされた張本人は、


「あはは~。ミスター・トーグーに聞いてない? 僕は本日付でここの副室長になったんだ。よろしくね~室長さん♪」


「き、聞いてないよぉぉ!」


 ひらひらと軽い調子で手を振っているのは、なんとステアだった。


「ステア。お前自分のところはどうなってるんだよ?」


 確か自分の国の人材を育てたりするのに忙しいんじゃなかったか?


「そっちは兼任。ミスター・トーグーにユーリちゃんのサポートを依頼されてね。ユーリちゃんがいるならナツキもいるだろうし、色々面白そうだから引き受けたんだ」


「はは……なるほどね……」


 面白そうだからって……。一国の皇子がそれでいいのか?


 ……いいんだろうなぁ、多分。


 それにこいつがいてくれると色々と心強いことも確かだ。


「ほらほら、室長。そんなむくれた表情のままだと他のスタッフが困りますよ~」


「分かってるわよっ!」


「………………」


 どうやら円滑な始まりとは程遠い幕開けだが、何はともあれ『先進技術開発室』の初顔合わせはこんな感じで過ぎていった。


 開発室のメンバーは邑璃とステアを含めて十人だった。ベテランから見習いっぽい若いのまで勢ぞろいで、幅広い意見を取り込むために敢えてこの年齢層にしたのだろう、ということは容易に想像できた。


 最初から女子高生が室長になると聞かされていた面々は、邑璃にどう接していいのか迷っていたようだが、最初のステアとのやり取りを見ている内に、なんだか愛嬌のある人だなあみたいな印象を受けたらしく、上司というよりは『ちっちゃい上司』『マスコット』みたいな扱いになってきている。


「いやいや、自分をメンバーから抜いてるよナツキ」


「へ? 俺は別にメンバーじゃないぞ。技術開発なんて知識もないし」


「あるじゃないか。何よりも重要な役割が」


「?」


「ユーリちゃんのお守り」


「………………」


 それが重要な役割かよ!


「ミスター・トーグーから聞いたんだけど、ナツキはここの室長補佐ということになってるみたいだよ」


「初耳だあ!」


 いつの間にか妙な肩書きが!?


「一応ナツキだって本家の人間なんだし、そろそろ仕事しろってことじゃないのかな?」


「ついこの間ハード過ぎる仕事をしたばっかりだと思うなあ!」


 ハードというか、ハードボイルドな仕事だった。


 アレを経て怠けていると思われてはたまったものではない。


 そもそも本来は卒業までこの学校に通い、邑璃の面倒を見るというのが本来の契約の筈なのに何がどうなって塔宮グループの中枢に組み込まれようとしてるんだ!?



 ところ変わって会議室。


 俺を含めて十一人が長机と椅子に座っている。


 そして長机の上にはそれぞれにお茶と特上寿司が並べられている。


「さてと。じゃあこれから会議を始めまーす、の前にお腹空いちゃったんでお昼ご飯にしましょう!」


「おー!」


「さすが室長」


「話が分かるわぁ」


「……いいねぇ。アットホームで」


「……アットホームっつーか、緊張感が無さ過ぎる」


「それもいいんじゃない?」


 鮮度が命の特上寿司を一秒でも早く食べてしまいたい面々は、会議よりも寿司に目が行っていた。当然だろう。俺だって早く食べたい。でもよりにもよって会議室で……。


 俺とステアはひそひそと会話しながら、それでも寿司に手を付けていた。


「あ、美味しい。ここって学園都市内にある寿司屋さんだよね?」


「ああ。寿司処十兵衛・塔宮学園出張店。本店の店長と悊人氏が結構親しいらしくてな。暖簾分けした弟子をこっちに派遣して貰っているらしいぞ」


「なるほど。今度是非本店にも行ってみたいね」


「……まあ、腕はいいよ。性格はともかく」


「?」


 ステアはともかく俺はまた女装姿で行かないと寿司じゃなくて包丁が飛んでくるんだろうなぁ。


 満腹になった俺達は食後のお茶をすすりながら、ようやく会議を始める。……のだが、美味しいお寿司と食後のお茶の満足感で、みんなの表情は緩みまくりだ。とてもではないが会議を始めようという雰囲気ではない。


「問題はここで何を作るかだよね。みんな何か意見あるかな?」


 とりあえず邑璃が聞いてみる。


「無難な線で行くと携帯電話あたりですかね。次世代型を突き詰めていけば販売シェアにはそれなりに食い込めますし」


「ゲーム機も悪くないですよ。完全ダイヴ型のMMORPGデバイスなんて作ったらかなり売れると思うんですよ」


「ホログラムの研究なんてどうでしょう。独立性のあるホログラム技術が確立されればかなりの売上を見込めるはずです」


 などなど、さまざまな意見が飛び交う。


「ふんふん。じゃあ全部やろうか」


 意見をまとめて絞り込まなければいけないはずの邑璃が、とんでもないことを言い出した。


「は?」


「ちょっとユーリちゃん。それは幾らなんでも無謀じゃない?」


 ステアが邑璃を窘める。


「いいじゃない。せっかく新規立ち上げの部署なんだから、それぞれがやりたいことをやればいいと思うのよね。だってその方が楽しいじゃない」


「いやいや……ビジネスなんだから楽しいってだけじゃ駄目だと思うんだけど……」


「いいんだよ。楽しいのが一番いいの。ここは実験的部署なんだから堅実に行ってもしかたないでしょ。だったらやりたいこととやれることはやれる範囲でやっていけばいいと思う。携帯電話もゲーム機もホログラムも、それぞれで研究して、研究データは共有すれば面白いものが出来上がるかもしれないじゃない?」


 邑璃が表情を輝かせて言う。


「面白いものって、たとえば?」


「うーん。そうだなぁ。三つの技術が集結すればホログラムディスプレイとかできちゃうんじゃない?」


「ホログラムディスプレイって、アニメとかでよくあるアレ?」


「そうそう。半透明の立体画面越しに携帯電話みたいな会話が出来たり、小型端末を持ち歩くだけで立体画面を利用してゲームも出来るかもしれない。完全ダイヴ型は別系統の研究になるだろうけど、脳波に干渉するなら医療系の研究スタッフも引き込んだ方がいいかもしれないね」


 邑璃が次々と意見を出していく。


 ただの子供の意見なのに、スタッフ達は邑璃と同様に表情を輝かせている。


「面白そうだね、それは」


 そこまでいくとステアの表情も引き締まったものになってくる。


 やりたい研究をそれぞれで行う。


 研究データはそれぞれで共有する。


 共有した研究データを活かして新しい技術を生み出せるかもしれない。


 それは、想像しただけで楽しそうな計画だった。


 何も考えていないようで、しっかりと道筋は立っている。


 ステアも邑璃を少し見直したらしい。肩を竦めてから笑ってくれた。


 しかしもう少し呆れられるかと思ったが、スタッフ達は予想外に邑璃の意見に賛同してくれている。どころか一緒になって楽しんでいるように見える。


 もしかしたら悊人氏が邑璃と気の合いそうな人材を厳選してくれたのかもしれない。あの親バカならそれくらいはやりそうだ。

 

 何はともあれ、多分順調なスタートを切ることができたと思う。


 俺達の先進技術開発室は、こうやって始まりを迎えるのだった。



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