なんでここにいるんだ?
それから数日、退屈な授業を受けつつ、学園生活を続けていた俺だが、意外な場所で意外な人物と再会することになる。
「や、ナツキ」
商業区のカフェでのんびりとお茶を飲みながら手を上げてきたのは、なんとステアだった。
「ステア!? 何やってんだこんなところで」
「なっちゃん、誰この人」
横にいた邑璃が不審そうにステアを睨む。
「あー……ちょっと説明しづらいんだが、一応知り合いというか……」
「分かり易く言うと間男だね!」
「誰がだーっ!!」
誤解しか招かない物言いをしてくれたステアに怒鳴りつける俺。
「……なっちゃん?」
不審を通り越して疑惑の眼差しで見る邑璃。
「誤解だ。俺は男を恋人にする趣味はない!」
塔宮学園高等部女子制服を着ていて言う台詞ではないかもしれないが。
こいつは邑璃の趣味なので仕方がない。
理事長命令、というヤツらしい。
「あはは。なるほどね。君がユーリちゃんか」
「あなた誰よ?」
キッとステアを睨む邑璃。
出会って一分も経過しないうちから二人の仲は最悪だ。
「だから間男だってば。言うなれば君のライバルだねユーリちゃん」
「っ!」
「だからその物言いをやめんか!」
俺はステアの頭を両拳で挟み込んでぐりぐりと圧迫する。
「いたたたたっ! ナツキいたいよ!」
「やかましいっ!」
「ユーリちゃん、疑うんならナツキのくびす……もがもが!?」
ヤバいことを口走りそうになったので今度はステアの口を両手で塞ぐ。
「くびす……?」
再び疑惑の眼差しを向ける邑璃。
「な、なにもないぞ。ほら。な?」
俺は邑璃に見えるように両方の首筋を見せてやる。例のマークは既に消えているので安心して見せられる。
「………………」
邑璃は渋々ながら納得したようだ。
それから俺と邑璃はステアと同じ席に着いてから色々と説明する羽目になった。
この前悊人氏に連れ出されたときに引き合わされたのがステアだということと、一応はお見合い名目で一緒に過ごすことになったこと。
「お見合い!?」
そこで邑璃がキレかけるのだが、
「そこは表向きの話だ。ちょっとした時間稼ぎでな。俺は男と結婚するつもりは断じてないぞ」
「そっか~。よかった。なっちゃんはわたしのものなんだからね!」
「……邑璃のものになった覚えもないけどな」
そんないつものやり取り。
まさかステアと行動していた二日間にあったあんな事やこんな事まで説明するわけにもいかず、その辺りはお茶を濁すことになった。
「まあそんなわけで俺はステアと知り合いになったんだ」
「一夜を共に過ごした濃密な関係にね♪」
俺が当たり障りのないことだけを言おうと必死に努力しているのに、いとも簡単にぶち壊してくれるバカ皇子が一名。
「ふ、ふんだ。別に羨ましくなんかないもん。一晩程度が何よ! わたしなんて毎日なっちゃんと一緒の部屋で過ごしてるんだからね! たまにベッドに潜り込んで悪戯だってしちゃってるんだからね!」
「お前もお前で妙なことをバラすな!」
「いたいっ!」
とりあえず拳骨を喰らわせておく。
「ステアもな、あんまりこいつをからかうなよ。冗談が通じないんだから」
「そこが楽しいのに……」
残念そうに眉をハの字にするステア。
ドSめ……。
「で、何でステアがここにいるんだ? 例の開発室にいなくていいのか? それとも素性がバレたお陰でクビになったとか?」
「クビとは失礼な。近いけどちょっと違うよ。分室を持つことになったんだ」
「分室?」
「そう。あそこにいたら僕自身は色々学べるけど人材を育てることが出来ないからね。僕はあの開発室に定期的に顔を出しつつ、祖国の人材を育てるために別の分室を持つことになった。これはミスター・トーグーの提案でね。こちらとしてもありがたい話だったから受けることにしたんだ」
「なるほどな。最終的にお前の国に対して利益をもたらそうとするなら、情報だけじゃなくて人材も必要になるからな。悪くないやり方だと思うぞ。開発室にも出入りできて、なおかつ分室の方では人材を育てつつ新しい技術も開発できるかもしれない」
「そういうこと」
「それを言うためだけに学園まで来たのか?」
それはそれでかなりの暇人だと言えるのだが。
「いや。学園に来たんじゃなくて、学園内に分室が設けられることになったんだよ。だから僕も今やここの住人ってわけさ」
あっさりとした口調でステアが言う。
「なにぃ!?」
この学園都市に塔宮グループの開発室が分室とはいえ設けられるなど、一体どうなってるんだ?
「そんなに珍しい事じゃないだろう? この学園都市はトーグーグループの人材育成にも一役買っていると聞いているよ。だったら研究室や開発室が学生見学の為に設けられてもおかしくないじゃないか。研究棟や開発棟は大学部の方にあるんだけどね。興味のある人間は学生のうちから結構出入りしているらしいよ。今回僕は大学部じゃなくて専門学校の近くに新しく作ってもらったんだけどね。国の人間を呼びつつ、興味のある専門学校生にも積極的に参加して貰おうと思っている。色んな人間が参加してくれて手広くやれたら、きっとお互いの利益に繋がるだろうからね」
「……そりゃあまた気の長い計画で。国に帰らなくて良かったのか?」
「僕は国にいるよりもこっちで人脈を広げていく方がアレクの力になれるだろうからね。その間にアレクが潰されるようなことがあれば、それはアレクの責任だ。お互いがお互いにしかできないことをやっているんだから、あとは全力で応えるしかないだろう? 僕もアレクも」
「……なるほど」
お互いに信頼しているらしい。
この二人はかなり理想的な信頼関係を築けているのではないだろうか。
信じて、任せる。
そして待つ。
これって簡単なようでいて、かなり難しいと思うんだよな。
信じていても不安になったりするし。
任せていても疑いたくなるときもあるし。
待っているだけというのは落ち着かない。
だから、ステアとアレク皇女はお互い理想的な信頼関係なのだろう。
「それにこっちにいればナツキとの契約も履行しやすくなるしね」
「………………」
なるほど。
塔宮学園内に分室を持ったのはそういう理由もあったのか。
邑璃が当主になるために、必要なら力になること。
俺はステアとの間にそういう契約を結んだ。
まだまだ先の話だと思っていたのだが、こいつはかなり律儀な性格をしているようだ。
「契約って何?」
邑璃がむっとした表情で俺を見る。
「僕とナツキの二人だけの秘密だよ。ユーリちゃんには関係ないから教えてあげない」
「っ!」
「だから……あんまりこいつをからかうなってば……」
関係ないどころか邑璃のために力になるっていう契約のはずなのに。
やっぱりドSだこいつ。
膨れっ面になっている邑璃の表情を心の底から楽しんでやがるよ……。
「僕は専門学校エリアの四六区にいるから、気が向いたら遊びに来るといいよ。はい、これは分室のIDカード」
ステアがIDカードを俺に渡してくる。
「いいよかよ。機密とかいろいろあるんじゃないのか?」
「ナツキならいつでも大歓迎さ。機密といってもトーグー本家の人間に見せてはならないなんてことはないからね。この敷地内で君に立ち入れない場所は無いと思うよ」
「……うーん。そんなものか?」
恐るべし塔宮本家ってか?
しかし邑璃に渡さず俺に渡す辺り、やっぱりいい性格をしている。
「こっちは連絡先ね。何かあったらここに電話するといい。出られないときは留守電かメールにしてくれれば対応するから」
「分かった」
ステアが差し出してきた紙切れを受け取る。
「じゃあ僕は用事があるからこれで行くよ。これから人と会わなければならないんだ」
ステアは紅茶のカップを空にしてから立ち上がる。
「どっかのお偉いさんか?」
「いや。護衛候補」
「?」
「僕の立場もちょっと厄介になってきたからね。僕自身で対応するにのも限界になってきているんだ。SPは国に帰さないといけないし、あまり大人数を周りに侍らせていても仕事に差し支える。だからこの際腕利きの固有戦力を雇ってみようかと思ってね」
「意外だな。そんなヤツに心当たりがあるのか」
「うん。ミスター・トーグーの紹介でね。かなりの腕利きらしいよ。なんでも古武術の使い手とかなんとか。素手格闘のエキスパートらしい。日本は銃刀法違反で色々厳しいから素手でプロとやり合える人材はとても貴重だよ」
「そりゃすげえな」
なかなか物騒な世界に棲んでいるようだ。
「じゃあまた会おう、ナツキ」
「おう。そのうちな」
こうして俺とステアは別れた。
「むー……」
それからむくれた邑璃を宥めるのに多少の時間を必要とした。
結局、今日も一緒に寝てやることで納得させた。
……なんだかずるずると邑璃のいいようにされているような気がするんだが、まあ考えないようにしよう。うん。




