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百合色革命  作者: 水月さなぎ
第二部 VS篇
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撃っていいのは……

 カードを通した後の電子音が聞こえて、分厚い鉄扉がゆっくりと開いた。


 俺とステアは縛られたままの状態を演出する。もちろん簡単に解けるようにしてある。


 扉の向こうからはワゴンを引いた男が入ってきた。


 ワゴンの上には二人分の食事がある。


「お食事をお持ちしました」


 男は慇懃にそう言ってから、俺たちの前にトレイごと食事を置いた。


 しかし置かれたのは汚い床の上なので、どうにも気分がよろしくない。


「………………」


「………………」


 更には縛られている状態なので(演出だが)そのままで食べろと言われても無理な話だ。


 男の方もそれは分かっているのだろう。しゃがみ込んでパンを手に取った。そしてステアの前へと差し出す。


 ……食わせてくれるらしい。


「……申し訳ありませんがその拘束は解くなと命令されています。大人しく食べてもらえませんか?」


 というか、ステアが先かよ。


 俺も腹減ったんだけどなー。


「………………」


 しかしステアは口を開こうとしない。食べる気は更々ないようだ。


「どうしました?」


「生憎と、敵地で出された物に口を付けるほど無用心じゃない」


「…………………」


 パンを差し出した男はそのまま固まった。


「ちょっと待てよ、ステア。俺たちは一応人質だろう? しかも今更毒入りで殺すくらいなら、さっさと始末されてると思うんだが」


「ナツキ。人質っていうのは生きていればそれだけで価値があるんだよ。生きてさえいれば・・・・・・・・。この意味は分かるだろう?」


「………………」


 つまり、致死性でない毒なら入っている可能性が高いということだ。意識不明にでもさせておいて、あとはどうにでもできる。


 考えただけでゾッとする話だ。


「……食べないというのでしたら構いませんが、いずれは空腹に耐えられなくなりますよ」


 パンを差し出したままの男が不愉快そうにそう言った。


 その態度を見る限り、何かを盛られているのは確からしい。


「その心配はない」


 しかしステアは強気な態度のまま、不敵に笑った。


 その笑顔ときたら、男の俺から見ても魅力的だった。


 つまり、女の子にその笑顔が向けられたならきっと何人もの犠牲者が出る代物だということだ。


 「っ!?」


 ステアは一瞬で両手両脚の拘束を解き、声も上げさせないまま男を締め上げた。


「……!? ……!!」


 呻くことも喘ぐことも許されないまま首を締められた男は、そのまま意識を失った。


「ナツキももう動いていいよ」


「あ、ああ……」


 あまりに鮮やかな手並み。


 獣のような無駄のない動き。


 その姿に、思わず魅入ってしまった。


 振りだけの拘束をあっさりと解き、俺は立ち上がる。


 ステアは倒れた男からカードを抜き取り、ついでに財布も抜き取りそこから金だけを抜き取り、さらには車のキーまで抜き取っていた。


「……おいおい。そこまでぶん奪ることないんじゃないか?」


 まるで追い剥ぎのような所業に思わず突っ込みを入れてしまう。


「そう? ここから逃げるにしても車は必要になるし、高速道路に乗るかもしれないし、更にはガソリンがあんまり入ってなかったりするかもしれないよ。だったらお金があった方がいいと思わない?」


「……思う、かな」


「でしょ? それにお腹も空いたしね。ここで出された物を食べる気はないけど、店の食べ物ならオッケーだしね」


「……その通りだな。いや、俺が悪かった」


 先のことを考えた上での行動なら、俺が何か言うのも野暮な話だった。


「しかしまあ、随分と手慣れてるな。もしかして誘拐されるのはこれが初めてじゃないとか?」


「あっはっは。まさかぁ。一国の皇子がそうほいほい誘拐されたらいくらなんでも問題ありすぎでしょ」


「そりゃそうだけど。でもさ、やっぱり手慣れ過ぎに見えるし」


「経験じゃなくて訓練の賜物だよ。非常時にどうするべきかとかは、一通り叩きこまれているからね」


「訓練?」


「軍事訓練。あとはサバイバル向けに現役の傭兵からもいろいろと教えて貰ってる」


「……どこの皇子がそんな訓練を受けるんだよ」


「やれることは全部やっときたかったからね。幸い僕はあらゆる方面の才能があったことだし。万能型なんだよ」


「うさんくせえ……」


「あはは。まあ細かいことはどうでもいいじゃないか。脱出が最優先だろ?」


「……どうでもよくない気もするけど、脱出が最優先って意見には異論無しだな」


「そういうこと。気が向いたらあとで追加の事情を説明してあげるからさ」


「気が向かなくても説明しろ! 巻き込んでおいて事情説明無しとかふざけんな!」


「え~。でもナツキってドロドロした話嫌がったじゃない? 更に細かい事情を説明しようとすると更にドロドロした話題にも繋がるけど、いいの?」


「う……いや、よくないけど、でも聞く!」


 聞きたくないけど、聞かずにいるのも悔しいというか、違う気がする。


「分かった。じゃあ二人で監禁場所から愛の逃避行とでも洒落込もうか♪」


「気持ち悪い言い方すんな!」


 こうして、俺とステアは薄暗い監禁倉庫からの脱出に成功したのだった。



 そこから先の話は、正直悪夢だと表現した方が的確かもしれない。


 ステアのヤツは可愛らしい外見の癖に、内面は恐ろしく容赦がなかった。


 まずは倉庫を出た早々、見張りに立っていた二人組を急襲。見張り二人はステアの姿を確認して即座に銃を抜こうとしたが、しかしステアはその時間を与えずに瞬殺してしまう。……いや、殺した訳じゃないけど。

一人は喉を潰され、もう一人は頭を壁に強打されて倒れ込んでいる。二人とも一撃必殺、三秒ほどでその有様だ。


 更にはその二人から銃を奪い取り、弾倉を奪い取り、一発ずつ胴体に銃弾を撃ち込んでいた。


「お、おいっ!」


 さすがに見ていられなくなって止めようとするが、


「大丈夫。急所は外してある。放っておけば出血多量で死ぬかもしれないけど、それまでには異常に気付いた誰かが助けにくると思うよ」


「………………」


 こっちも相手の命を気遣えるほど余裕がある立場ではないので、そう言われると何も返せなくなる。

そこから先のステアはさらに容赦がなかった。


「あっはっは。人間を撃つのは久し振りだなぁ♪ 一応気を付けるけど、死んだらご愁傷様~。まあどっかのアニメの台詞じゃないけど、撃っていいのは撃たれる覚悟のあるヤツだけだしね~」


「どこのアニメだ!」


 そんな感じで鼻歌混じりにぱんぱん撃ちまくっているのだ。


 しかもバンバン当たっている。


 俺の見たところ、一発たりとも無駄弾がない。


 鼻歌混じりにアニメの台詞をパクった癖に、その狙いだけは恐ろしく的確だ。


 こいつは笑って人を殺せる種類の人間なのかもしれない。


 そう考えると寒気がするのだが、しかしステアの助け無しではこの場を脱出することも出来ないのでその問題については意図的に避けることにした。


 その後も銃は撃つわ、靴の中に仕込んだナイフで回し蹴りついでに斬りつけるわ、ブレスレットの中に仕込んでいたワイヤーで締め上げるわで、全身狂気……ならぬ全身凶器と化したステアは怒濤の勢いで逃走を成功させていた。


 駐車場で見張っていた男を最後にワイヤーで締め上げたあと、車に乗り込んだ俺たちは早速出発することにした。


 取りあえず目的地は……


「……ガソリンスタンドに行った方がよさそうだね、これは」


「……だな」


 メーターを確認したところ、見事にエンプティギリギリだった。図らずも財布から金を抜き取ってきたのは正解だったと証明されたわけだ。


 他の車もあったのだが、鍵を開けたり壊したりする手間を考えるとこの車のまま発進した方がよさそうだ。


「ところで」


「?」


「それだけ強いんなら何も逃げる必要はなかったんじゃないか?」


「………………」


 発進してすぐに、俺はステアに疑問を投げかけた。


「このまま逃げて追いかけられるよりは、あの調子でアクセルってヤツのところに乗り込んでからぶちのめした方が手っ取り早くないか?」


 このまま逃げても追いかけられるし、さらにはアクセルを掴まえない限り危険は常に付きまとう。俺としてもそんな状況が続くのは御免蒙るのだが。


「無茶言わないでよ。適当な見張り程度ならともかく、アクセルの近くにはそれなりに強い護衛がいるはずだよ。あいつはそこまで無用心じゃないはずだ。足手まといを連れてそんな奴らの相手をするなんて御免だよ」


「………………」


 足手まといっていうのは、俺のことだろうなぁやっぱり。確かに戦力にはならないけど。逃げるときもずっとステアの後についていっただけだし。


「約束したからね。必ず助けるって。攻撃に転じるのはナツキの安全を確保してからだよ」


「そりゃ有り難いが、このままだとあいつも逃げるんじゃないのか?」


「逃げる? どうやって? あいつが今の地位を捨てて逃亡生活を送るなんて僕には考えられないよ。権力にしがみつくヤツってのはね、大抵は引き際を弁えていないものなのさ。逃げれば今の地位を確実に失う。惨めな逃亡者に成り下がる。そうなるくらいなら何が何でも僕を殺そうとするだろうね。皇族殺しの汚名もセリクがなんとかしてくれる、なんて都合の良い期待を抱きながら」


「………………」


「セリクにとってもアクセルはまだ捨て駒に出来ないはずだから、仮に僕が殺されたとしても何とかするつもりだろうしね。つまりまだアクセルにも逆転のチャンスはあるってことさ。だからあいつは逃げない」


「……悪党っていうのはタチが悪いな」


「タチの悪くない権力争いなんてこの世にはないと思うよ」


「そりゃそうだろうけど、やっぱり気持ち悪い」


「ナツキは純粋だねぇ。女の子だったら本気で惚れそうだよ」


「冗談じゃねえ」


 軽口、だよな?


 恐る恐るステアを見るが、妖しく微笑まれただけだった。


 もちろん速攻で目を逸らす。


 深く考えるべきではない。何よりも俺自身の精神衛生上よろしくない!


「まあそういうドロドロした話は置いて、いまはガソリン補給&ご飯でも食べに行こうよ。僕もお腹空いたしね」


「……何て呑気な逃亡だ」


 とてもじゃないが誘拐先から逃げ出してきたとは思えないほどの呑気さだった。


 しかしこれはこれでステアらしい気もしたので、深くは突っ込まないでおく。


 何はともあれ無事だったのだからそれで良しとするべきだ。


 後のことはなるようになるだろうし、ひとまずガソリンでも補給して、ついでに俺たちの空腹も満たすことにしよう。


 夜の闇を車で走り抜けながら、ぼんやりと外を眺めた。


 …………移りゆく風景の不自然さに首を傾げ、スピードメーターに視線を移すと、一八〇キロを越えていた。


 ……どうやら車を降りるまでは別の意味で安心することは出来なさそうだ。


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