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百合色革命  作者: 水月さなぎ
第二部 VS篇
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似た者同士かも?

「心配をかけたね。もう大丈夫だよ」


「別に心配してない」


 ステアは眠りに入ってから二時間ほどで目を醒まして、ゆっくりと起き上がった。顔色も元に戻っているし、回復力はかなり高いようだ。


「で、もちろん事情は説明してくれるんだろうな?」


 俺ももうステアに遠慮するつもりはない。


 アクセルに対する物言いをそのまま鵜呑みにするつもりはないが、それでもステアがこの俺を利用したことは間違いない。


 その責任はキッチリ取って貰うとして、まずは事情を聞き出すことが先決だろう。


「起きてすぐにそれかい?」


「俺は男に遠慮するようなお人好しじゃない」


「女の子なら多少は遠慮するわけ?」


「……いや、どうだろう? 遠慮するとどんどん強気になられるのばっかり傍にいるから、今のところは男も女も関係ないかもしれない」


 邑璃や咲来のことを思い浮かべつつ、そんなことを呟いてみる。


「なかなか興味深い交友関係だね。そのうち是非とも紹介して欲しいな」


 ステアは楽しそうに笑った。そうやっていると、先ほどの冷酷な態度が嘘みたいに見えるから不思議だ。


「ここを切り抜けられたらいくらでも紹介してやるよ」


「そりゃまた難しい注文だな」


 ステアは縛られたまま肩を竦めた。


「でもナツキのことは必ず助けるから心配しなくてもいいよ」


「……いや、その状態で言われてもいまいち説得力がないんだが」


 両手をロープで縛られ、両脚を大きめの手錠で拘束され、さらには全身ボコボコに殴られたのでちょっとボロボロに見える。


 そんな状態で頼りにしろというほうが無茶だろう。


「じゃあこれならどうかな?」


「っ!」


 ステアはあっさりと両腕を縛っていたロープを解いて見せた。


「な、なななっ!?」


「あ、ちょっと待って。ナツキのもすぐに解いてあげるね」


 そう言ってすぐに俺の背後に回ったステアは、強固に縛りつけてあったロープをいともあっさり解いてくれた。


 久し振りに両腕が自由になった喜びからほっと息を吐く。


 しかしずっと縛られていた所為で腕が痛い。


 俺のロープは結び目を解いただけのようだが、ステアのロープに関しては千切られたような、細かく刻まれたような痕があった。一体どういう事だろうとステアの方を見ると、


「いや、別に腕力で引きちぎったとかそういうわけじゃないから」


 と右手を俺の方に掲げて見せてくれた。


「?」


 ステアの右手、とくに爪の方に注目しているとキラキラとした輝きが目に飛び込んできた。


「ダイヤモンドを爪に仕込んでおいたんだ。これでちまちまとロープを傷つけていたわけだね」


「はぁ……なるほど……」


 ステアの爪の形に合わせて張りつけられた薄いダイヤモンド。つけ爪のような仕込みになっている。アクセル達はファッションとでも思ったのか、そのあたりは放置していたのかもしれない。しかしとんでもない仕込み武器もあったものだ。


「いやいや。アクセル達はそこまで甘くないよ。ちゃんと見つからないように細工はしていた」


 ステアは左手の方を見せてくれる。


 左手の方の五指はキラキラしていない。普通の爪に見える。


 しかしステアはお構いなしに左手の人さし指の爪を剥いだ。


「!?」


 いきなり目の前で爪を剥がれたのでビックリする。


 しかし剥いだ爪から新しい爪、もといダイヤモンド爪が現れた。


「こういうことさ」


 そう言ってステアは左手の五指全ての爪、もとい偽装爪を剥いで見せた。これで両手共に十爪の凶器が本性を露わにしたわけだ。


「なるほど……爪の上にダイヤモンドカッター。更にその上に偽装爪か。たしかにちょっとやそっとじゃ見破られないだろうな……」


「そういうこと。僕だって何の準備も無しにこんな物騒なことに首を突っ込んだりしないさ」


「……俺は何の準備もないんだが」


「大丈夫。ナツキの事は僕が守るから」


「……男に言ってて虚しい台詞だとは思わないか?」


「まあ、思うけど。とりあえず見た目だけは可愛い女の子だから妥協するよ」


「妥協かよ!」


 両手が自由になったステアは更にベルトの金具のどこかから針のような物を取り出して、脚を拘束する手錠の鍵穴へと差しこむ。


 かちゃかちゃかちゃ、と針を動かすうちにかちゃん、と鍵が外れる音がした。


 そして俺の両脚にある手錠も解錠してくれた。


「これでよし。ちょっとは楽になった?」


「まあな」


 鮮やかすぎる手際だった。


 最初から捕まってもこうやって脱出するだけの用意があったということだろう。この様子なら他にも体中に武器を仕込んでいたりするのかもしれない。


「いや、無理無理。仕込んでた武器は気絶している間にほとんど没収されちゃったからね。残ってるのはほとんど無いよ」


「ほとんど……ね……」


 つまり他にも『ちょっとは』あるということだ。


「じゃあお待ちかねの暴露タイムといこうか」


 ステアは俺の正面に胡座をかいて座った。


「……いや。自由になったんなら脱出の算段だろ?」


 事情は確かに訊きたいのだが、それにしたってまずは自分たちの安全を確保してからの話だろう。


「そうは言ってもここの扉は内側から開けるのは無理そうだよ。待っていればその内食事とか持ってきてくれるだろうし、ここはじっと待っていようよ」


「………………」


 慎重なんだか呑気なんだか分からん奴だ。


 しかしステアの言っていることはある意味で正しい。


 俺たちが閉じこめられている薄暗い倉庫は、窓はとても高い場所にあるし、壁はとても分厚い。窓から抜け出すことも壁をぶち壊すことも不可能だ。


 しかも入り口の扉に至っては鉄扉ときている。


 こんなものをぶち抜くのは無理に決まっている。


「……その針で鍵開けとか出来ないのかよ?」


 手錠の解錠までしたのだから、扉の鍵だって開けられそうなものなのだが。そう期待してステアに視線を向けるが、ステアは肩を竦めて首を横に振った。


「無理。鍵穴式ならなんとかなるけど、あの扉ってカード式なんだよねぇ。さすがにこんな場所のパスカードなんて持ってないし」


「………………」


「だから誰かがまた入ってくるまで待っていようよ。そうした扉が開くからどうにでもなるし」


「どうにでもなるかぁ? さすがに扉を開ける時はあいつらも警戒するんじゃないのか?」


「あっはっは。まっさか~。考えても見てよ。僕たちは両手両脚を縛られている哀れな人質なんだよ。そんな奴らをどうやって警戒しろって言うのさ」


「……それもそうか」


「見たところ監視カメラが仕掛けられている様子もないし、とりあえずチャンスが来るまではのんびりしててもいいと思うよ」


「……分かった。その言葉を信じよう」


 ふてぶてしいまでの居直りっぷりだが、確かにこういう状況ではその方が心強い。こっちは結構不安になっているから余計にステアの物言いに救われている。



「まずは俺のことをどこで知ったのかということから聞かせてもらおうか」


 というわけでドキドキ質問タイム。


 俺もステアもすっかりくつろぎモードだ。


 ここが誘拐先の監禁場所だとは思えないくらいリラックスしてしまっている。誘拐被害者としてはかなりどうかとおもう有り様なのだが、ステアを当てにすると決めてからは俺も開き直ることにしている。


 巻き込んだ以上責任はきっちりと取って貰おうというわけだ。


「トーグーとの取引を開始する段階で、関係者の素性はほとんど調べたんだよ。だからナツキの大事なユーリちゃんの性癖も勿論知っている」


「ぐあ……」


「難儀だよねぇ。っていうかよくもまあ付き合っていると思うよ。彼女のこと好きなの?」


「どっちでもない。ただちょっと負い目があるだけだ」


「負い目、ね。それも卑怯な言い訳のような気がするけど」


「ほっとけ」


「僕一人で行動するよりは、トーグー家の関係者を巻き込んだ方がアクセル達の尻尾を掴みやすいと思ったんだ。だからナツキを選んだ。自分じゃ気付いていないかもしれないけど、ナツキはこういう時の餌としてはうってつけなんだよ」


「嫌なうってつけだ!」


「あはは。トーグー家の養子でありながら、当主にも嫡子にもとても大事にされていること。しかし外側から見ればそれはいつ切り捨てられてもおかしくないという言い訳にも使える立場であること。人質として使うにはちょっとリスクが高いんだよね。実際、ナツキが人質に取られてると分かったら当主も本腰を入れて救出しようとすると思うよ。大事な娘の為にね。だけど事情を知らないアクセル達にしてみればそんな事は分からない。ただの養子に人質としての価値なんてあるわけ無い。勿論そこに迷いは生じるけれど、そこは僕が強気にああ言ったことで切り抜けられたと思っていいだろう。アクセル達がこの先トーグー家に何らかの圧力を掛けるとしても、ナツキのことをそこまで重要視した交渉にはならないはずだ」


「………………」


「まあ、その前にこんな場所からはおさらばするつもりだけどね」


「当たり前だ。俺はさっさと帰りたい」


「分かってるよ。なるべく早く要望には応えるつもりだから、あんまり責めないで欲しいな」


「どの口が言うか!」


 さすがに頭に来たので軽くステアの脛を蹴っておく。


「痛い!」


「嘘つけ! あいつらに殴られても平然としていた癖に、俺が軽く蹴ったくらいで痛いわけねえだろうが!」


「痛いよ! あの時はちゃんとダメージを受け流していたから大したダメージにはなってないけど、今は完全に気を抜いてたし、骨に当たったから本当に痛いよ!」


「それはよかった」


「良くないよ!」


 もう一発蹴ってやろうかと思ったが、さすがに今後の行動に支障が出ると困るので止めておいた。俺の所為でいざというときに動けなくなったとか言われたら洒落にならない。



「とりあえずナツキを利用した事情はこんなところ。悪かったと思ってるし、謝れって言うんならいくらでも謝るけど、僕にも僕の事情があったということだけは理解して欲しい」


「事情? まったく関係ない他人をこんな事に巻き込んでもいい事情なんてあるのかよ」


「世間的にはなくとも僕の常識には存在する」


「……嫌な常識だな」


「本当に大事なものを守る為なら体面なんていくらでも汚して構わないのさ。僕の名誉なんてどうでもいい。卑怯者と呼ばれたって構わない」


「………………」


「彼女を王にすると決めた時に、そう誓った」


「彼女というのは、アルク皇女のことか」


「そう」


 ステアは真っ直ぐな澄んだ瞳で俺を見据える。


 体面を汚してもいいと、卑怯者になっても構わないと言いながら、その様子はとても誇り高いものに見えた。


「僕は彼女を守る。彼女を王にする。邪魔する奴は絶対に許さないし、その為には何だって利用する」


「………………」


「その辺りは、ナツキと少し似ているんじゃないかな。ナツキもユーリを当主にするために尽力するって決めたんでしょ?」


「そりゃまあそうだけど。一緒にされても困る。俺はあいつに負い目があるからそうするんであって、ステアみたいなご大層な近いなんて立てちゃいないし、卑怯な真似もするつもりはない。あいつをそんな汚れた椅子に座らせるつもりもない」


「確かに動機は違うけどさ。それでも僕たちは結構似た者同士だと思うよ」


 似た者同士。


 そうなのかもしれない。


 俺は邑璃のためにこいつと取引をした。


 いつか邑璃の力になって欲しいと。


 自分の為じゃなくて邑璃のためにこいつに利用されることを受け入れた。


 そしてステアはアルク皇女の為に俺を利用することにした。


 たとえ卑怯者と呼ばれることになっても、ステアは躊躇わないだろう。


「分からないな。自分が王位に就くならまだしも、どうしてアルク皇女の為にそこまで出来るんだ?」


「その質問の答えはとてもシンプルだよ。『兄とは妹を守る存在であるべき』だからだ」


「………………」


 とてもシンプル。


 というよりシンプル過ぎる。


 おいおいそれだけかよ! と突っ込みたくなるくらいシンプルだ。


 確かにある意味真理だけどさ。


「もう少し暴露すると、皇族っていうのは家族仲が最悪でね。いや、他の皇族がどうなってるかなんて詳しく知っている訳じゃないんだけど、とにかくウチは最悪。暗殺なんて日常茶飯事で、食事だって毒味役抜きではうかつに食べられやしない。重臣達はそれぞれの思惑でドロドロの探り合いで頼りにならないし、兄妹同士でももちろん同じことだ。セリクなんて自分が王位に就くべきだなんて堂々と言い張っているし、他の兄妹だってそれぞれの思惑で動いてる。家族同士での水面下的殺し合いがずっと繰り返される時もある。父王が助けてくれると期待していた時期もあったけど、当然のごとく当てにならない。死んだらそれまでの存在だと割り切っているからね。一応はアルクを後継者に指名しているけど、代わりはいくらでもいるから死んだらそれまでだって公言してる。僕もアルクも今まで何回か死にかけてるしね」


「うあー。聞きたくねー。そういうドロドロした話は苦手だ」


 ドロドロのベトベト過ぎてうんざりしてくる。


 物語の中ではありがちに聞こえてしまうが、現実にあったことだと聞かされると本気で嫌だ。気持ち悪くなる。


「ナツキは優しいね」


「そんなんじゃねえし。とにかく気分が悪いからやめてくれ」


「そんなに嫌がらなくてもドロドロ話はこれでお終いだよ。とにかくそんなクソみたいな家族の中で育つと、妙にひねくれた考えに至るわけだ」


「ひねくれた考え?」


「クソみたいな家族しか居ないのなら、せめて僕ぐらいは真っ当な家族愛を貫いてやろうじゃないか! みたいな考え方になってね。アルクが王位に就くのなら、僕はそれを全力でサポートする。兄として妹を全力で守る。だってそれが正しい家族の在り方だろう?」


「…………」


「他の兄妹や父王に対する当てつけの意味もある。全員がそうとは言わないけど、僕と目が合うと気まずそうに逸らす奴もいるからね。そう言う時はちょっとだけ気分がいい」


「……いい根性してるなぁ」


 とにかくこいつが見た目通りのなよった性格じゃないことは嫌でも分かった。


 それどころか内面は酷くひねくれまくった上にいい根性をしていることも理解した。


 だからこそ、ステアのアルク皇女に対する行動は本物だろうと確信できた。


「……もう少し話していたいけど、ひとまず中断しよう。誰かが近づいてくる。早速脱出の準備をしよう」


「え?」


 分かるのか、と言いかけたが、その直後に外から話し声が聞こえてきた。ステアはどうやら話し声ではなくその前段階の足音に気付いていたらしい。


 一体どういう耳をしているのだろう。


 まあこいつが只者じゃないというのは今までの行動で身に沁みて分かっているので深く疑問を持たないことにしているが。


 根性が特別製なら耳もきっと特別製なのだろうと思うことにした。


 何はともあれ脱出作戦開始だ。


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