誘拐先の出来事
アクセル・ゲイン。
S国宰相補佐。
第一皇子セリクの熱烈な支持者。
第一皇女アレクの過激な反対派。
年齢は五十歳前後。
スーツが似合うロマンスグレー。
しかし内面はかなり腹黒。
誘拐犯。
慇懃な口調。
アクセルに対する俺の認識と印象はとりあえずこんなところだ。
褒め言葉が一つしかないというのは誘拐被害者として妥当な評価だと思う。
「手荒な招待で申し訳ありませんな、お二方。特に塔宮のお嬢さんには重ね重ね申し訳ない。レディをこのような場所に連れ込むなど、男としてはあるまじき行いです。しかしこちらにもやむを得ない事情があるという事でなにとぞご勘弁願いたい」
「……両手両足拘束しておいて低姿勢っていうのはなんとも嫌味すぎるな」
俺はアクセルを睨み上げながらそんな風に言ってみる。
しかしアクセルは肩を竦めて不敵に笑うだけだった。
「不自由を感じさせているのは申し訳なく思っていますよ。しかし万が一あなた方が短慮を起こした場合、扱いを間違えば殺してしまうかもしれませんからね。あらかじめ拘束しておくことで力を奪っておくというのはこの場合基本中の基本でしょう。この処置はあなた方の命を守るためでもあるのですよ」
「……だってさ。命、守ってもらえると思う?」
「まさか。用済みになったら口封じに消されるに決まってるよ。僕の場合は事故に見せかけるとしても、君の場合はいくらでも理由がつけられるからね。分かってるとは思うけど、真に受けたら駄目だよ」
「当然だな」
ステアは淡々とした口調で言う。その無感情な物言いがいっそ不気味だった。
穏やかで感情豊かな青年。
無感動で冷静沈着な第二皇子。
どちらもステアの顔であり、必要な面なのだろう。
こういう立場の人間に対して本質を探るというのは無駄な行為でしかない。
「これはこれは。随分と悪者に仕立て上げられたものですな。我々としては極力事を荒立てたくはないと願っているのですよ。あなたが大人しく我々の求めるものを差し出してくだされば、そこのお嬢さんともどもすぐにでも解放してさしあげましょう」
「口止めはどうするつもりだ?」
「必要ありませんよ、そのようなものは。私はあなたを信じていますからね」
「………………」
誘拐犯の口から信じるなんて言葉が出ると、ここまで滑稽な気持ちになるとはちょっと新鮮な発見だ。
白々しいを通り越すとむしろ笑いたくなるものらしい。
ステアの方もぞっとするほど冷たい笑みを見せている。
俺たちの最優先事項は、いかにしてこの場を生き残る事か。
その為にはまず交渉しなければならない。
時間稼ぎをしながら、なんとか活路を見出すしかないだろう。
「それで? 一体何が欲しいんだ?」
態度を切り替えたステアはいっそふてぶてしくアクセルに問いかける。
「あなたが塔宮グループで共同開発した軍事用携帯端末の開発データです」
「………………」
「私がそこまで調べていないとでも思いましたか? あなたは名を変え、姿を変え、開発者として塔宮グループにもぐりこんでいたでしょう? そこで新しい軍事用携帯端末の開発に携わっていた筈です」
「………………」
「我々が欲しいのはその開発データですよ。いまだ発表していない塔宮グループの最新技術。それを我が国が先んじて発表すればこの忌々しい取引は瓦解します。アレク皇女には失敗の責任を取っていただきますし、その騒ぎに乗じてセリク皇子に本来の立場についていただきます。もちろん、第二皇子であるあなたのことも悪いようにはしませんよ。いかがですかな?」
「論外だ。僕はセリクを王位につける気はないし、アレクを今の地位から引きずりおろす気もない。彼女は指導者として相応しい。少なくとも僕はそう認めている」
「どうしても引き渡してはいただけませんか?」
「僕がいまデータを持っていないことは分かっているだろう? 眠らせた時に体中を調べたはずだ」
「その通りですよ。ですからどこに隠したのかを教えていただきたいのです」
「素直に教えると思うか?」
「立場を理解していただければ」
アクセルの傍に控えていたガタイのいい男がステアへと近づく。
そのままステアの服を掴んで立ち上がらせ、
「っ!」
巌のような拳を容赦なくステアの胴体に叩き込んだ。
「ぐっ……!」
「ステア!」
そのまま容赦なく五、六発ほど殴られる。
拘束されたままのステアは避けることも反撃することも出来ずにただ殴られるだけだ。
「………………」
男の方が手加減をしていたとは思えない。殴られる音だけでそう判断できる。耳障りな鈍い音が何度も何度も繰り返されている。
しかしステアは倒れない。何度殴られても不自由な足でその場に立っている。
「思ったよりも頑丈ですな、ステア皇子。しかしいつまで強情を張っていられますかな?」
男はステアの頭を掴んで、そのまま壁へと叩き付ける。
「っ!!」
さすがにダメージが大きいらしく、ステアの頭から血が流れている。そのまま床へと倒れ込んだ。
「ステア! おい!」
今のはどうみてもヤバイ。最低でも頭の傷だけは止血しないと命に係わるかもしれない。しかしアクセルにその気はないようだ。
「あなた自身を痛めつけても効果がないというのなら、あなたの大事な女性をいたぶらせていただきますが、構いませんか?」
「………………」
ステアは黙り込んだまま、アクセルを睨みつける。大人しくしゃべる気はないようだ。
「やれ」
アクセルは顎をしゃくって男に指示を出す。
男は黙ったまま俺に近づいてくる。
「ちょ、待て! まさかとは思うが……!」
「そのまさかですよ、お嬢さん。いかに強情なステア皇子でも、目の前で大事な女性が嬲られるのを目にすれば少しくらいは素直になってくれるのではと期待したいところですね」
「ふ、ふざけんなっ! そんなろくでもないことに利用される方の身にもなってみろ!」
ついでに言うと女性じゃねえし!
「申し訳ないが協力していただきますよ、お嬢さん」
「や、やめろーっ!」
バレる!
ステアにも男だってバレる!
それはまずい!
「やめた方がいいと思うよ。その子、男だから」
しかしステアの静かな声がその場を沈黙させた。
「………………」
俺は唖然としたままステアを見る。
「…………今、なんと?」
アクセルも信じがたい眼で俺とステアを見比べている。
「………………」
男だけが淡々と作業のようにステアの言葉を確認しようとしていた。
つまり、
「うわあっ!?」
俺の下半身、つまりはミニスカートの中に手を突っ込んで俺の息子をがっちりと握りやがったのだ!
何しやがる!!
「……確かに男です。ゲイン卿」
男は顔をしかめながら、俺の息子を掴んだ手をハンカチで拭いていた。
勝手に触っておいてばっちいモノに触れたみたいな態度を取ってんじゃねえっ!
「………………」
アクセルは何とも言えない表情で俺を見ていた。
女装趣味の変態野郎を見るような目だった。
さすがにちょっと傷つく。
そしてステアを振り返る。
「……どういう事ですかな、ステア皇子。まさかとは思いますが、あなたはそういう趣味なのですか?」
「馬鹿言え」
女装趣味の変態野郎を愛でるのが趣味なのかと問われて、ステアの方も思いっきり顔をしかめた。
「巻き込むと分かっている状況で女の子を連れ回す訳がないだろう。求婚はあくまで口実だ。こうやって無防備な女の子に見える相手を連れておけば、お前らが尻尾を掴ませてくれると思ったのさ」
「………………」
いや! 待て! それは俺を最初から餌にするつもりだったってことか!?
誘拐属性って!
誘拐を期待してやがったのか!?
男だと分かっていて俺の反応を楽しんでやがったのか!?
うわあ! なんかムカつく!
状況忘れそうなくらいムカつくぞ!
あいつ絶対あとでぶん殴ってやる!
「そこの男が女装趣味の男の子に欲情する性癖の持ち主って言うんなら止めないけどさ」
「いや! 止めろそこ! 男に犯されたくない!」
半ば投げやりになっている口調のステアに対して断固抗議する俺。
「仮にも王国宰相補佐の護衛がそんな悪趣味だとは思えないけどね。そしてまがりなりにも第二皇子の前でそんな失態を犯す度胸があるのなら、やってみるがいい」
「………………」
男は忌々しげに舌打ちしてから離れてくれた。
そういう趣味ではなかったらしく心底ほっとした。
……もしかしたら隠れ趣味なのかもしれないけど、そこは敢えて考えないようにしよう。
「それからもう一つだけ教えておく。開発データは存在しない」
「なんですと……?」
「トーグーのセキュリティを甘く見すぎだ。あそこは機密データを持ち出せるほど甘い場所じゃない。内部の人間にも厳重なチェックが入る。だからメモリーとしての開発データなんて、僕は最初から持っていない」
「………………」
「もちろん、僕の頭の中には記憶として保存されているけどね。だが、それをお前に教えてやる訳にはいかない」
「………………」
「拷問や自白も無駄だぞ。精密機械の構造解析をそんな手段で引き出したところで完全なものが手に入る訳がないからな」
「……では、あなた自身に協力してもらう他になさそうですな」
「どうやって? 言っておくけどその子を人質として使うつもりなら無駄だと言っておくよ。彼に人質としての価値はない。今回はあくまで餌として利用しただけだ。もちろん、彼を使ってトーグーに圧力を掛けることもお勧めしない。彼はあくまでも養子だからね。問題が起これば真っ先に切り捨てられるに決まっている。つまり、お前は僕の協力を得られない」
「………………」
「理解したならさっさと僕たちを解放するんだな。今ならまだ不問にしてやる」
「…………それは出来ません。データがなくともあなたの頭の中身が我々に対する切り札であることは間違いないのです。あなたに協力していただくための方法を何か考えるとしましょう。申し訳ないが、それまではここに滞在していただきます」
道が断たれたにも関わらず、アクセルはめげない。いや、ステア次第なのだから道が断たれた訳ではないと思っているのだろう。
「滞在、ね。関係ないのなら彼だけでも家に帰してあげればどうだ? 元々、ただの餌だったんだ。僕に対する人質にならない以上、もう用なしだろう?」
「………………」
さっきから随分な言い草だが、俺に対する関心を敢えて低下させようとしていることは分かっていたので黙っておく。
「いいえ。それは出来ません。あなたに対する人質にならなくとも、足枷程度にはなってくれそうですからね。私はあなたの人格をそれなりに理解しているつもりです。あなたは自分が巻き込んだ相手を見捨てるほど冷酷非情になれるタイプではない。彼がここに居る限り、あなたは彼を見捨てられない。その分、あなたの動きを鈍らせることが出来る」
「………………」
ステアは黙ったままアクセルを睨みつけている。
「というわけで、お嬢さん……いえ、お嬢さんではありませんね。君、と呼ばせていただきましょう。申し訳ないがステア皇子と一緒にここに滞在していただく」
「好きにしろよ。どうせ俺に選択肢はないんだろう?」
「物分かりのいい子だ。その調子でくれぐれも短慮は起こさないでくれたまえ」
「けっ」
現状で出来ることは何もないと判断したのか、アクセルは男を伴って倉庫から出て行った。
ボコボコにされたステアと俺のみが残される。
アクセルの姿が見えなくなって気が抜けたのか、ステアはそのままずるずると倒れ込んだ。
「お、おい! ステア! しっかりしろ!」
頭を打っている相手を揺さぶる訳にもいかず、いや、そもそも手が縛られているので揺さぶることも出来ず、声を掛けることしかできない。
「だ、大丈夫……ちょっと、休ませて……」
「大丈夫じゃねえだろ! 血が出てるぞ!」
「もう止まった……。血が乾いてるから、そこは問題ない。でも血を失った分がちょっときつい。休憩させて……」
「……大丈夫なんだな?」
「大丈夫……こう見えても、結構頑丈なんだ……」
「そりゃ知ってる。あんだけ殴られて平然と立っていたんだからな」
「うん……」
ステアはそのまま眠ってしまう。
「………………」
言いたいこととか聞きたいことが山ほどあるのだが、まあ、目覚めるまでは待ってもいいだろう。
怪我人を追い詰めるほど悪趣味じゃないし。
……なるべく早く目を醒まして欲しいと願いながら、俺も横になることにした。
冷たいコンクリートの寝心地は最低最悪だった。




