誘拐属性キャラ確定!?
「……帰れば良かった」
「酷いなあ。僕だって同じ目に遭ってるんだからせめてそういう愚痴は我慢しようよ」
俺とステアは薄暗い倉庫の中にいた。
手足を手錠とロープで拘束された状態で、お世辞にも掃除が行き届いているとは思えない床に転がされている。
「……ステア。こうなることが分かってて一緒にいたのか?」
「まあね。起こらなければいいとは思っていたけど」
「………………」
確信犯、というわけだ。
状況は一時間ほど前に遡る。
喫茶店を出て次はどこへ行こうかと首を傾げていた俺たちは、いきなり黒尽くめの男達に襲われることになる。
「っ!?」
サングラス、オールバック、黒いスーツ、革靴、手袋。
怪しさ全開、頭からつま先まで不審者と疑ってくださいという看板を掲げているような奴らが木の陰や壁の向こうからわらわら出てきたのだ。
公園の中にも関わらず、黒塗りのスモーク車が急スピードで突っ込んでくる。
轢き殺されるかと思ったが、その車は俺たちの前で急停止した。
そして湧き出た黒尽くめの男達は恐ろしいほどの手際のよさで俺とステアを拘束して、その車に荷物のように詰め込んだのだ。
慌ててSPが駆けつけてくるのが見えたが、もう遅い。
発進した車に追いつけるわけもなく、車を手配する頃には間に合うはずもなく、俺たちは白昼堂々誘拐されたのだった。
運ばれる間に顔面の前でスプレーを吹きつけられた俺はそのまま意識を失った。
おそらく、ステアにも同じような処置をしたのだろう。
そして、現在に至る。
「いやいやいやいや。いくらなんでも誘拐されすぎだろ! 属性が誘拐キャラになってないか!?」
「誘拐属性キャラだと思ったからナツキを選んだって言ったら怒る?」
「殴る!」
言葉と同時に足が出た。
海老ぞりのように身体を回転させてステアの頭を蹴りつけた。
「痛い! 言ってることとやってることが違うじゃないか!」
「手が後ろに縛られてるんだから仕方ないだろ!」
「だったら最初から蹴るって言ってよ!」
「そういう問題なのか……?」
「そういう問題なのです!」
「………………」
どういう問題だ。
「まあもうちょっと我慢してよ。殺さないで生かして捕らえた以上は何か交渉目的があるはずだからさ」
「………………」
血生臭い話になってきた。
「それともこう言って欲しい? 『ナツキのことは命に代えても僕が守るから!』」
「……両手両脚拘束された状態でそれを言われても説得力に欠けるな。むしろただの間抜けに見える」
「辛口だなあっ!」
間違ってもヒロインの台詞ではない。
しかしヒロインのつもりはないのでこれでいいのだ。
「だがその様子だと誘拐の理由は心当たりがありそうだな。最低でもそれだけは聞かせてもらうぞ」
「えー。どうしても言わなきゃ駄目?」
「もう一発蹴られたいか?」
「言う! 言います! だから顔はやめてっ!」
さっそくステアの顔を蹴り上げる準備をしていると、あわてて両手を振って弁解してくる。
……つーか顔以外ならいいのか?
確かに傷モノにするには惜しいくらい整っていることは認めるが。
「問題はトーグーグループとS国王家との取引なんだ」
「取引って、つまり私たちが時間稼ぎしている間に行われているやつのことか?」
「その通り。その取引内容までは知らないはずだけど、聞かされてる?」
「いや。ただ時間稼ぎをしろとだけ言われた」
「だろうね。僕にとってもそれは都合の良い状況だったからトーグー家の思惑に便乗することにしたんだ」
「便乗って……」
便乗で誘拐されては溜まったものではない。
「取引そのものは健全な内容なんだよ。S国で採掘可能になったレアメタルをトーグーグループ専属で取引するってだけの話」
「専属って……」
それはもしかしてとんでもない話なのではないだろうか?
「S国で発見されたレアメタルは地殻中の存在量が比較的多いし、単体として取り出すことも技術的に容易なんだ。みんなビックリしていたよ。こんなにコストのかからないレアメタルは滅多にないって」
「………………」
「当然、これを利用しない手はない。だた難儀なことに、S国の技術レベルはそんなに高くないんだ。材料はあってもそれを活かす手段があまりに稚拙でね。それならばいっそ技術レベルの高い取引相手に材料を売りつける方が遥かに効率がいい。こちらからも技術者を送り込んで、技術を学ばせてもらえれば後々活かすことができる。もちろん企業秘密に関わることだからそう簡単にはいかないだろうが、そこはレアメタルの威力だね。専属取引ということで譲歩を引き出したよ」
「……ちゃっかりしてるなぁ」
安定した材料で金を貰っておいて、更に技術まで堂々と盗み出そうというのだ。一石二鳥どころの話ではない。
「トーグーグループはそれでいいとして、問題はうちの国のお家事情でね」
「うわあ。嫌な予感……」
「その予感は当たっていると思うよ。この取引の全権を任されているのが第一皇女・アレク姫。S国の第一皇位継承者だ」
「皇子じゃなくて皇女なのか?」
「そう。なんと現皇帝と正妻の間には、男の子は一人も生まれなかったんだ。側室との間には山ほど生まれたのにね」
「うわあ……ご愁傷さまというか、なんというか……」
想像するまでもなくドロドロの王位簒奪劇が頭に浮かんでしまう。
「ナツキの予想通り。女に皇位を継がせてたまるものか、というのが他の皇子の意見。その中で有力なのが第一皇子・セリク。僕の異母兄弟だね」
「ステアは?」
「?」
「ステアは皇位が欲しいとは思わないのか?」
ステアの地位は第二皇子。充分に王位を狙える位置にいるはずなのに。
「欲しくない。面倒臭い」
「………………」
国のトップに当たる地位を手に入れられる癖に、面倒臭いの一言で済ませやがったぞこいつ。
「それに皇帝になるならアレクの方がずっと向いている。頭もいいし、交渉術も心得ている。腹の探り合いをさせたら右に出る者はいないってくらいに腹黒さも天下一品。ほどよく外面もいいからカリスマ性も抜群だしね」
「……それ、褒めてるのか?」
「え? 褒めちぎってるつもりだよ!」
「………………」
人を褒めるとはどういうことか、というのを誰かこいつに一から教え直してやったほうがいいのではなかろうか……
「僕はもちろんアレクの皇位継承を手助けするつもりでいる。それはS国内でも周知の事実だ。僕が皇位継承を狙っていないことは政府関係者なら誰でも知ってる」
「それと、この誘拐とが関係あるって言いたいのか?」
「その通り。アレクがトーグーグループとの取引を成立させるのと並行して、アレクを補佐する僕がトーグーの関係者との繋がりを持たせることが出来れば、国の利益は飛躍的に増大する。それこそアレクの皇位継承反対派を力ずくで押さえ込めるほどにね」
「つまり、この取引は成功しない方がありがたい?」
「そういうこと。反対派にとってはレアメタルを自国のために温存しておいて、技術を引き上げてから改めて利用すればいいって考えてるみたいだね。僕の身柄と引き替えに取引をぶち壊してアレクの立場を悪くすることも出来る」
「どいつもこいつもよくもまあ色々考えるものだな……」
嫌悪感よりも呆れの方が大きい。
そこまでの技術水準に達しなかったからこそ塔宮と手を結ぶことにしたのに、どうして将来的に自分たちだけで技術が追いつくなどという都合の良いことを妄想できるのだろう。技術水準が低いということは、発明力がないということでもある。仮に外国の技術を手に入れて技術水準を引き上げたとしても、結局のところそこから新しい技術を作り上げることが出来なければ先進国に後れを取り続けるだけだろうに……。
「問題はそこだけじゃない。使わないレアメタルが大量に存在していることが他国に知られたら、それこそ戦争を仕掛けられかねない。ここでトーグーグループと取引を成立させることは、ある意味戦争回避にも繋がるんだ。きちんと使い道が定められて市場に出回っていれば、諸外国も迂闊な手出しは出来なくなるからね。未使用のお宝を放置している状況っていうのは、正直なところかなりよろしくない」
「その利用先として塔宮グループは充分な力を持っているってことか」
少なくとも他者が手出しを控えるほどに。
「その通り。だからこの取引は是非とも成功して貰わなくてはならない。アレクのためにも、S国の為にも。ついでにトーグーグループの勢力拡大の為にも」
「ついでかよ……」
まあ悊人氏の強運があればよっぽどの邪魔が入らない限り成功するだろうし、勢力拡大にも繋がるだろうが。
そしてよっぽどの邪魔が入っているのが今の状況というわけか。
「じゃあこの状況って不味いんじゃないか?」
「不味いね」
「落ち着いてる場合か」
「不味いけど、チャンスでもある」
「?」
「僕が無力な状態にされてる以上、相手は喜んで僕の前に姿を現してくれるだろうからね。黒幕を知るいい機会だ。セリクの支持者であることは間違いないだろうけど、それが誰なのかはまだ掴めてないんだ」
「自分から餌になったのかよ……」
「まあね。ナツキを巻き込んだのは悪いと思ってるけど」
「誠意が感じられないなぁ」
「そう? ほんとうに申し訳ないと思ってるよ」
「じゃあ土下座してみろ」
一国の皇子が土下座するというシーンはなかなか拝めるものではない(なかなかどころか絶対に)だろうし、試しに言ってみた。
「土下座したら踏んでくれる?」
「はいっ!?」
「いやあ、折角土下座するんだったら頭をぐりぐり踏まれてみたいなぁって思って……」
「…………………………」
変態だ。
ドMの変態がここにいる!!
恍惚っぽい表情でそんなこと言わないでほしいなあ!!
「ああ、でもその場合は鞭とロウソクを手にしてハイヒールを履いた網タイツのお姉さんでやるのが礼儀なんだっけ?」
「そんな礼儀は世界中のどこを探しても存在しない!」
一体どこからそんな偏見に満ちた知識を手に入れてきたのだろう……
誘拐中にも関わらず面白い会話が繰り広げられている事実に泣きたくなってくる。
緊張感がなさすぎだろ……
「とにかく命の危険はなさそうだし、もう少しだけ我慢してくれるかな。あとで絶対に助けるから」
「………………」
両手両脚拘束された状態でどうしてそこまでの大口が叩けるのだろう。
しかしステアの表情は強がりを言っているわけでも嘘をついているものでもない。
自信に満ちた表情だった。
助けを呼ぶ当てがあるのか、それとも自力で抜け出せるだけの策があるのか。
とにかく助かることを疑っていないらしい。
だったらひとまず信じてみようと思う。
「絶対に助けろよ」
「もっと可愛く言って欲しいなぁ。助け甲斐がないよ」
「土下座して踏まれたい願望を持った奴に可愛げを発揮する義理はない」
「ナツキってば冷たい……」
ステアが縛られたままの両腕、その片方の指で器用にのの字を書いている。
無駄な器用さだ。
もっと別のところで発揮して欲しい。
アホなやり取りをしているうちに腹が減ってきた。
そろそろ飯の差し入れくらいはして欲しい、などと誘拐被害者にあるまじき極太神経を発揮していた頃、ゴゴゴゴン、と重苦しい倉庫の扉が開いた。
薄暗い倉庫内に眩しい光が差しこむ。
「………………」
光が強すぎて向こう側をはっきりと窺えないが、確実にこちらへと近づいてくる。
コツコツと足音を鳴らしているところを見ると、きちんと革靴を履いているらしい。だったらスーツ姿なのかもしれない、とどうでもいいことを考えた。
ようやく相手が見える位置にまで近づいてくる。
白髪に近い枯木色の髪を七三に分けた、五十代くらいの中年だった。
高級なスーツを着こなし、優位に立った者特有の笑みを浮かべながら俺たちを見下ろしている。
「ご機嫌いかがですかな、ステア皇子。手荒な真似をして申し訳ない」
「なるほど。主犯はお前か、アクセル・ゲイン」
ステアは今まで聞いたこともないほど冷たい声で犯人と相対していた。
そこには底冷えするような敵意が込められている。
俺は初めて隣にいる男に恐怖を覚えた。




