賭けをしよう!
夜の街で何をしていたかというと、
「皇子様がおでん屋台って……」
俺はステアにおでん屋台へと連れ出されていた。
おっちゃん達が酒を酌み交わしながら上司の愚痴などで盛り上がっている中、俺は居心地が悪い心境でもくもくとおでんを食べている。
「どうかな? 口コミなんだけどここのおでんはいけるって聞いたから」
「口コミ……」
この皇子様、一体どういう情報網をしてやがるのか。女を口説く時におでん屋台って……。まあ、気楽ではあるけれど。
「まあ、美味しいとは思いますよ。味も良く染み込んでますし、ダシもちゃんと出てますし」
事実、ここのおでんは美味しかった。
ただ周りの環境がどうにもいただけなかったが。
別に雰囲気を重視して欲しいとまでは言わないけど、だからといって酔っぱらい愚痴全開オヤジがたむろしている屋台でごはんというのは色々と微妙。
「女子高生にはこういう場所はちょっと刺激が強かったかな?」
縮こまっている俺に対して、ステアは面白そうに問いかけてくる。どう見ても遊ばれてるようにしか見えない。完全にからかわれている。
「まあ、出来れば個室の居酒屋あたりにしてもらいたかった、というのはありますね……」
女子高生どころか男子高生にも居心地悪いっすよ?
「なるほど。ナツキがそういうのならそっちにしてもいいけど。でもナツキとしては僕と二人きりにならない方がまだ助かるんじゃないの?」
「………………」
どこまで知っていて、どこまで見抜かれているのか。
見透かされすぎて逆に気持ち悪くなってくる。
「はい、そこ警戒心強めないでね~」
「………………」
無茶言うな。
時間稼ぎとか言われてるけど、この皇子、とんでもない食わせ者だぞ。早いところ関わりを断ちたいなぁ。
「嫌でも二日は付き合って貰うよ。それがナツキの仕事でもある」
「分かってますよ。それくらい」
「まずはその言葉遣いを改めてくれたら嬉しいなぁ」
「?」
「敬語。友達からって言っただろう? 僕は友達にそんな言葉遣いをされたら悲しくなる」
「………………」
くだけているのか、それとも試されているのか。
理解に苦しむし、理解しようとも思わないのだが、それでも敬語よりはタメ口の方が楽なことは確かだ。
「じゃあ、遠慮なく。それが私の仕事でもあるわけだし、あなたの望むようにするわよ」
「もう一声」
「?」
要望通りにタメ口になったにも関わらず、ステアはまだ不満そうだ。
「普段のナツキはそんな言葉遣いじゃないだろう? もっと男前で、格好いい喋り方をしているはずだ」
「……だから何でそこまで調べておいて肝心なところが抜けてるんだ」
俺はもうがっかりする以上にがっくりとうなだれながら、要望通りに本来の言葉遣いへと変更した。
「肝心なところ?」
「知らない方がいいと思う。つーか知ったら時間稼ぎの意味がなくなる」
「へえ。それは是非とも知りたいな」
「やめとけ……」
もう完全に友達相手にするような対応だった。そんな俺を見てステアは機嫌が良くなったのか、勘定を済ませてから席を立った。
「どこに行きたい?」
「じゃあ、無難にゲーセン」
女子高生ならカラオケとか言いそうなものだが、個室でこいつと二人っきりというのはなんとも微妙なので敢えてゲーセンチョイスにしておいた。
「了解だ」
ステアは誰に道を訊く訳でもなく、勝手気ままな足取りで俺の手を引っ張っていく。俺がゲーセンに行きたいという事が予測できていた訳でもないだろうに、ゲーセンの位置など最初から調べているとでも言いたげに。
もしかしたら、この街の娯楽施設は残らず網羅しているのかもしれない、などと恐ろしい考えが浮かんだのだが、それを問い質すだけの度胸はなかった。
人間、知らない方がいいことなんてたくさんある。
知らずに済むのなら目を逸らし続けた方がマシだ。
そして俺とステアはゲーセンに到着。
そろそろ十八才未満のお子様は入場禁止になるのだが、俺もステアもそんなことに構うような性格では勿論ない。
まずは小手調べとしてシューティングゲームで対戦してみた。
俺も得意という程ではないけど、それでも標準レベルはクリアしている。少なくともワンコインで三ステージくらいまではいける。
だから対戦してもそこそこいい勝負ができるだろうと踏んでいたのだが、
「弱っ!」
「あははは。いやあ、調査はしてたけど実際にこういうゲームを体験するのって初めてなんだよねえ」
気まずそうに頭を掻くステア。
先ほどまでのリード感がまだ拭えないだけに、ちょっと意外だった。
案外さらっとこなして差を付けられそうな気がしていただけに。
「それにしても全然的に当たらないってのはどうかと思うんだが……」
「だってこれ軽すぎるし。勝手が違う」
「?」
一体何と勝手が違うのだろう。
「本物の銃器はもっと重たいし、反動だって比べ物にならない。その要領で撃ってるものだから調子が狂うんだよね」
「………………」
本物と一緒にするな。
これはあくまで玩具なんだぞ!
「ちなみに、本物の銃器だったら命中率はどれくらいなわけ?」
「兎撃ちが出来る程度かな」
「………………」
ぴょんぴょん不規則に撥ねる兎が一発で撃ち抜かれる姿を想像して、げんなりした。充分に一流の射撃手らしい。
「銃に興味があるのなら一度僕の国へ遊びに来るといい。皇族特権で好きなだけ射撃をさせてあげるよ」
「実に魅力的な誘いだけどな。なんか別の思惑の方が大きそうだから遠慮しておく」
銃は撃ってみたいけど。物騒な話ではなく、単純な興味本位として。
「酷いなあ。ちょっと指導がてら親睦を深めようとしただけなのに」
「あなたがそのつもりでも周りはそうは受け取らないだろ」
「ステアでいいよ」
「………………」
「友達同士は名前で呼び合うものだろう?」
「……分かった。ステア」
何だかんだ言いつつもステアのペースに振り回されている気がする。それがちょっとだけ面白くない。
確かに男友達としてはさばさばしているし、悪くないとは思うけど、あくまでもステアは俺を女の子としてみているというのがどうにもやりづらい。
それから他のゲームもしてみた。
レースゲームではやはり本物とは全然違うとか文句を言いつつ惨敗していた。
しかしUFOキャッチャーでは意外な才能を見せてくれた。
「おおっ!」
これはどう考えても無理だろう! と最初から諦めていたぬいぐるみも、ステアの手にかかればほいほい取れてしまう。しかも重心を見る限りそんな取り方でどうやって! みたいなものも、不思議にひっかけてしまう。
気が付いた時には景品袋五つ分ほどの人形やボックス入りフィギュアがステアの周りに置かれていた。
「こういうのは楽しいね。達成感が伴うゲームっていうのは実にいい」
新たな戦利品を景品袋に入れながら、ステアは新たな獲物を物色していく。
そろそろ周りの好奇心全開の視線が痛くなってきたので退散したいところなのだが……。
「じゃあ最後にプリクラでも撮ろうか」
「え?」
「いや、ナツキそろそろ退散したそうだからさ」
「そりゃあ、な。これだけ周りの視線に晒されりゃ、誰だってそう思う」
「僕そんなに目立ってたかな?」
「自覚無しかよっ!」
「というか周りに注目されるのはいつものことだから」
「世界が違う!」
そりゃあ皇子ならそうだろうよ!
でもここは日本のどこにでもある街のどこにでもあるゲーセンなんだぞ! そんな注目されるのが普通なんていう環境じゃないんだからちょっとくらいは空気を読んでくれ!
俺は景品袋を三つほど持ってやり、そのままステアを外へと誘導する。ステアは残りの二つを持っている。
「女の子に多めに持ってもらうのは気が引けるなあ」
「それを言うなら皇子様に荷物持ちをさせる方が恐れ多いとでも言っておこうか」
「あははは。なんならナツキも抱えてあげようか」
「お断りだ」
ゲーセンを出たところでステアのSPが駆けつけてきて、俺たちの荷物を残らず回収していった。実に甲斐甲斐しい黒子達だと感心する。
「しかしお忍びSPっていうのは一歩間違えるとストーカーにしか見えないのは気のせいかな?」
俺がそんな疑問を口にすると、
「紛れもなくストーカーだよ。SPっていうのはストーカーが正当なる報酬をもらえる数少ない職業だと僕は思っている」
「すげえ偏見だな……」
さすがの俺もそこまで思えないぞ。
ストーカーが職業として成り立ってたまるか。
しかも自分の護衛に対してそう言い切るのだからこいつの根性もなかなか歪んでいる。
それからコンビニで適当に飲み物を買って、帝都ホテルへと戻った。
充分に遊んだし、腹も膨れた。
問題は、修羅場は、むしろここからだ。
「………………」
スイートルーム。
滅茶苦茶広い。
ダブルベッドが二つ並んでいる。
一つでないことはかなり救いだ。
だが問題はそこじゃない。
ステアと二人きりで夜を過ごす、朝まで過ごすということだ。
うう……。
「そんなにびくびくしないで欲しいな。一応は紳士的な態度を取ってきたつもりなんだけど」
「紳士的な態度を取ってきたからこそ、この先を警戒しなければならないって言う理屈も成り立つんだが」
「そりゃあ言えてる」
狼とは年中狼な態度ではないのだ。時に羊のような態度を取りつつ、いきなり変貌するから狼なのだ。
「だったら賭けをしよう」
「賭け?」
「勝負、と言ってもいい」
「?」
ステアは部屋の窓際に置かれているテーブルに向かい、二つある椅子のうちの一つに腰かけて、右肘をついた。
「僕と腕相撲をして、勝ったら大人しく寝てあげるよ。ナツキが負けたら一晩ベッドで付き合ってもらう。どう?」
「………………」
どうも何も、勝負になるとは思えない。
射撃の話を聞く限り、SPだけでなくステア自身も相当に鍛えているはずだ。男とはいえ一般人である俺が腕力で敵うとは思えない。
そんな風にやんわりと抗議してみると、ステアは肩を震わせながらおかしそうに笑った。
「心配しなくても僕とナツキにそこまでの筋力差はないはずだよ。射撃訓練はあくまでも嗜みの一つだし、SPがいるせいでまともに格闘訓練もさせてもらえない。どちらかというとインドア派だよ。もちろん最低限の訓練は受けてるからナツキと僕が格闘技で勝負すれば、多分僕が勝つだろうけど、腕相撲ならそこそこいい勝負が出来ると思う」
「……ほんとうに?」
椅子に腰かけながら、更に疑わしげな視線を向ける。
疑り深くなるのは当然だ。ここで負けたら俺の貞操大ピンチ。ついでに言うと時間稼ぎもお終いになる。……そのあたりはなるようになれ、だがそれでも男に押し倒されるとか絶対に嫌だ。
「……じゃあこうしよう。十秒以内に僕が勝ったらこの勝負は無効だ。それだけ圧倒的な差があったんならそもそも勝負を申し込んだ僕の方に非があるからね。その場合は大人しくしている。ナツキに襲いかかったりしないと皇族の名誉に賭けて誓おう」
「そんなしょーもないことで皇族の名誉に賭けるなよ……」
まあ、それなら受けてみてもいいかな。
俺とステアは体格的にはそこまで変わらないし。本人の言う通りならそこそこの勝負が出来るはずだ。
右手をテーブルについてステアの手を握る。
お互いに微妙な緊張感を漂わせながら、それでも本気の視線を交わす。
「レディー……」
ステアが言って。
「ゴーッ!」
俺が続けた。




