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百合色革命  作者: 水月さなぎ
第二部 VS篇
65/92

強引ぐマイウェイ!

「………………」


「………………」


 気まずい。


 ひっじょーに気まずいっ!



 帝都ホテル最上階の展望レストランで向かい合う俺とステア。


 テーブルに並べられているのは豪華極まりないフルコース料理。


 塔宮家に養子入りしてからはこのレベルの料理を目にする機会も食べる機会も何度かあったのだが、しかし出自が庶民なだけにどうにも慣れない。


 マナーを気にしなければならない食事というのは、味を堪能する前に辟易してしまうというのもある。


 だから目の前の料理がどれだけの高級食材で、どれほどの料理人の作品なのかということを理解した上でも、いや、理解しているからこそ味を楽しむ余裕がなかった。


 これならばどこぞの美少女マニア暴走寿司職人の寿司のほうがまだ美味しく食べられる。


 ……恭吾にぎゅうぎゅうに締めつけられたコルセットも食欲減退の理由に挙げられるだろう。


 恭吾は既に席を外しており(多分、パイプラインとやらを作る為に奔走しているのだろう)、今はステアと二人きり。


 誰も助けてはくれないし、どこにも逃げ出せない。


「ナツキ」


「は、はいっ!」


 いきなり呼ばれたのでびっくりして竦み上がる。我ながら情けないとは思うのだが、それでも相手が『一国の皇子』だったら少しくらい態度がおかしくなっても勘弁して欲しい。よく考えたら今の俺は皇族を騙しているわけだし、そりゃあ気まずいに決まっている。


「食事が進んでいないようだけど、もしかして苦手なものだった?」


「あ、いえ……そういうわけじゃないんですけど……」


 しどろもどろになりながら両手を振る。


 ステアは俺を純粋に心配しているだけのようだ。


「ちょっとコルセットが苦しくって……」


「コルセット?」


「あ、いえそのっ!」


 しまったっ!


 食事の席で、しかも皇子相手にいきなりなにをかましてるんだ俺は!


 確かに正直な気持ちではあるけれど時と場所を考えろ! と自分に駄目出しをしていると、ステアはおかしそうに肩を震わせた。


「?」


 むしろ失礼な、と機嫌を損ねるだろうと覚悟していたのでその反応には俺の方が拍子抜けだった。


「あんまり着慣れていないんだね、そういう服」


「う……」


 おかしそうに笑うステアを思わず睨みつけそうになって、あわてて肩を縮こまらせる。さすがに睨むのは不味い。


 ここは俯いて恥ずかしそうにしている女の子を演じることで誤魔化そう。


「大丈夫。ナツキの事はある程度調べているから、君がどういう境遇なのかは分かっているつもりだよ」


「……それはどうだろう」


「え?」


「いえ、何でもないです」


 ある程度ではなく、出来ればとことん調べて貰いたかった。そうすれば庶民出身というだけではなく実は男なんだというところまで突き止められた筈なのに。


 そうすればこんな屈辱を味わうこともなかったのに……。


「食事は終わりにしよう。着替えてくるといい。ナツキが動きやすい服で。この際相手が僕だということは気にしなくていいから。出来れば普段着だと嬉しいな」


「は、はあ……」


 何だかもの凄い譲歩をさせているような気がするのだが、しかしどちらかというとステアがそちらを希望しているようにも見える。


 無駄に気さくというか、人懐っこいというか……。



 まあせっかくなのでステアの言葉に甘えさせて貰うことにする。普段着といってもこのホテルに来るまでに着ていたものしかない。まだクリーニングには出していなかったので再びそれを着直す。


「変な奴」


 というのが素直な感想。


 八分袖のブラウスにミニスカートと黒のニーソックス。


 邑璃が選んだこの服は、女装姿の俺には嫌になるくらい似合っているらしい。俺自身あまり自覚はないし自覚したくもないのだが、しかしまあ動きやすくはある。少なくともコルセットをぎゅうぎゅうに締めつけられていたさっきの格好よりはずっとマシだ。


 着替えを済ませてロビーで待っているステアのところに戻ると、


「可愛いっ!」


 と感極まったように声を上げた。


「わあっ!」


 しかもどさくさに紛れて抱きつかれてしまったので思わず弾き飛ばしてしまう。


「っと」


 尻餅をついてしまうステア。


「あ、すみませんっ」


 自分の役目を忘れてつい突き放してしまった。


 邪魔にならないように見守っていたSPが駆け寄ってこようとするが、そこはステアが片手で制した。大丈夫だという意思表示らしい。


「大丈夫。それにしてもナツキって華奢な身体の割には力が強いんだね。ちょっとビックリしたよ」


「は、はあ……」


 そりゃまあ男ですから、とは言えず気まずく眼を逸らす。


 ひとまずステアを助け起こしてから、


「本当、すみません。つい反射的に」


 と謝っておいた。


「気にしなくてもいいよ。いきなり女性に抱きつくなんて、僕の方こそマナー知らずだった。ごめんね」


「いえ……」


 抱きついた程度でマナー知らずならば、出会った初日からいきなり人のベッドに潜り込んできて強引にキスまでしやがった邑璃は人でなしレベルになるだろう。


 いや、案外間違った評価でもないか?


 最近は抱きつかれた程度なら結構耐性が出来ている。……出来てしまっている。むしろ反射的に拒絶してしまったのは相手が男だったからだろう。本能レベルの気持ち悪さが先行してしまった結果なのかもしれない。


 女の子相手なら理性で押さえつけられるが、男が相手となるといつぞやのトラウマもあって反射で身体が動いてしまう。


「せっかくだから遊びに行こう」


「え?」


「高級レストランで食事だけっていうのも、なんだかお見合いじみてて味気ないしね」


「というか、ぶっちゃけお見合いなんじゃ……」


「ぶっちゃけすぎだよ」


「あ……」


 窘めるように突っ込んできたステアに対して気まずく縮こまる俺。お互いに暗黙の了解であることでも、口に出すべきではないと言いたいらしい。しかしそんな慎みを俺に求められてもぶっちゃけ困る。所詮は時間稼ぎ。本気でステアとお見合いする気などこちらにはないのだから。


「無茶を通した分お膳立てはこっちの仕事だってのは分かってるけどね。でも仕事を任された以上、時間稼ぎには協力して欲しいな」


「………………」


 その物言いに、思わず固まる。


 こちらの思惑も、俺の現状が時間稼ぎでしかないことも、すべて見抜いている。塔宮グループがS国とのパイプラインを作りたがっていることも。


「人が悪いですね……」


 なので俺が言えたのはそれだけだ。


 全て分かっていて、承知した上で、俺は踊らされているのだから。


「否定はしないよ。ただ僕は素のナツキと話してみたいなって思ったからね。トーグーには僕の国とのパイプラインを作る時間を与えているんだし、僕は僕で好きにさせて貰うよ」


「だったらこちらも遠慮なく聞かせてもらいますけど、どうして私なんですか? 美形が多いということで塔宮一族に興味を持ったのなら、私以上に興味を持てそうな美形は沢山いたでしょう? 何も外部からたまたま養子に取られた私を選ぶ必要はなかったと思いますけど」


 女装した時の自分が他人からどう見えているか、というのはいい加減自覚しているが、それにしたって妙な話ではある。


 美形というだけならもっと上がいたはずだ。


 少なくとも咲来や枢さんはそのレベルに達していると思う。


 あの二人はきちんと容姿に気を遣っている分、俺よりもずっと美人に見えているはずだ。


「……眼が気に入ったから、かな」


「眼……?」


「『負けてたまるか!』みたいな眼をして写っていた写真があってね。せっかくの美人さんなのにものすごい男前で」


「………………」


「もちろん、その時点では境遇も調べていた。借金のカタに売られた憐れな子供。だけどそれ以上に本人の負けん気が僕に同情を許さなかった」


「いや……だからなんで……」


 そこまで調べておいて男だという事に気付かないんだこいつは!?


「だから今すぐに結婚して欲しいという話じゃないんだ。ナツキを知る切っ掛けが欲しかった。ナツキと知り合える時間が欲しかった。ええと、この国の定番文句だと、こう言うんだっけ? 『まずはお友達から』」


「あ……はは……はは……」


 友達なら喜んで、と言いたいところだが、『お友達から』という下心前提の話には素直に頷けないなあ。


「僕の家は血筋に拘るタイプじゃないからね。ナツキがこの際トーグーの養子であることはあまりマイナスにはならない。むしろあの借金をチャラにしてまでトーグー家が手に入れようとした『ナツキの価値』の方に興味があるかな」


「……それは知らない方がいいと思いますよ」


 ……まさか『娘の百合趣味の為に女装が似合う男が欲しかった』などという理由だとは思い至らないだろうが。がっかりする事実には変わりないだろう。


「そう言われるとますます興味が湧くね」


「………………」


 むしろ面白そうに笑うステア。完全に遊ばれている気がする。


「じゃあ行こうか」


「行くって、どこへ?」


 当然のように手を握られて、反射的にはねのけようとして、かろうじて我慢する。

手を繋ぐぐらいは、まあ、我慢しよう。


 気持ち悪いけど!


「あんまり食べてなかったからお腹が減ってるだろ? 軽く何か食べて、それから何して遊ぶか考えよう」


「え、ええ!?」


 強引に俺の手を引いていくステア。


 そのあまりの強引さに逆らえない俺。


 イブニングドレスとコルセット地獄から解放されたのは助けるけど、だからといってあまり素の状態で付き合わされても地が出そうで怖い。


 とにかく二日は時間を稼がなければならないのに。


「大丈夫。今はまだ戸惑いの方が大きいかもしれないけど、ちゃんと時間を掛けてナツキを僕に惚れさせてみせるよ」


 女の子の扱いには随分慣れているようで、ステアは優しく俺に笑いかける。


 多分、女の子ならこの笑顔で胸キュンなのだろう。


「……間違いなく惚れない自信ならありますが」


 ここまでぶっちゃけたのだから、この程度は構わないだろうと牽制してみる。


「いいね、その方が僕も張り合いがある」


「いえ……そういう意味ではなく……」


 もっと根本的な問題だ。と言えたらどんなに楽だろう。


 まあ悪い奴ではないようだし、もう少しくらいなら付き合ってやってもいいだろう。


 そんなわけで俺とステアは夜の街に繰り出すことになるのだった。


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