求婚相手は皇子様!
塔宮本家――当主の執務室にて。
「ううむ。実に困ったな」
塔宮家当主、塔宮悊人は革張りの椅子に背を預けながら、実に面倒そうな表情で溜め息をついていた。
机の上には美少女の写真、もとい女装した美少女もどきの写真がある。
塔宮棗生。
愛娘の特殊性癖を満たす為に養子へ迎え入れた秘密兵器。
彼の存在が塔宮邑璃に対して大いにプラスに働いていることを、悊人は理解している。元よりそのつもりで彼を手に入れたのだし、目論見通りの展開ではある。
それによって当主争いはより一層激化したのだが、それでも邑璃が自分の意志で前へと踏み出してくれたことは悊人にとって大いなる喜びの一つであった。
そんな感謝してもし足りないほどに大きな働きをしてくれた養子の写真を眺めながら、それでも深いため息をつく悊人。
「申し訳ありません、悊人様。私の失態ですわね」
側に控えていた村雨恭吾、いや、今は恭子と呼ぶべきなのだろう。彼もとい彼女は己の失態を認めて悊人に対して頭を下げる。
「いや。こうなることは予想外だが、予想外なりに有益な繋がりが出来たことを鑑みれば、釣り合いは取れている。謝る必要はない」
「そう言ってもらえると助かります」
「しかし、よりにもよって棗生くんか……」
「ですわね。邑璃お嬢様ならまだ対応のしようがあったのでしょうが……」
「………………」
「………………」
今度は二人して溜め息をつく。
「……この事を知ったらゆーちゃんは怒るだろうな」
塔宮グループの利益の為に棗生を利用することには何の躊躇いもないのだが、しかしそれによって愛娘に恨まれるのは気が重い。
他のことに関してはきちんと公私を分けられるのだが、邑璃に対してだけは公私混同してしまうのが悊人の数少ない欠点でもあった。
「無視するという訳にもいきませんし、ひとまず会わせてみてはいかがでしょう?」
「ふむ。そうやって時間稼ぎをしている間にこちらは対策を考えられるというわけか」
「……破綻は目に見えてますけど、別ラインからの繋がりはその間に確保できるかもしれませんしね」
「よし。では棗生くんには頑張ってもらうことにするか」
「犠牲になってもらうとも言いますけどね」
棗生と邑璃の知らないところで、密かにおぞましい計画が進行していくのだった。
そして舞台は塔宮学園へと移る――
邑璃に気付かれないように出てきて欲しいと悊人氏から連絡を受けた俺は、ひとまず買い物に行くのを装って寮から出てきていた。向かった先は学園内のコンビニ。そこに見覚えのある黒塗り高級車が止まっていた。
「やあ。久し振りだね棗生君」
「……どうも」
運転手に車の中へと促され、そこで待っていたのはにこやかな当主どの。つまりは悊人氏だった。
「で、何の用なわけ? 俺もそれなりに忙しいんだけど」
「まあまあそう言わずに。棗生君に新しい仕事を持ってきたんだ」
「新しい仕事……?」
飼い主からそう言われれば従うしかないのが現状だ。どれだけ不本意な仕事内容であっても卒業までは唯々諾々と受け入れるしかない。
「実はお見合いをして欲しいんだ」
「………………」
「相手はS国の第二皇子なんだけどね」
「………………」
「塔宮グループはつい最近S国との取引を始めてね。その際に色々と世間話もしたのだが、その際、皇子が棗生君のことをえらく気に入ってくれてね。もちろん女装姿なのだけれど」
「………………」
「是非とも我が妻に! とか言われちゃってね。ははは、どうしたものかと困っているんだよ。棗生君はゆーちゃんのものだからと言おうにも、まさか女装姿の棗生君を娘の婚約者ですからと言う訳にもいかないしねえ。いやあ、困った困った」
「………………」
「取引の都合上、S国と縁戚関係になれるのは大変都合がいいのだけれど、まあそれは不可能だろう。しかし最低限パイプは作っておきたいのでね。棗生君にはひとまず時間稼ぎをしてもらいたいんだ。お見合いを経て皇子が棗生君にご執心の間、我々はS国官僚とのパイプを出来るだけ太くしておきたい。どうだろう? ここは大好きなパパりんの為に協力してはくれないだろうか?」
「じゃあ俺はこの辺で」
返答するまでもなく逃げ出そうとする。車のドアに手を掛けて開けようとするのだが、
「っ!?」
ドアロックがかかっていた。
いくらガチャガチャやっても開くことはない。
と、閉じこめられた!
「ふっふっふ。いやあ快く承諾してもらえて嬉しいよ」
「今の態度のどこをどう見たらそういう風にとらえられるんだ!?」
「大丈夫大丈夫。恭子君に色々と頼んであるから何も心配は要らない」
「不安しかないわっ!」
あいつが絡むとろくなことがない!
開けろーっ!
このロックを誰か解除してくれーっ!
「ちなみに、そのお見合いとやらはいつなわけ?」
「今日」
「………………」
「の、夜」
「………………」
「帝都ホテルのスイートルームで行われる予定だ」
「なんか色々確信犯めいた危険を感じるのは俺だけか!?」
夜、しかもホテルって!
トドメがスイートルームっ!
せめてラウンジとか料亭とかそういう場所にしようよ!
「というわけで早速準備に取りかかりたいので今から連行させてもらうよ」
「嫌だーっ! 男とお見合いなんて絶対に嫌だーっ!」
「まあ最低でも二日は時間を稼いでくれたまえ。学校の方は休んでくれて構わないから」
「学校行きたい! むしろ登校したい!」
悊人氏はそんな俺の様子に構うことなく、携帯電話を操作する。
「あ、もしもしゆーちゃん? ちょっと棗生君を借りていくよ。多分帰りは明後日ぐらいだ。いやいや、分かっているさ。ちょっと仕事の都合上棗生君の力が必要になっただけだ。心配しなくともすぐに戻ってくる」
電話の向こうで邑璃がなにやらごねているのが聞こえてくる。
「ゆーちゃんも行くって? 無理だよ。仕事が溜まっているだろう? 自分から言い出したんだからちゃんとこなさないと駄目だよ」
それ以前にあいつについてこられた日にはお見合い自体が破綻すると思うのだが。いや、むしろそっちの方が俺としては都合が良いのか。
まだ文句を言っているらしい邑璃を無視して電話を切る悊人氏。
「では行こうか棗生君。まずは衣装合わせだ。王子様に釣り合うようなイブニングドレスをバッチリ用意させてあるから期待していてくれたまえ」
「着たくないっ!」
「いやあ。孝行息子でパパうれしいなぁ。いや、今は孝行娘かな?」
「地獄に落ちろーっ!」
この先何があろうとも自らの意志で親孝行に励むことはないだろう。むしろ親不孝に全力全開で励みたいくらいだった。
「よう。久し振りだな、棗生ちゃん」
「って、ええっ!?」
有無を言わさぬ状況で帝都ホテルにまで連行された水曜日の夕方。恐らくは悊人氏が借りているスイートルームの一室にて待ち構えていたのは、村雨恭吾だった。
いや、恭吾に頼んであると言っていたから彼が居ること自体に疑問はないのだが、しかし驚いたのはその格好だ。
「お、男の格好してる……」
今まで恭吾の女装姿しか見たことがなかった俺は、一瞬相手が誰だか分からなかったくらいだ。
「今日は皇子様が相手だからな。俺もさすがに女装姿って訳にはいかなくてね」
「しゃ、喋り方まで……あんたずっとそうしてろよ。その方がまともに見える」
「大きなお世話だ」
ダークスーツに身を包んだ恭吾は、それこそどこの社交パーティーに出しても見劣りしないくらいの貴人風になっていた。
すらりとした立ち姿。優雅な振る舞い。そして何より持ち前の整った顔立ち。本性をしらなければ将来はこんな大人になりたいと錯覚してしまいそうなくらい、恭吾の姿ははまっていた。
「恭吾さん。では私の方はこれで」
恭吾の側に控えていた少女が恭しく頭を下げる。知らない顔だった。
「ああ、七海。せっかくだから棗生ちゃんに自己紹介でもしてやったらどうだ? 気になっていたんだろう?」
「気にしてなんていませんよ。ですがまあ一応挨拶くらいはしておいてもいいでしょうね」
少女は俺の方に向き直って、睨みつけるような表情で頭を下げてきた。
「初めまして。水城七海です。悊人様の第二秘書を務めています」
「はあ、どうも」
随分と若く見えるのだが、それでも第二秘書か。随分とエリートコースを歩いているようだ。
「一応この子も当主候補だ」
そして補足するように恭吾が言う。
「そうなのか?」
まじまじと七海の方を見る。敵視しているように見えるのはその所為だったのか。
「一応、そういうことになっています。私は学園組とは立ち位置が違いますから」
「立ち位置って……」
「私は別にあなたには何の興味もないってことですよ。邑璃さんを変えたからといってそれが何だと言うんですか? そんなことは目指すものが明確な人間には何の関係もないでしょう。相手がどうなろうと、どう出ようと、自分は最善を尽くす。私はそういう立ち位置で当主争いに参加していますから」
「………………」
意志が強すぎる、とでも言うのだろうか。
他人がどうあろうと関係なく、自分自身を信じている。
積み重ねてきた努力に対する信頼もあるのだろう。
だがここまで他人に対して無関心というのは、どこか致命的な気がする。何がどうかと訊かれればうまく答えられないのだが、どこか歪な気がする。
「それではこれで失礼致します」
ぺこりと頭を下げてから部屋を出て行く七海。その姿をやれやれと見送る恭吾。
「ははは。かなり嫌われてるな、棗生ちゃん」
「そうかぁ? 無関心って感じじゃないか」
「まだまだだな。あれは無関心を装っているだけだ。関心を持っていることを認めたくないんだよ。もちろん好意的な意味での関心ではないがな」
「……さすが同僚。よく理解してるじゃねえか」
「同僚? あの子は俺の弟子だぜ」
「弟子?」
「そう。高校卒業後すぐに弟子入りしてきた。水城家は分家の中でも決して強い力を持っている訳じゃないからな。少々型破りな方法でないと対等に闘えないとでも思ったんだろう。実際、当主を目指すにあたって塔宮グループの仕事を把握できる秘書という仕事はかなりのメリットがあるからな。感情的なところもあるがそれを差し引いてもあの子の考え方は大人のそれだよ」
「大学進学は諦めたってことか……」
「まさか。秘書の仕事をしながら今も通信教育でカリキュラム消化中だ。きちんと二足のわらじを両立させている努力屋なのさ」
「すげ……」
塔宮家当主の第二秘書。
それは決して片手間で出来ることではないだろう。
それを通信教育で大学卒業資格を取りながらって……ハイスペックにもほどがあるだろ。
「取りあえず七海のことはどうでもいい。今はS国皇子を迎える準備が先だ。ドレスの用意はしているからさっさと着替えてしまえ」
「……着たくねえなぁ」
「なんなら私が着せてあげましょうか? 棗生ちゃん♪」
「っ!」
いきなりいつもの女性口調に戻ったのでびっくりする。
「そう言えばドレスの着付けはまだ教えてなかったわよねぇ。手取り足取り股取り教えてあげましょうか?」
「その姿でその口調はやめろっ! 気持ち悪いっ!」
「んまー! 失礼な子ね!」
「だからやめろって!」
「ったく、失礼なガキだな」
「そうそう。それそれ。って、誰がガキだ!」
そんなやり取りをしながらも、結局ドレスの着付けなど出来ようはずもなかったので恭吾に手伝ってもらうことになったのだが。
その途中の話題。
「悪かったとは思っている」
「へ?」
急に真面目な口調でそんな謝罪をされたので、俺は訳が分からず首を傾げてしまう。ちなみに今はコルセットで胴体をこれでもかと締め上げられているところだ。かなり苦しい。
「いや。S国の第二皇子に棗生ちゃんの事を漏らしたのって、実は俺なんだよ」
「………………」
「あの時はただの世間話のつもりだったんだけどなぁ。それなりに打ち解ける必要があったからなごみそうな話題を出しただけというか」
「なごみそうな話題って……」
「美少女の話題」
「………………」
「やっぱりお后問題とかある国だからな。塔宮一族は血筋的に美形が多いだろ? だからそういう方向で話題を持っていけば相手の警戒心もそれなりに解けるだろうし、更には一族の誰かを嫁に出すことで姻戚関係が結べるかもしれない。とにかくあの一族には美形が多い、とだけ冗談交じりに漏らしただけなんだ。興味が湧けばあとは勝手に調べるだろうと思って」
「なんて適当な……」
「相手は一国の皇子だぞ。あからさまにお見合い写真めいたものを渡したところで不興を買う可能性だってある。自分で調べて貰うのが一番なんだよ」
「まあ、一理あるな」
媚びを売っているのがバレバレというのは実際のところ、売られた側はあまり気分が良くないのかもしれない。
「だがまさかよりにもよって棗生ちゃんを指名してくるとは……」
「……そういうオチか。まあ、アンタの不注意ってのもあるけど不可抗力に近いな。それは」
「そう言ってくれると助かる。俺も棗生ちゃんをこんな目に遭わせるつもりで画策した訳じゃないしな」
「……アンタならやりかねないけどな」
「冗談じゃない」
しかしこれには恭吾は確固たる意志で反論した。意外にも、本気で気分を害したようだ。
「棗生ちゃんを虐めるならこの手であますところなく堪能するに決まってるじゃない! 頭のてっぺんから足の先までこの私が味わい尽くすに決まってるじゃないの! 他人任せになんてしてたまるもんですか!」
「………………」
そっちの方が怖ぇよ。
つーか怒り混じりに女言葉になってるってことは、やっぱりそっちが『地』なんだな……。
胸元の開いた黒いイブニングドレスを着せられ、肩にショールをかけられる。
「化粧は……まあいいか。まだ若いし下手に塗りたくらない方が綺麗に見える」
「嬉しくねえ」
こうしてS国の第二皇子を迎える準備が整ったわけだが。
とりあえずその皇子を待つべくホテルのロビーへと向かっている。
「なあ……時間稼ぎで誤魔化すのって、一応俺の正体がバレるのも計算に入ってるのか?」
「そりゃまあ、バレるだろ。ベッドインすれば」
「しねえよっ!」
男に押し倒されてたまるかっ!
「そもそも調べたって言うんなら俺が男だって分かりそうなもんなのに……」
「分かってて棗生ちゃんを指名したんだったら俺と同類だな」
「……逃げたくなってきた」
「まあ大丈夫だろう。そういう噂は聞かないし。精々頑張って美少女を演じてこい」
「……よく考えたらS国の取引が成功しようが失敗しようが、俺個人には何の関係もないよな」
「そこは気にしない方がいい」
「俺が頑張る必要ってないじゃん」
「最低限二日は凌いでくれないと俺と悊人様が困る」
「知るかそんな事」
激しくやる気の出ない仕事なので、むしろ早々にバレた方が俺的に楽なんじゃないかと思い始めている。しかし自らカミングアウトして皇子に変態呼ばわりされるのもなんか微妙だし、結局のところそこそこ凌ぐしかないのかもしれないなぁ、などと考えていると、
「ナツキ?」
「はい?」
背後から声を掛けられて振り返る。
「えっと……」
そこに立っていたのは燃えるような赤毛の美青年だった。
良くできた彫刻のような整った顔立ち。
そこに立っているだけで一つの芸術品であるかのような高貴な佇まい。
名乗られるまでもなく理解した。
こいつが皇子だと。
「初めまして。僕はS国第二皇子、ステアと申します。お会いできて光栄です、我が女神」
「………………」
ステアは自らの名乗りと同時に俺に対して片膝をつき、そして手の甲にキスをしてきた。
女の子視点からすればうっとりするような行動なのだろうが、俺の感性ではひたすらに気持ち悪いだけだった。
それから、日本語うまっ!




