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百合色革命  作者: 水月さなぎ
第二部 VS篇
62/92

君が歌う場所

 何だかんだで結局連れてこられてしまった先は、なんとライブハウスだった。


「?」


 デートでライブハウスって。いやいや。それ以前に普通は一般用入口から入るはずなのにどうしてこいつらスタッフ用入口みたいな場所から入り込んでんの?


 そりゃあまだライブの始まる時間でもないけどさ。それにしたって色々おかしくないか?


「何してんのよ、ほらこっちこっち」


「あ、ああ……」


 凜に言われるがままに付いていく俺。その前を無言の羽塁が歩いている。


「……あんまりデートには見えないな」


 凜の横で素直な感想を口にする。


「んー、まあね。デートって言うよりはハルの趣味に私が付き合ってるって感じだからね。まあ好きで付き合ってるからいいんだけどさ」


 さばさばした調子で言う凜。なんだか学園にいる時と喋り方や性格が微妙に違うのでちょっと戸惑う。


 もっと高飛車なお嬢様然としていたような気がするのだが。


「……本来の性格はそっちなわけか」


「え? ああ。あっちはただのポーズよ。性格を切り替えてるだけ。まあ高笑いも嫌いじゃないんだけどさ」


「……いや、あの高笑いはどうかと思う」


「そう? キャラ設定的に個性が際立っててよくない?」


「キャラ設定言うな」


 個性があればいいというものでもないだろう。なくてもいい個性もあるはずだ。むしろ没個性の方が平和な場合も多々あるはずだ。


「うん。まあ私にも色々あるのよ。学園内だと誰が監視してるか分からないからね。あんまり素の状態でいるのも問題があるっていうか。あっちの性格に切り替えていれば自動的に気分が引き締まるし警戒心も引き上げられるから」


「物騒な話だな……」


 監視って……。いや、あり得るのか? 悊人氏のことは別にしても、他の勢力が何らかの監視をしていてもおかしくはない。


 塔宮グループというのはある意味国すら動かす規模を持った企業体だ。様々な思惑が絡み合って絶妙なバランスを保っているのが今の状況なのだと、咲来も言っていた。


「あんまり気にしても仕方ないわよ。私達に出来る事なんて限られてるし、出来ないことを無理にしようとしたって無駄なんだから」


「ああ」


 背筋が寒くなった俺を慰めるように背中を叩いてくれる凜。何だかんだで俺のことを気遣ってくれているらしい。



「あ、そろそろリハーサルみたいね」


「え?」


 凜がステージの方に視線をやる。俺もつられてそっちを見ると、羽塁がスタンドマイクの位置をぐいぐいといじっている。後ろのメンバーも準備完了のようだ。


「あいつが歌うのか?」


「まあね。知ってるだろうけど、ハルの歌は最高よ」


「………………」


 それはとても誇らしげな声だった。


 凜にとっては自慢でも何でもなく、それが当然の事実であるように。


「どうして、俺をここに連れてきた?」


 今更の疑問だが、それでも問いかけずにはいられなかった。


 二人きりのデートではなかったにしろ、それでも俺を誘う理由はなかったはずだ。


 本来は敵同士であり、最初から仲良くする気なんてないように思えた二人が、どうして今更俺に関わろうとするのだろう。


「だって、ハルの歌を気に入ってくれたでしょ?」


「え?」


「カラオケの時。ハルの歌を聴いて、感じ入ってくれてたでしょ?」


「あ……」


 そうだ。あの時初めて羽塁の歌を聴いたんだった。


 あの歌を聴いて仲良くなれるかもと、そう思ったのだ。


「だから聴かせてあげたいって思ったのよ。他人の真似をするカラオケなんかじゃなくって、ハル本来の歌をね」


「オリジナルソングか」


「そうよ。デビューだって夢じゃないんだから」


「………………」


 デビュー、か。


 それだけの才能があると、凜は信じているのだろう。


 だがそれは……


「当主争いは、どうするんだよ。凜も羽塁もそのために塔宮学園まで乗り込んできたんだろう?」


 当主争いからの離脱を宣言しているようなものだ。仮に羽塁がデビュー出来たとしても、当主との両立なんてことは不可能だ。


「だから私がなるのよ」


「え?」


「私は当主になる」


「………………」


「ハルは辻乃丞家に縛られてる。本当は歌いたいだけなのに、ただ好きなことをしたいだけなのに、辻乃丞家はそれを許してくれない。ハルがこっちに来たのは当主争いへの参加という名目で辻乃丞家の縛りから少しでも逃れるためよ。前はこんな風に気軽にライブハウスになんて行けなかったし、当主候補である私と会う事なんて滅多に出来なかったんだから」


「……なんか、大変だな。色々と」


 お気楽にデートなんて言ったことを後悔する。


 この二人にとっては掛け替えのない時間なのだろう。だったら余計に俺がいるべきではないと思うのだが。


「私が当主になればハルを解放してあげられる。辻乃丞家の妄執から解放して、好きなだけ歌えるようにしてあげられる。もちろんハルの為だなんて恩着せがましい事を言うつもりはないわよ。これは好きな男に何かをしてあげたいっていう、エゴ全開の乙女心なんだから」


「はは……」


 確かに恋する乙女のエゴ全開だ。


 しかしそれは高潔なワガママにも思える。


 誰しも譲れないものがあって、目標があって、だからこそ必死になる。


 それは邑璃も凜も、そして羽塁も同じなのだろう。


 他の連中だってそうだ。


 いい加減な気持ちでこの戦いに参加してる奴なんて、きっと一人もいない。


「どうして俺に教える気になったんだ? そんなこと」


「別に。ただの作戦よ」


「作戦?」


「私にもハルにも譲れない事情がある。だからそれを知っておいて欲しかったって訳よ」


「………………」


「ああ、勘違いしないでよ。別にあからさまに同情して欲しいとか、手加減して欲しいとか、そういうつもりじゃないから」


「そうか?」


 この流れだとそういう風にしか聞こえないんだけどな。


「元よりそんなことで手を緩めるタイプじゃないでしょ。あんたも、邑璃達も」


「そりゃまあ……」


「これはただの布石よ」


「………………」


「意識して手加減して欲しいんじゃないけど、それでもこの事を知っているのと知らないのとでは、決定的な場面において大きな違いが出る、と思う。無意識で決意が揺らいだり、迷っちゃったり」


「うう……そりゃ否定できないな……」


 意識的なものならともかく、無意識でそういう事を考えてしまうのは止めようがない。


「だから将来への布石。この事実を胸に留めおくことで、無意識の手加減を期待してるってことよ」


「タチが悪いなぁ」


「ハルの力になるためなら何でもやるっていう純真な乙女心よ」


「悪知恵全開の悪女心にしか見えないんだが……」


「前を揉むわよ」


「ごめんなさい」


 脅し文句にしても酷すぎる。女の子なんだからもう少し上品に脅してくれないものだろうか。



「せっかくだからライブも聴いていきなさいよ。スタッフチケットあげるからさ」


「いいのか?」


「いいのよ。ここまで来たのに聴かずに帰るなんて逆に許さないし」


「………………」


 いまいち素直に喜びづらいなあ。


「ハルの歌の素晴らしさが分かれば無意識の揺らぎにも大きな効果がありそうだしね」


「その台詞で色々と台無しだよ……」


 計算高いのは認めるが、そういうのは表に出さないからこそ効果があるのではなかろうか。


 

 そしてライブ開幕時間になる……その少し前。


「いたーっ!」


「見つけましたわっ!」


「はあっ!?」


 羽塁達と一緒にスタッフルームに陣取っていた俺を指さしたのは、なんと邑璃だった。更に言うと何故か咲来まで一緒だった。


「お、お前らなんで!?」


 ここはスタッフ以外立入禁止だぞ! とかそういう台詞はこの二人に対して効果ゼロだろう。なんせ権力で押し通れるのだから。


「なっちゃん酷いよ! せっかくなっちゃんとデートしようと思って昨日頑張ったのにどうして置いていくの!?」


「いやいやいや。そもそも約束なんかしてねえし!」


 その為に頑張ってるんだろうなぁ、という予測ぐらいはついたのだが、それでも口に出して約束していない以上暗黙の了解にまで気遣ってやる義理はないのだ。


「わたくしだって昨日遅くまで仕事していた邑璃さんを出し抜いてちゃっかりデートしようと思ってましたのに、いつのまにかいなくなってるんですもの!」


「抜け駆け禁止だよさっちゃん!」


「ちゃっかり同じ部屋で寝起きしている貴女に言われたくないですわ!」


「まだ最後まで襲ってないもん!」


「威張って言うことではありませんわ!」



「………………」


 スタッフルームに入った瞬間、俺を見つけた瞬間から喧嘩を始めてしまった二人。お互いに言いたいことはあるのだろうが、少しくらいは場所を弁えて欲しい。


「どっちが本命なの?」


 くすくすと面白がるように訊いてくる凜。その顔はとても悪そうだ。


「……今のところどっちも保留中」


「……へたれ」


 ぼそりと突っ込んできたのは羽塁。滅多に喋らない分、喋った時のダメージがクリティカルヒットになる。


「ほっとけ。ゴーカン魔百合娘と初っぱなからペット扱いするようなお嬢様相手にそう簡単に返事出来るかよ」


「それもそうね。でも面白いから傍観決定」


「ぐ……」


 見世物扱いかよ……。


「というかどうして凜と一緒にいるんですの!?」


「というかどうして男の格好なんてしてるの!?」



「………………」(俺)


「………………」(咲来)


「………………」(邑璃)



 二人して突っ込みどころがかなりずれている気がするのだが。特に邑璃。


「ちょっと邑璃さん! 重要なのはそこじゃないでしょう!」


「重要だよ! なっちゃんの浮気なんかよりもこっちの方が重要だよ! なっちゃんは女装しているのが一番可愛いんだよ! 大好きな人の一番可愛い姿を常に見ていたいって思うのは乙女心として健全だよ!」


「というかどっちとも付き合ってるわけじゃないのにどうして俺が浮気男扱いされなければならないのか、という事についてまずは抗議したい」


 返事は保留、ということで俺はまだ二人のどちらとも付き合っているわけではないのだ。だから仮に凜と一緒にいたとしても文句を言われる筋合いはない。


 ちなみに邑璃の抗議についてはスルー。こいつには抗議したところで無駄だ。価値観の違いはきっと深海以上の差があるはずだ。


「凜と羽塁とは偶然会ったんだよ。で、ここまでセクハラ連行されてきた」


「「セクハラ!?」」


 俺の言葉に邑璃と咲来が反応する。ちょっと過剰反応な気もするのだが。


「なによ。ちょっと尻を揉んだだけじゃないの」


 しれっと開き直る凜。


「ちょっと凜ちゃん! なっちゃんにエロい事していいのはわたしだけなんだからね!」


「羽塁さんという彼氏がいながら貴女という人は……!」


 ……うん。俺としては咲来の意見に肩入れしたいところだ。邑璃のについてはもちろんスルー。


「まあまあ。過ぎたことをいつまでも根に持っても仕方ないでしょ」


「お前が言うな!」


 セクハラした張本人にそう言うことを言われるのが一番むかつくぞ!


「せっかくだから三人揃って聴いていきなさいよ。今からハルが歌うから」


 どうやら乱入してきた二人も誘うつもりらしい。


「羽塁さんが……? それは是非」


「ハルちゃんの歌なら聴いていくに決まってるよ!」


 そして二人とも二つ返事。どうやら羽塁の歌についてはそれなりに知っているらしい。当然か。親戚なんだから俺なんかよりもずっと付き合いが長いはずだ。


「じゃあハル。私たちは二階席にいるから頑張ってね」


 くしゃくしゃと羽塁の頭を撫でながらその場を立ち去る凜。


「頑張る。……凜が聴いてくれるから」


 そしてぎこちない笑顔で応える羽塁。


 どうしようもなく不器用な感じだが、それでも素直さだけは伝わってくる。


 この二人にはこのままでいて欲しいと、なんとなく思ってしまうのだった。




 二階席はスタッフ専用らしく、ほとんど俺たちの貸切だった。


「久し振りだよね、ハルちゃんの歌聴くのって」


「ですわね。羽塁さんのライブの時はわたくしたちも家の事情が重なったりした場合が多かったですし」


「そうなのか?」


「まあ私たちはそれぞれの家で事情を抱えてるからね。休日は家の仕事で潰されたりすることも結構あるわけよ。今の邑璃ほどじゃないけどさ」


「あうう~」


 思い出してぐったりとなる邑璃。忙殺される毎日と潰される休日にいい加減ノイローゼ気味らしい。


「ふふふ。キツかったらいつでも変わって差し上げますわよ、邑璃さん。そして経営権がわたくしに移ったその時こそ、棗生さんの女装強制は解除して、ついでに棗生さんをわたくしと同じ部屋にしてみせますわ!」


「絶対根をあげたりしないもん! なっちゃんは渡さないんだから!」


 バチバチと火花を散らせる二人。


「……さりげどころじゃなく欲望に忠実になったわね、咲来」


「ああ。ちょっと怖い。こういう奴じゃなかったと思うんだけど……」


 傍観者位置でそれを眺める俺たち。俺は当事者でもあるのだが、しかし敢えて傍観者の立ち位置に逃げておく。


「個人的にはどっちが勝った方が嬉しい?」


「……ノーコメント」



 会場の灯りが更に弱まって、下の観客も静かになる。


 いよいよ登場だ。


 ヴォーカルの羽塁、そしてドラムとギター、ベースのメンバーが続いて出てくる。


 歓声が上がる中、羽塁は深呼吸をしてから音楽が始まるのを待つ。


 穏やかなメロディを耳に載せながら、辻乃丞羽塁の歌が始まる。




 見えない檻に閉ざされていた、小さな世界。

 手を伸ばせば届くはずの光は、目に見えなければ掴むことも出来ない。

 ずっと見たいと願いながらも、目を逸らし続けてきた。

 君が手を差し伸べてくれたから、僕は掴むことが出来たんだ。



 立ち上がるよ。前に進むよ。

 ゴール地点はまだまだ先だけど、君と一緒に歩いていけるから挫けずにいられるよ。

 ありがとうの気持ちを繋いだ手にいつも込めるよ。

 大好きな気持ちを、この声に乗せるよ。


 君と交わした約束を、僕はずっと歌い続けるよ。

 空まで届く、果てしない声で――




 その声はとても澄んでいて、とても真っ直ぐで、何の隔たりもなくこの胸に響いてくる力強さに満ちていた。


 歌というものはこれほどの力を持つものなのかと、初めて感動した。


「……すげえな」


「ハルだもの」


 俺が素直な感想を漏らすと、凜はえっへんと胸を張りながら頷いた。


「羽塁の歌う場所を守りたいって気持ち、なんとなく分かるよ」


「ふふ。そう言ってもらえたなら連れてきた甲斐はあったわね」


 歌い続ける羽塁を眺めながら、俺と凜は語り合う。きっと初めて、俺に対して本音で接してくれている彼女に、俺も本音で向き合おうと決める。


「ハルはさ。ああいう性格だから。思ったこともうまく言えないし、言いたいことがあっても言葉に乗せられない。自分を押さえつけながら生きているのよね。でも歌うときだけは違う。歌に心をのせる時だけは、誰よりも強い想いをぶつけてくれる。だから私はハルにずっと歌っていて欲しい。ハルがハルらしくいられるように」


「そうだな。俺も羽塁には歌い続けてほしいって思うよ」


 それは嘘偽りのない気持ち。


 羽塁は当主でなくとも自分の道を見つけているし、凜はそんな羽塁を守り支えることを自分の道と定めている。


 きっと手強いし、迷わない。


 応援したいという気持ちも確かにある。


「だけど、俺はお前の味方にはならない。当主争いの件に関してだけは、俺は邑璃の味方だ」


「……分かってるわよ、そんなこと」


 そうだ。


 俺を手に入れるそのためだけに自分の生き方を変えた邑璃に対して、俺はその責任がある。


 邑璃が俺を選んだその時に、俺は邑璃の力になると決めたのだから。


 ……恋愛事情は別として!


「まあいいや。今はただ聴いていたい。いい歌だからな」


「そうね。私もハルの歌をずっと聴いていたいわ」


 自分に向けられた想いと声を、凜は心地よさそうに聴いていた。


 歌は想いであり、決意でもある。


 彼女と彼はそうやって進んでいくのだろう。


 そんな関係を、少しだけ羨ましく思った。




 ちなみに本気でどうでもいい余談なのだが、邑璃と咲来がどうやって俺の居る場所を探り当てたのかという疑問について。


「え? そんなの発信器に決まってるじゃない」


「正確には携帯電話のGPS機能ですけどね。棗生さんの居場所はいつでも判るようにしてあるんですわ」


「……俺のプライベートが浸食されていく」


 というオチである。


 塔宮家支給の携帯電話なのだからその程度は想定済みとは言え、俺が一人でのんびり出来る日は当分来ないのだということを悟らせるには充分な事実だった。

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