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百合色革命  作者: 水月さなぎ
第二部 VS篇
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悪意九十パーセントセクハラ祭り!

 塔宮学園から十キロほど離れた場所にある市民公園。そこに一人でやってきた俺は、周りをキョロキョロと窺う。


 傍から見ると挙動不審極まりないが、それでも必要なのだから仕方がない。


「……よし。誰もいない」


 午前七時。市民公園の中心、野球やサッカーなどに利用される広い空間。現在俺はそこに立っている。


 そこで三百六十度辺りを見回して、監視している人間も後を付けてくる人間もいないことを確認する。


「やれやれ。今日は平和な一日が送れそうだな……」


 たまっていた仕事を片づけるために夜遅くまで起きていた邑璃はまだベッドの中でぐっすりだ。


 いつの間にか俺のベッドに潜り込んでいたけれど、最近は割と慣れたので取り乱すこともなく無言で抜け出してきた。


女の子がベッドに潜り込んでいる状況に『割と慣れた』というのは男としていかがなものかと思わなくもないのだが、しかしこうも毎日潜り込まれていればやはり『慣れた』としか言えなくなってしまう。


 一々取り乱していたら精神的に衰弱死してしまうだろう。


 ちなみに今の俺の格好は本来の姿、というかどこからどう見ても男にしか見えない姿だ。


 黒のジーンズに薄手のジャケット。初夏に入ったばかりの服装としては割とスタンダードではないだろうか。実家から着替えを持って来られなかったので、実のところ男物の服はあまり多くなかったりする。


 ……女物の服だけは邑璃が腐るほどプレゼントしてくるのでクローゼットがパンクしてしまいそうなくらいあるのだが。


『なっちゃんにはこれが似合うよ! 絶対似合うよ! だからデートの時はこれを着るんだよ!』などと熱弁を振るいながらブランド物の可愛い服を紙袋ごと押しつけてくる邑璃の姿を思い出し、わずかに溜め息をつく。


 今日はそんな邑璃に黙ったまま寮を出てきた。俺だけの休日なのだ。


 誰にも邪魔はさせない。されてたまるか。


 こういう時は今までのパターンだと悊人氏が拉致してきたりするのだが、確認する限りそれもなさそうだ。公園の周りに怪しげな黒塗り高級車も止まっていない。


 まあいくら悊人氏でもそう毎回俺を拉致するほど暇ではないだろう。……暇ではないはずだ。


「うーん。今日はどうするかな~」


 女装姿から、もといたまには邑璃から解放されたくて寮を抜け出してきたものの、別に明確な予定があるわけでもないのだ。


 とりあえずはファーストフード店に入って朝セットをもきゅもきゅしてみたり。


 うん。朝からジャンクフードというのは実に不健全な学生らしくていいのではなかろうか、などとどうでもいいことを考えてみたり。


「佳崇を呼んでもいいんだけど、あいつ最近邑璃に感化されすぎてるからな……」


 あれから佳崇とも何度か遊んでいるのだが、顔を合わせる度に邑璃と結託して女装を強要してくる上に写真撮影までノリノリで行うので正直精神的にダメージを受けまくっている。


 俺にとっては数少ない友達、男同士の友達のはずなのだが、どうも男として扱われていない気がする今日この頃なのだ。


 このまま進んでいくとあいつを変な趣味に目覚めさせてしまいそうでちょっぴり怖くなったりもする。


「よし。じゃあ一人でぶらぶらするか」


 本日の予定が決まった。


 服を見て回ったり、本屋巡りをしたり、カフェでぼけっとしたりでもいいだろう。


 無目的な休日というのも、たまにはいいかもしれない。


 ハンバーガーの紙をくしゃりと握り潰してからトレイに放り投げ、そのトレイを更にゴミ箱へと傾ける。


 とりあえずコンビニで週刊誌の立ち読みでもしてみるか。



「……ん?」


 ファーストフード店を出た後、近くのコンビニで週刊誌の立ち読みをしていると、見覚えのある姿が外を歩いているのが目に入った。


 硬めの印象を受ける茶髪を赤いリボンで左サイドに結わえている。つり目気味の黒目はいつでもどこでも挑戦を受け付けてやる的な喧嘩腰。


「仙堂凜……?」


 それはクラスメイトであり当主候補の一人でもある仙堂凜だった。


 ニーソにミニスカ、そして可愛らしいリボンの付いた上着。いかにもこれからデートします的な格好だ。


「ほほう」


 あの咲来以上に高飛車なお嬢様が一体誰とデートをするつもりなのか、若干の興味が湧いてくる。


 ちょうど週刊誌も読んでしまったことだし、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ彼女のことを探ってみるのも悪くないかもしれない(間違いなく悪い。むしろストーカー行為に足を突っ込もうとしていることは敢えて考えないようにする)。



 凜が向かっているのは俺が最初に向かった市民公園だった。ベンチではなく噴水前で待ち合わせなのだろう。


 噴水を囲んでいる石にちょこんと腰掛けている。携帯電話を取り出してしきりに時間を気にしている辺り、かなりそわそわしているようだ。


 よっぽど相手のことが待ち遠しいのか、それともそんな風にしていないといけないくらいに恋する乙女モードなのか。


 前者のようでもあり後者のようでもある。


 彼女のことをまだよく知っている訳ではない俺には判断が付かないが、そういう姿を見るのはなんだか微笑ましい気分になってくる。


「………………」


「え?」


 と、そんな風に考えていると、凜と目が合ってしまった。こっちは遠くから眺めているだけなのに、凜はその視線に気付いたらしい。鋭すぎだこの女。


「げ」


 そして凜はずんずんと俺の方に向かってくる。大股でつり目を更につり上げて、なんだかとっても怒っていますオーラをびしびし発しながら俺のほうへと向かってくる。


 そして迷うことなく俺のところに辿り着いた凜は、あまり身長差のない俺を睨みつけながら口を開く。


「ちょっとそこのあんた、さっきから人のことをジロジロ見て何のつもり!?」


「あ……いや……」


 どうやら俺が塔宮棗生だとは気付いていないらしい。当然だ。女装姿の俺と本来の姿の俺とでは外見的印象が違いすぎる。


 今の俺はどこからどう見てもばっちり男なのだから、あの女装姿でしか俺のことを知らない凜が気付くわけもない。


「見ていたというか、ちょっと興味があったというか……」


「興味? なぜ見ず知らずの人にそんなものを持たれなくてはならないワケ?」


「うう……だから、その……」


 見ず知らずでもないのだが、しかしそれを説明するのも微妙に嫌だ。だからといってこのまま見過ごしてもらえるような雰囲気でもない。


「ええと、き、君が可愛かったから、ちょっと目の保養に眺めていただけ……とか、駄目?」


 我ながら苦しい。いや、凜の外見は『可愛い』に当てはまるのだが、それにしたって俺自身はそこまで凜のことを可愛いと思っているわけではない。むしろ凜の行動に対する興味本位だったのだから。


「私が可愛いのは分かってるわよ」


「……いや、自分で言うな」


 色々と台無しだから。


「問題はあんたが私に対して可愛いなんて思ってもいないクセにそんなことをしていることよ!」


「う……バレてるし」


 やっぱり鋭い。ここはどうあっても言い逃れができる状況ではなさそうだ。やれやれと観念しそうになるのだが、



「凜……?」


 ぼそりとした声が凜の後ろから聞こえてくる。


「え……?」


 それは聞き覚えのある声だった。


「あ、ハル」


 俺への怒りなどどうでもよくなったかのように、ぱっと笑顔になる凜。これぞ『乙女秘技・猫かぶり』なのだろう。


 どうやら待ち合わせ相手は辻乃丞羽塁つじのじょうはるいだったらしい。『ハル』というのは羽塁の愛称なのだろう。


 ふむふむ。この二人はそういう関係だったのか。などと新鮮な驚きがあったりなかったり。


「……待った?」


 やはり大人しめの喋り方しかしない羽塁。それに対しての凜は元気よくぶんぶんと手を振った。


「大丈夫よ。こっちが早く来ちゃっただけだから。ハルが気にするほど待ったわけでもないしね」


「……そう。……良かった」


 ほっとしたように笑う羽塁。そして俺の方へとその視線を移す。


「どうして塔宮棗生と一緒にいるんだ……?」


「え?」


 羽塁の方は一発で俺の正体に気付いたのに対して、凜は羽塁に言われて初めて目の前にいるのが俺だと気付いたらしい。


「ええっ!?」


「……その反応はちょっと傷つく」


 びっくり仰天おったまげ、みたいな感じで人を指さすのはやめて欲しい。


「いや、偶然見かけただけで別に一緒にいたわけじゃない。デートの邪魔をするつもりはないから早々に退散するよ」


 好奇心もそれなりに満たされたことだし、馬に蹴られるのも嫌なので言葉通りに退散しようとするのだが、


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! あんたマジで塔宮棗生なの!? 女装趣味の変態がこんなに普通っぽく見えるなんてあり得ないわよ!」


「ほっとけ!」


 言いたい放題だなあオイ!


「何度も何度も主張してるから今更再び繰り返すのもかなり虚しい気分ではあるのだけど、しかし敢えて繰り返させてもらうぞ! 俺は女装なんて大嫌いだ! 悊人氏と邑璃に強制されていなければとっくにやめてるんだよ! 間違っても俺を変態だなんて呼ぶんじゃねえ!」


「必死になって否定している辺りすごく怪しいわね!」


「……少なくとも、本気で嫌ならしなければいい」


「ぐっ……!」


 本気で嫌なんだよ!


 でも女装しないと邑璃が脱がしにかかってまで女装させようとするんだよ!


 しかも変態とはいえ女の子相手に本気で抵抗すれば怪我をさせてしまいそうだから結局なすがままにされちゃうんだよ!


 ……なんてことを抵抗主張したとしても、こいつらにはきっと理解してもらえないだろう。


「でもそっちの方がずっと似合ってるわよ」


「え?」


「本来の格好なのだから当然だけど。私は男のあんたのほうが好ましいと言っているのよ」


「……そりゃどうも」


 素直に褒められたのでびっくりする。


「まあアレだ。せっかくのデートなんだから俺は早々に退散した方がいいだろ? というわけでじゃあな」


 これ以上側にいても仕方がないので早々に立ち去ろうとするのだが、


「だからちょっと待ちなさいよ!」


「!?」


 むんず、と俺の手……ではなく何故かケツの肉を掴む凜。


「何すんだーっ!」


 もちろん慌ててその手を振り払う。


「手を掴もうとしたのよ。ちょっと手が滑っただけよ。悪意なんて九十パーセントしか籠もってないんだから」


「ほとんど悪意じゃねえか!」


「か、勘違いしないでよね! 別にセクハラしたかったわけじゃないんだからね! ちょっと興味本位で揉んでみたかっただけなんだからね!」


「わざとらしくツンデるな! ついでに言うと何の言い訳にもなってねえ!」


 っていうか塔宮家はこんなのばっかりか!


 さらに言うと女子からのセクハラ被害が多すぎないか俺!?


 邑璃は言うまでもないとして、枢さんからは耳ブレスだし、凜にまでケツ揉まれるし。更に言うなら咲来だって触ってはいなくとも発言的にはセクハラゾーンだったりするんだよな……(汗)。


「まあそれはともかくとして」


「うわ。信じられねえ。何事もなく話を逸らしやがったこの女」


「うるさいわね。黙って聞きなさいよ」


「横暴だ!」


「確かに私とハルはこれからデートなんだけどさ。別にあんたも付いてきても構わないわよ」


「へ?」


「馬も私も蹴ったりしないからさ」


「いや……その……」


 馬に蹴られなくとも他人のデートに付いていくなんていたたまれないことしたくはないんだが……。


「いいから黙って付いてきなさいよ!」


「横暴だ!」


「付いてこないとまた揉むわよ!」


「どこを!?」


「次は前!」


「やめろーっ!!」


 つーか自分の彼氏の前で他の男にセクハラ宣言してんじゃねえよこのバカ女!


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