次男だからって人身御供かよ!? 06
一週間後。
「お疲れ様でした、棗生様」
憔悴しきった俺を出迎えたのは、自称世話役の新堂だった。
「よくお似合いですよ。さすがは恭子さん。完璧な教育を行っていただけたようですね」
ちなみに今の俺の格好は塔宮学園の女子制服だ。黒髪ロングのウィッグをつけた完全少女スタイル。
「ああ……おぞましいくらいに完璧な教育だったよ……」
思い出すのも恐ろしい。危うくマジで開発されるところだった。というか半分くらいはそうなってた。過去のトラウマの方がまだマシだと思えるくらいとんでもない目に遭ってしまった。
「ちなみにどのくらい開発されてしまったのですか?」
「……………………」
俺フリーズ。
「……棗生様?」
「…………………………………………」
ガタガタブルブルガタガタブルブル!!
「申し訳ありません。面白半分の質問だったのですが、どうにも地雷を踏んでしまったようですね」
「………………………………………………………………」
ガタガタブルブルガタガタブルブルガタガタブルブル!!!
「棗生様ー。戻ってきてくださーい?」
ガタガタブルブルガタガタブルブルガタガタブルブル!!!!!
「あ、恭子さん」
「っっっっっ!!!!!!」
思わずフリーズから目が覚め、新堂の後ろに隠れる俺。
しかし恐ろしい姿は一向に見あたらない。
「冗談です」
悪気しかない新堂のスマイル。俺の中で血管が五本くらい切れた瞬間だった。
「……ぶっとばすぞてめぇ」
「すみません。あまりにも棗生様の様子が愉快……いえ、微笑ましかったもので」
「愉快っつったか今!?」
「ついつい言い間違え……じゃなくて本音が出てしまいまして」
「今度は言い回しが逆だ!」
不愉快なやりとりをしながら屋敷の外まで案内された俺は、拉致られた時と同様、黒塗り高級車の前に立っていた。
「塔宮学園への転入は明日からになりますが、入寮は本日からとなっておりますので今から寮までお連れします」
「……あのさ、結局悊人氏は俺に何をさせたいんだ? まさかただ女装して女子校に通わせる為に俺の人権を買い取った訳じゃないんだろう?」
結局女装教育以外のことは何も教えてもらっていない。俺は塔宮学園で何をすればいいのだろう。それが分からないことには行動のしようがない。
「特に何も。普通に正体が露見しないように学園生活を送って下さればそれで結構です。ただ出来れば寮で同室になる方とは仲良くして差し上げてください」
「俺と同室になる奴って誰なんだ?」
「塔宮邑璃様。悊人様のご息女ですよ」
「……なーるほど。大体狙いは読めてきたぞ。かなり分の悪い賭けだとは思うけどな」
「……流石ですね。たったこれだけの情報からもうこちらの狙いを看破してくるなんて」
「ふん」
これでも頭は悪くないつもりだ。学園生活において何も強制がないということは、自然体での変化、そのきっかけを俺に期待しているということだろう。そして変化を期待している対象は『塔宮邑璃』。その女、よっぽど癖のある人物なのだろうか。多分、いざとなれば俺の正体が露見することも織り込み済みなんだろうなぁ。
「棗生ちゃ~ん♪」
「げっ!」
車に乗り込もうとしたところで、恭吾が屋敷の方から駆け寄ってきた。俺は慌てて車に逃げ込もうとするが、恭吾は瞬間移動でもしたかのように距離を詰めてきて俺の腰に手を回してきた。
「んもう。せっかく見送りに来たのに『げっ!』は酷いわね」
「…………」
恭吾はその間にも俺の胸に妖しい動きで指を這わせている。はっきり言って気持ち悪い。ぞぞぞぞぞぞぞっっ! と鳥肌が立ってくる。せっかく地獄の教育期間が終わりこいつともおさらば出来ると思っていたのに! 何で最後の最後でこんな目に遭わなければならないんだ!?
「とっても楽しい一週間だったわ。棗生ちゃんったらとっても覚えが悪いからペナルティやりたい放題だったし、あと三日もあれば棗生ちゃんをこっち側に引きずり込めた自信あったのにぃ」
「引きずり込まれてたまるかぁっ!」
新世界覚醒三日前の地獄を思い出す。確かにあと三日続けば引きずり込まれていた確信はある。それくらいこいつのテクはとんでもなかった。嫌だ! 俺はノーマルだ! 男相手で、しかも『受け』だなんて冗談じゃない! 俺は女の子がいいんだぁっ!!
「んもう。袖ホリ合うも多生の縁って言うじゃない。あんまり邪険にしないでよ」
「言わねえよ! 諺を勝手に改ざんするな! って、ぎゃーっ! はーなーれーろーっ!!!!!」
恭吾は背後から俺に擦り寄り、俺の尻に自らの股間を当ててくる。気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!!
俺は全力で恭吾を引き剥がそうとするが、恐ろしいことにびくともしない。オカマは並みの男よりも怪力揃いだと聞いたことがあるが、こいつもその例に漏れないようだ。
「恭子さん、その辺りで勘弁してあげてください。これから女子校で生活していただく棗生様に男性愛に目覚められては少々都合が悪いので」
「うーん。確かにそうね」
「もっとマシな理由はなかったんかい!?」
止めてくれたのは助かったが俺自身の扱いが酷すぎる。女子校生活さえ待っていなければ俺がどんなに嫌がろうと止める理由はなかったということだ。どっちにしても嫌すぎる。
恭吾が離れた瞬間に俺は車の中に逃げ込み、ロックまでかけた。二度と関わりたくない相手なので、この家には出来るだけ戻らないようにしようと誓いながら。
「随分嫌われてしまいましたね、恭子さん」
「うふふ。嫌がる相手に無理矢理ってのも結構そそるモノよ」
……車の外からは恐ろしい会話が聞こえてくる。耳を塞いでしまいたいが知らないでいるのもまた怖い。
「あと三日あれば私無しでは生きられない体に仕込んであげられたんだけどねぇ」
「…………っっっっっ!!!!」
仕込まれたくない!
「それでは自分は棗生様を塔宮学園寮まで送り届けてきますので、これにて失礼しますね」
「はいはーい。夏休みあたりにまた会いましょうね、棗生ちゃん」
「絶っ対帰ってこねえよ!」
恐怖と拒絶の感情と共に、俺は一週間過ごした塔宮本家を後にした。