理事長権限にて却下なのだ!
で、昼休みに突入。
俺と邑璃は寮内のフロリアン食堂で昼食を摂っている。
……のだが、六人用のテーブルと椅子には何故か咲来と斗織までついてきてしまっている。
塔宮学園は校舎内に食堂がないので、食堂を利用する生徒は大抵自寮のを利用するのだが、こいつらは確か第二女子寮のはずだ。
なのに何でこっちにいるのか?
……考えるまでもない。
俺と邑璃がいるからだろう。
「でもなっちゃんったらびっくりだよね~。まさかひーちゃんに対してあそこまで堂々とした反撃に出るとは思わなかったよ」
邑璃がバターロールを口にしながらそんな風に言う。
俺のチョーク反撃がよっぽど痛快だったらしい。
「俺だってあそこまで言われて黙ってられるほど人間出来てねえよ。ったく、愚民愚民うるせえし」
あの人を見下した態度が気に入らない。
確かにあの中では唯一の庶民なのだが、それにしたって愚民はないだろう。
「緋樫さんは考え方が貴族主義っぽいところがありますからね。あんまり気にしない方がいいですよ」
斗織が俺を宥めるようにそんな事を言う。
「貴族主義ねえ。庶民を見下すのは高貴なる者の義務である、とか考えちゃってるわけか? 嫌な感じだな。ああいう奴にだけは当主になってもらいたくないって思うね」
「そうですわね。でも緋樫さんはアレで結構な人物ですのよ」
咲来がカフェオレを口にしながら割り込んでくる。
「結構な人物って?」
アレで、という言葉を付け加えている辺り、やはり人格には問題があると認めているようだが、それ以上に緋樫のすごさを認めているような物言いが若干気に入らなかった。
「緋樫さんは今大学院生二年目なんですけど、あの歳でもう博士号を二つもっているんですの。当主よりも学者に向いているんじゃないかって思うんですけどね。とにかく何をやらせてもかなり優秀な成績を残していますから、当主候補としては最有力の一人ですのよ」
「博士号二つって……」
どんな天才だよ。
いやいやマジで当主じゃなくて学者になった方がいいんじゃねえか?
その内きっとノーベル賞とか取ってしまえるんじゃないか?
巨大とはいえ一企業の長に納まるよりは歴史に名を残す学者の方が遥かに価値があると思うんだが。
「ひーちゃんはね、当主になって思う存分研究がしたいんだよ。資金援助とかせこい事しなくても、自分のお金で好きなように研究出来る環境を手に入れる。それがひーちゃんの当面の目標ってところかな」
「って、やっぱり学者志望じゃねえかよ!」
「あはは。新しい発見こそがひーちゃんの喜びだからね。でも塔宮家の財力を思うままに出来るんだとしたら、かなり大規模な研究施設も建てられるだろうし、歴史に名を残す学者さんになれると思う」
「それこそ塔宮家が援助してやればいいじゃないか。将来性はばっちりあるだろうし、そこで援助を惜しむほど悊人氏もケチじゃないだろ?」
「それはそうなんだけど、ひーちゃんはさっきおるちゃんが言ってたように貴族主義な考え方だからね。誰かの援助を受けるよりは自分の力で好き放題にやりたいって思ってるんじゃないかな」
「……タチが悪いな」
つまりは候補者の義務とか塔宮家を背負うものとしての覚悟があるわけではなく、ひたすらに自分の趣味のために塔宮家の力を利用しようとしているだけか。
覚悟を持って臨んでいる咲来やなどからすれば、噴飯ものなんだろうな。
「そういうわけでもないですわ。少なくとも義務から逃げている訳ではありませんし、緋樫さんは自分の趣味を優先していてもやるべきことはきちんとこなしてくださる方ですから」
しかし咲来の方は緋樫のことがそんなに嫌いではないらしい。
自らが果たすべき義務に正面から向き合っている人間に対しては、それなりの敬意を持つのが彼女のスタイルなのかもしれない。
「ま、当主争いとか俺には関係ないからどうでもいいけどさ」
「あら、関係なくはありませんわよ。むしろこの状況は棗生さんが引き起こしたと言っても過言ではないですし」
「なぬ!?」
完全傍観者として高みの見物を決め込もうとしていた俺に、とんでもない霊水を浴びせてくる咲来。
それは一体どういう意味だ!?
俺がこの状況を引き起こしたって何のことだよ!
「ですから、今まで邑璃さんが当主争いに積極的ではなかった分、当主争いはある種の均衡状態になっていたんです。本家の嫡子が積極的ではないということは、最有力候補がいないということでしたから。ですが邑璃さんが当主争いに本格参戦を表明してからはその均衡が崩れた」
「……つまり」
嫌な予感がしつつ相槌を打つ俺。
「そう、あなたが邑璃さんにそうさせたという事実こそがこの場合大事なんですの。あなたの存在がわたくしたちの全てをひっくり返したと言っても過言ではありませんわ。だからあなたは関係ないどころかこの事態を引き起こした張本人、今や事態の中心人物とも言える状況ですのよ」
「マジか!?」
確かに邑璃が当主争いへの参戦を決めたのは俺の所為だけど、だからってそれがここまで大ごとになってるのか!
つーか邑璃の存在がそこまで重要だったとは。
確かに本家の嫡子だし、悊人氏も邑璃びいきしてはいるけど、だからと言って候補のほとんどがこの学園に集まってくるほどのことか?
「そうですね。緋樫さんも静留さん達も、どちらかというと棗生さんに会いに来た……いえ、棗生さんの品定めに来たといった感じでしょうね」
斗織がそう続けるが、俺にはイマイチ実感が湧かない。
だってそうだろ?
いくら邑璃に影響を与えたからって、俺がしたことなんて所詮は女の子一人の恋愛干渉だぞ!
それが何故大企業である塔宮グループの将来を揺るがすような事態に発展してるんだ!?
「あいつらがやたらと俺に突っかかってきたのはそういう訳なのか……」
「災難だったね~、なっちゃん」
横から邑璃が肩を叩いてくるが、
「お前の所為だろうが!」
元凶に慰められてもちっとも嬉しくないのだった。
「何のことかさっぱりだな~」
「この……!」
自分もしっかり事態の中心人物のくせになんだその『高みの見物楽しませていただきます』的な反応は!
「まあ緋樫さんの集中攻撃はどうかと思いますけど、他の皆さんも含めて邑璃さんというよりもあなたに注目しているということだけは知っておいた方がいいと思いますわ」
「むむ……。俺なんかに注目したところで得るものは何もないと思うんだけどなあ」
「ボクはしっかり眼の保養をさせてもらってますけど」
「うるせえよ。……って、ちょっと待てよ。斗織やあいつらがここに来たことでこっちのエリアに男がいることに対する違和感が薄れてる今なら、もしかして俺は男に戻れるんじゃないのか?」
俺に注目うんぬんはどうでもいいとして、俺自身にとってかなり重要な可能性に思い至った。
「ああ、そう言えばそうですわね。わたくし個人としても女装姿よりは本来の棗生さんを見ている方が嬉しいですし、この際ですから女装を解除して学園生活を送ってみたらいかがですか?」
「だよなあ! じゃあそうす……」
「却下」
「………………」
「………………」
そうする、と言いかけたところですかさず邑璃が割り込んできた。
思わず黙り込む俺と咲来。
斗織はそんな俺たちをはらはらした表情で見守っている。
「なっちゃんは卒業まで女装姿で過ごしてもらうんだから勝手に男に戻ったら駄目だよ」
「……いや、だから、さ……もう無理に女装する意味はないと思うんだけど……」
ほとんど全校生徒にバレてるし、むしろきちんと男に戻った方が変態野郎のレッテルとかあいつらに貼られなくて済むし……。
「うん。だから理事長命令ね♪」
「っ!!」
職権乱用キタ―っ!!
いつぞやの理事長特権、最凶ワガママモード発動!
こうなった邑璃は学園長も教師も問答無用で退職に追い込むことに何の躊躇いもないほどの強引さで攻めてくる。
「ゆ、邑璃さん……棗生さんも一応れっきとした男性なのですし、あんまり強引に女装ばかりを推し進めるのもどうかと思うのですが……」
隣では咲来が微妙なフォローを入れてくれている。
つーか一応とか言うな。
紛れもなくれっきとした男だよ俺は。
「やだ! いいの! わたしは理事長でなっちゃんは生徒なんだから理事長命令には絶対服従なの! ってゆーかこんなに可愛いのに男に戻すなんて勿体なくて出来るわけないでしょ!」
「………………」
「………………」
咲来絶句。
俺溜め息。
分かっちゃいたけどこうなると邑璃は絶対に自分の意見を曲げない。
俺がまっとうな男に戻れる日はまだまだ遠そうだ。
「……ボクとしてはまあ、女装姿の棗生さんの方が可愛くていいと思いますし、邑璃さんに賛成ですかね」
「……ならお前も女装しやがれ。俺なんかよりもお前の方がよっぽど似合うだろうが。ええ? 『姫』!」
女装に関しては完全に敵側に回ってしまった斗織に対して、俺の方も若干の嫌みを含めてそう言ってみる。
「い、嫌ですよ! ボク本当は女装なんて大嫌いなんですから!」
「……お前なあ。俺も同じように嫌っているとは考えないわけ?」
「考えません。都合の悪いことはスルーです」
「………………」
こいつ、気弱そうに見えて中身は案外タチが悪いんじゃないのか?
「まあ、あれだな。他の奴らの前で女言葉で喋らなくてよくなった分一歩前進したと考えよう……」
無理矢理に考えよう。
そのうち本格的に女装解除できる日も来るはずだ。
来る……はずだ!
俺の生涯を女装メインで終わらせてたまるか!
「あら? そう言えば棗生さん最近は眼鏡をしていませんのね」
「ああ。もう必要ないからな」
咲来が今更気付いたかのように指摘してきた。
俺が前にしていただて眼鏡は、実のところ先日オレが男だとバレた時点でやめている。
あれは性格スイッチのためのアイテムのようなものだったので、男だとバレて女言葉で他人と接する必要の無くなった今では必要のない代物だ。
その事を咲来に説明すると、納得したように頷いた。
「なるほど。確かに有効な手段ですわね。普段と違う自分を示す物を用いて性格の切り替えを行う。恭子さんの入れ知恵ですか?」
「まあな。あいつは度し難い変態だけど頭だけは相当にキレると思う」
度し難い変態ではあるけれど!
「でも眼鏡をしていない素顔の方がわたくしは魅力的だと思いますわ。眼鏡というのはどうにも表情を隠してしまう部分がありますから」
「そりゃどうも」
俺もあの眼鏡はどうにも慣れなかったからいいんだけどさ。
もともと眼鏡が必要な生活は送ってこなかったものだから、度の入っていない伊達眼鏡とはいえ装着しているだけで結構な負担があった。
レンズ越しに映る視界というものにどうにも慣れなかったのだ。
だから今は視界がすっきりして俺的にもいい感じだと思う。
「確かになっちゃんは眼鏡を外した方が可愛いよね。可愛いから男に戻っちゃ駄目だよ」
「………………」
……こいつの意見はどうでもいいとして。
「しかしまああれだな。これからあのとんでもクラスで卒業まで過ごさないといけないかと思うと気が重くなってくる。俺、絶対にあいつらとは仲良くなれそうにないし」
「まあまあ、そう言わずに。少なくともわたくしと斗織はあなたの味方ですわよ。ね、斗織」
「もちろんです」
「ま、そりゃありがたいけどさ」
「ちょっとちょっと! わたしだってなっちゃんの味方だよ! というかわたしが一番の味方だよ!」
仲間はずれにされかけた邑璃が割り込むように憤慨する。
しかし、
「……いや、むしろお前が一番の敵っつーか……」
油断したらぱっくり喰われそうなあたりあいつらよりもよっぽど警戒しなければならない感じ。
「ひどいっ!」
「酷くねえし。さっき俺の希望を打ち砕いたことをもう忘れたのか?」
「うっ!」
男に戻れるという儚い希望は邑璃の理事長権限によって却下されたのだ。
そりゃあ敵に決まっている。
味方だというのならさっさと俺を男に戻して欲しい。
「だってだって……なっちゃんは女装している方が可愛いんだもん……可愛いものを可愛いままで愛でたいっていうのは人として真っ当な感情のはずだもん……」
「……その性癖を真っ当扱いするな」
「まったくですわね」
「……ボクはノーコメントで」
……ここにも敵がいた。
他のことならともかく、斗織の奴は女装に関してのみ邑璃の味方、つまりは俺の敵だろう。
「だ~れだ?」
「!?」
そんな会話をしていると、いきなり後ろから両手で視界を塞がれてしまった。
俺の眼は柔らかい手で塞がれている。
ゆるふわボイスと悪戯感性。
考えるもなく犯人が丸分かりだ。
「何やってんですか枢さん……」
「あらあら~。もうバレちゃったのね、つまんないわ~」
言い当てられた枢さんはぱっと手を離して眉をハの字にした。
少しだけ残念らしい。
「午後からは私の授業だからちょっとだけ挨拶しておこうと思っただけよ~」
「枢さんも授業するんですか? まだ大学二年生でしたよね、確か」
「一応教育学部だから。でも授業内容は一般科目とはちょっと違うけどね」
「?」
枢さんは怪しい感じで微笑む。
なまじ美人なだけにそういう表情をするとむしろ妖しさの方が増してくる。
「私が教えるのは経済学よ」
「……は?」
「だから、経済学」
「………………」
大学の学部によく『法学部』とか『経済学部』とかあるけど、まさか高校生の内から経済学などを学ばされるとは夢にも思わなかったぞ。
っていうか一般科目がかなり置いてけぼりになっている感じがするんだがいいんだろうか……。
「こっちは当主さまの要望なのよね~。どうせ候補者が一ヶ所に集まるのなら将来に役立つ教育をしてみよう、って。当主候補になれるとしても分家に留まるとしても、どちらにしても役立つのは経営理論と経済学なのよね。一般科目は緋樫くんが担当で、私は将来を見越した経済学担当ってわけよ。理解できた?」
「………理解は出来ましたけど。既に高校っていう場所の意味がなくなっている気がするんですが……」
緋樫の三年生科目授業はともかくとして、経済学って……。
少なくとも高校生が授業で学ぶ内容ではないような気がする。
いやまあ商業科だと簿記とかあるらしいけど。
でも似ているようで微妙に違ってそうだしなあ。
「そこはほら、塔宮学園だから」
「……………」
結局それかい。
まあ俺はともかく邑璃や咲来たちは経営者になる予定なんだから学んでおいて損はないのかもしれないけれど。
俺も卒業したら悊人氏からそれなりの報酬がもらえることになってるし、そのお金で会社経営とかする場合には役立つかもしれない。
だから無駄ではない……かな?
「というか教育学部って経済学まで教えてるんですか?」
「まさか。そっちは私の独学よ」
「……そうっすか」
教育学部に在籍しておきながら片手間で経済学を学んでおいて、それを俺たちに授業するって……何だか微妙にずれている感じがするのは気のせいだろうか……。
「そんなことよりも静留君や凜ちゃんたちとは上手くやってる?」
いつの間にか俺の隣に座った枢さんが、トレイに載せてきたコーヒーゼリーを口にしながらそんなことを訊いてくる。
「……うまくっつーか、最初っからあいつら俺を敵視してますし。上手くやる以前に最悪なくらいに険悪ですね」
「あらあら。それは良くないわね。クラスメイトなんだからもっと仲良くしないと」
「仕方ないでしょう。向こうが俺を敵視している以上、こっちから歩み寄ってやる義理はないですし」
「心が狭いわねえ」
「ほっといてください」
とは言うものの、実は密かにダメージを受けている俺だった。
心が狭い=人間ちっちゃい。
美人に言われるとかなりハートブレイクな台詞だった。
「う~ん。授業をするにしてもまずは険悪なクラスを何とかした方がいいのかもしれないわねぇ」
「何とかって……」
顎に手を当てて考え込む枢さんを見て、俺は若干嫌な予感がしてくる。
こういう予感は泣きたくなるくらいに当たるものだと相場が決まっている。
「……よし。決めたわ」
ぽんと手を叩いた枢さんは、そのまま椅子から立ち上がった。
「ちょ、枢さん。決めたって何をですか!?」
「うふふ。秘密♪ 午後の授業楽しみにしててちょうだいな」
鼻歌混じりに離れていく枢さん。
その後ろ姿は悪巧みオーラ全開にしか見えなかった。
「……何だかロクでもないことを考えていますわね、あれは」
「……でも逆らうと後が怖いですし」
苦虫を噛み潰したような表情で呟く咲来と、若干震えながら相槌を打つ斗織。
斗織の奴も枢さんの怖さをどこかで味わっているらしい。
「午後の授業、サボったら駄目かな……」
「いいけどまたくーちゃんに喉仏潰され掛けると思うよ」
「それは嫌だ」
あれは今思い出しても恐怖だ。
仕方がない。
幸い今回は俺一人に攻撃が集中する訳ではなさそうだし、いざとなったら誰かを生贄に差し出せばいいか。
などと黒いことを考えながら、俺たちは午後の授業が始まるまでの昼休みを過ごすのだった。




