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百合色革命  作者: 水月さなぎ
百合色革命 第一部
52/92

結末なんてこんなものだよな? みたいな。

「……で?」


「……ん?」


 表向きは何事もなく、裏ではとんでもない騒ぎを起こしてから、結局俺たちは元の部屋に戻っていた。


 邑璃に至っては、退学? 何それ? みたいな反応である。


 蹴り飛ばしてやりたくなるのを何とか抑えつつ、俺は根気よく邑璃に問い詰める。


「説明しろ」


「………………」


 俺たちの部屋。共用空間のソファに座って向き合う俺たち。


 そしてテーブルには何故か酒。


 学生寮の部屋で酒!!


 もちろん持ち込んだのは邑璃だ。


 なんかもう、横暴とか理事長権限とか通り越して、人としてどうかと思う。


「えーっとね……わたし、昨日まで本家に戻ってたんだけど」


 何故かしどろもどろになる邑璃。


 いろいろと後ろめたいことがあるらしい。


 まあ、さっきまでの邑璃よりはこっちの方がらしいからいいけど。


「戻ってたんだけど?」


 しかし態度を軟化してやるつもりはない。


 こいつのやったことを有耶無耶にしてやるつもりは、これっぽっちもない。


 むしろ根掘り葉掘り土堀り岩盤堀ってでも聞き出してやる。


「た、確かに怒ってたんだけど……。というかうん。怒ってたんだけど!」


「………………」


 怒っていたという事を主張したいらしい。


「でも怒って駄々こねるだけじゃ状況は何も変わらないってことも分かってた」


「そりゃそうだ。だからっていきなり理事長になって戻ってくるってのはどういう事だよ?」


 たった三週間で出世し過ぎだ。


「あうう。分かってる分かってる分かってるってば! まだ候補の状態で塔宮グループの経営権を一部譲ってもらおうなんてムシのいい我が儘だって分かってるってば!」


 あうあうあうと涙目になる邑璃。


 自分が卑怯な真似をしてしまったという自覚はあるようで何よりだ。


「分かってるならやるなよまったく。おかげで俺だって解放されそこねたじゃねえか」


「だからだよ!」


「む」


「なっちゃんを逃がしたくなかったの! どんな手を使っても! どんな卑怯なことをしても!」


「むむむう」


 いやいやいや?


 なんかそれって悪党のセリフじゃね?


 少なくともヒロインのすることじゃねえよな?


 実質上学園内拉致監禁と大差ねえよな?


「だから本家に戻ってパパりんにお願いしたの。ってゆーかおねだりしたの!」


「おねだりかよ……」


 可愛くおねだりしたのかよ……


「塔宮学園の経営権だけ今すぐわたしに譲ってほしいって!」


「………………」


「もちろん一筋縄じゃいかなかったけどね!」


「そりゃそうだ」


 いくら悊人氏でもそこまで親バカではないだろう。


 ……バカ親ではあるけれど。


「パパりんの出した条件は三つ」


 一つは本家を継ぐ覚悟を決める事。


 つまり今までのように別に自分じゃなくてもいいや、なんていう気分ではいられないという事だ。


 他の候補者と本気で張り合って、人の上に立てるようになること。


 自分が継ぐ必要はない、誰かの補佐でもすればいい、なんて考えは捨てろということだ。


 つまり悊人氏は邑璃のある種無欲な甘えを断ち切ろうとしたのだろう。


 そして二つ目は成績を上げる事。


 今まで話題にしなかったが、実は邑璃の成績はあまりよくない。


 いや。別に頭が悪いわけではないんだけど。


 平均すぎるというか。


 学年平均を大きく下回らないものの、大きく上回ってもいない。


 つまり、優れてもいなければ落ちぶれてもいない。


 本来なら満足してもいい結果なのだろうが、塔宮本家の嫡子であり理事長の娘という立場としてはかなり物足りないと言われても文句は言えないだろう。


 立場が高い者はそれに応じた高いスペックを要求されるのが世の中の仕組みなのだから。


 しかし成績なんてそう簡単に上がるものなんだろうか……


 そんな疑問を口にすると、


「そこはなっちゃんに教えてもらうから大丈夫!」


「他力本願かよっ!!」


 確かに俺は成績いいけど!


 学年トップ五位以内だけどっ!


 つーかそこは俺が教える事織り込み済みで承知したのかよ!!


 そして最後の一つは……


「これは今までとあんまり変わらないんだけどね~。塔宮グループの仕事を手伝う事」


「仕事って。今までも手伝ってたのかよ?」


「まあね。ちょくちょくお手伝いみたいな感じだけど。今後はもうちょっと高度なことやらされそうな感じかな。花嫁修業ならぬ当主修行みたいな?」


「………………」


 なんか本人があまりにあっけらかんに言うものだから実感が湧かないのだけど。


 これってもしかしなくてもかなり大変なことなんじゃないのか?


「……一応確認するけど、それって塔宮学園理事長の仕事も含まれてるんだよな?」


「うん。理事長職は男子校も含めてだから結構忙しくなるかも」


「………………」


 あっけらかんと言う。


 まるで大したことでもないとでも言うように。


「……できるのかよ?」


 当主争いへの本格参加と、成績の向上。更には塔宮グループの仕事。


 とどめが手伝いでも何でもなく百パーセント経営者である理事長職。


 人間の限界を超えているジョブ量ではなかろうか?


「出来る出来ないじゃないよ。やるって決めたからあとは努力するだけ」


「………………」


 恐れも、迷いもない。


 ただ、突き進む意志だけがそこにある。


「……なんで、そこまで」


「………………」


「別に、俺の代わりなんていくらでもいるだろ。今度はちゃんと女の子を好きになればいいじゃないか」


「いないよ。なっちゃんの代わりは誰もいない。誰も誰かの代わりになんてなれないよ」


「……言い方が悪かった。俺じゃなくてもまたほかの女の子を好きになればいいじゃないか」


「人を尻軽みたいに言わないでほしいなぁ」


「今まで何人も毒牙にかけておいて何をほざくか」


「あうう。それを言われると辛いけど……」


「だから俺を解放しろ」


「絶対やだ」


「………………」


「………………」


 再び火花。


「あのね、なっちゃん。わたしは確かに今までいろんな子に好きだって言われて振られてきたけど、でも振られても次があるからいいやって気持ちがどこかにあったんだよ」


「………………」


「でもね。なっちゃんの次は誰もいないんだよ」


「いるだろ。邑璃が気づいてないだけで。どこかにいるだろ」


「いないし、いらないよ」


「………………」


「大好きだって言ったのは嘘じゃないし、嘘にするつもりもない。わたしね、ちゃんと気づいたよ」


「………………」


「なっちゃんが男だって分かった時に、気づいた」


「………………」


「二人目じゃないよね。あんなことを言ってくれたのは、なっちゃんだけだった」


「俺は……」


「今も昔も、なっちゃんだけだった」


「別に、俺じゃなくても誰でも言えるさ。あんなこと」


「でも、言ってくれたのはなっちゃんだけだった」


「たまたまだ」


「たまたまでもいいよ。わたしにとっては大事な思い出で、大切な言葉だったから」


「………………」


「わたしがわたしを受け入れられるようになったのは、なっちゃんがいてくれたから。なっちゃんがわたしと出会ってくれたから。だから、絶対に逃がしたくなかった」


「………………おい」


 途中まではうっかり感動してしまいそうなセリフだったが、最後の一言で台無しだった。


 きっとこの一言にこいつの本性が凝縮されているに違いない。


「あ、間違えた。手放したくなかった!」


「もう遅い」


「ま、いっか。結果は同じだし♪」


「………………」


 楽しそうに笑いながら、邑璃はテーブルの上に置いてあった酒を手に取った。


 おそらくは本家から持ち込んだ高級っぽい酒瓶だ。


 多分、のみやすい奴だろう。


「っ!?」


 なんと、グラスにも注がず瓶イッキしやがった!


「くはぁ~っ! この一杯の為に人生があるって感じ?」


「……それはジョッキでビールを飲みながら言うセリフだ」


「あれ? そだっけ?」


「……多分。つーかそんなもんイッキ飲みして大丈夫なのかよ?」


「うにゃん! らいじょ~ぶらよ~」


「全然大丈夫じゃねえっ!」


「にゃはははは。らってお酒の力でも借りないと恥ずかしいし~」


「何がだ!?」


「だから~」


 邑璃は酔っぱらいの足取りで俺の方へ向かってくる。


 イッキ飲みした所為で酔いの回りが信じられないくらい早い。


 いや、もともとあんまり強くないんじゃないか、こいつ?


「なっちゃ~ん」


「っと、危ねえなオイ!」


 倒れるどころかそのまま俺に向かってダイブしてくる邑璃。


 よけるとソファの角で頭を打ってしまうので仕方なく受け止めてやる。


「えへへ。なっちゃんだいしゅき~」


「はいはい。分かったから離れろって」


「やだ~」


 さらにぎゅ~っと抱きついてくる邑璃。


「胸、当たってるぞ」


「当ててるの~」


「………………」


 今までなら恥ずかしいというか、理性が吹っ飛ぶところだが、さすがに慣れてしまった。


 素直に感触を堪能しておこう。


 それくらいはいいだろう。男として。


「……時間が欲しいな」


「邑璃?」


「わたしはなっちゃんに好きになってもらえるように、これから努力する。だからもうちょっとだけわたしのそばに居て欲しいの」


「………………」


 俺の背中に回す腕と、視界に収まっている華奢な肩。


 その両方が小さく震えていた。


「………………」


 手段は悪くとも、邑璃はいつだって本気だ。


 誠実かどうかは置いておくが。


 俺を逃がさないため……もとい傍に置くために、こいつはとんでもないものを背負い込んだ。


 今まで否定してきた、横道に逃げてきた生き方を、正面から受け止めた。


 その理由はずべて、塔宮棗生という存在のため。


「はあ……」


 なんというか、こういうのには弱いんだよな。


 手段は褒められたものじゃないけど、それでも本気だという事は伝わってくる。


 ここまで想われているという事実。


 それは、他者からの愛情に若干飢えている塔宮棗生という存在をほださせてしまうには十分だった。


 気の迷いとも言うかもしれないけれど。


 彼女の傍にいようという気分になる程度には、まあ。なんっつーか? その……みたいな?


「俺は今のところ邑璃に恋愛感情は持ってないぞ」


「うん。知ってる。でも、これから頑張る」 


「分かった。じゃあ俺を惚れさせてみろ。卒業くらいまでは待っててやるから」


「いいの!?」


「……逃がさないよう外堀を固めてから言うセリフじゃないな」


「えへへ」


「えへへじゃねえし」


「頑張るね」


「まあ、頑張れ」


 柄にもなく邑璃の頭を撫でてやりながら、俺は落胆ではないため息をつくのだった。








 

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