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百合色革命  作者: 水月さなぎ
百合色革命 第一部
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理事長の職権乱用もとい脅迫

「なっちゃんの退学ちょっと待ったーーーっ!!」


 久しぶりに見た邑璃は、何だか前と違っていた。


 何が違うという訳でもないのだけど。


 何かが違っていた。


 うまく言えないのがもどかしいけれど、それは俺にとって必ずしもいい変化ではないような気がするのだ。


「塔宮さん。久しぶりに登校してきたと思ったら一体何事です?」


 学園長が実に迷惑そうに眉をしかめていた。


 まあ、当然の反応だろう。


 敬愛する理事長の一人娘であり、学園有数の問題児がこうやって乗り込んできたのだから。


「だから、なっちゃんの退学は待って欲しいというか、ぶっちゃけ取り消して欲しいって言ってるんだけど!」


「………………」


 ああ、分かった。


 こいつ、偉そうなんだ。


 しかも無理やりに偉そうにしているものだからちょっと不恰好なんだ。


 いつもはここまで自信満々な自分を演じたりしていなかったのに、今日は無理やりにでも演じている感じがする。


 塔宮本家の嫡子としての権力を乱用することに何のためらいもないような、そんな態度を保とうとしているんだ。


「いくら理事長の娘とはいえ、その頼みは聞けませんね。塔宮棗生さんは男子です。本来は女子高に居ていい存在ではありません。表沙汰にならない内に退学にするだけ、まだマシな対応でしょう」


 さすが学園長。邑璃相手でも毅然とした態度を貫いている。


「表沙汰にならないのはなっちゃんにとってマシなだけじゃないでしょ?」


「………………」


「それから、わたしは理事長の娘として言っている訳じゃないし」


「……では、どういった立場で言っているのですか? 理事長の娘という立場がなければ、塔宮本家の娘であるという立場がなければ、余計にあなたの要求を聞く必要はないのですけれど」


 そりゃそうだ。


 理事長の娘としての我が儘を通しに来たのでなければ、こいつは一体何をしに来たのだ?


「……わたしは」


 すう、と息を吸い込んで、再び自分を落ち着かせようとする邑璃。どうやら緊張しているようだ。


 何を言うつもりだ?


「わたしは、塔宮学園理事長として言っているの!」


「な……!?」


「えぇっ!?」


「は……?」


「なにぃっ!?」


 驚愕の声は学園長・菅原先生・金森先生・俺の順番。


 理事長!?


 邑璃が!?


「だ・か・ら! これは我が儘・・・じゃなくて理事長としての命令・・ね♪」


「………………」


「「「………………」」」


 にっこりと、不敵に微笑む邑璃。


「あ、貴女が……理事長ですって……?」


「そうよ。なんならお父様に確認を取っていただいても結構よ」


「………………」


 つーか、やっぱほかの人の前ではちゃんとした呼び方するんだな。


 お父様……か。なんか似合わないな。


 思った以上に『パパりん』が定着しているようだ。



 その後、慌ただしくも確認連絡が行われた。


 動揺する学園長&教師陣。


 俺も動揺している。


 つーかいつの間に理事長とかなってるんだこいつ。


 もしかして今まで戻ってこなかったのって、ソレ関係か?


「……理事長に……いえ、貴女のお父様に確認したところ、確かに学園の経営権は貴女に移っているようですね。つまり、正真正銘、貴女が我々のトップと言うわけですね」


 酷く納得がいかなさそうに、むしろ忌々しい事実をかみ締めるように、吐き出すような口調で学園長がそう言った。


「その通り。だからこれは命令。理事長権限において、塔宮棗生の退学は認めないってことで」


「……ちょっと待て! 一体どういう事だよ!」


 混乱から立ち直れないまま、俺は邑璃へと詰問する。


 三週間以上戻ってこなかったと思ったら、いきなり理事長就任だなんて無茶苦茶だ。


 一体何がどうなってこの状況になっているのか。


 きっちりかっちり説明してもらわなければ納得がいかない。


「なっちゃんは黙ってて!」


「黙れるかっ!」


「………………」


「………………」


 バチバチバチバチ……


 俺と邑璃の間で火花が散る。


 どっちも譲らない。


 いつも甘えた口調の邑璃だが、今回ばかりは毅然としている。


 もしかしたら、これが本来の姿なのかもしれない。


 塔宮家の嫡子としての姿。


 人の上に立つ者。


 華奢な身体なのに、存在感だけはやけに大きく感じてしまう。


「お待ちなさい。いえ、待ってください……理事長。確かに今の貴女は私たちに命令できる立場ですが、それでもこれは通らない命令です。女子高に男子が紛れ込んでいたというだけでも大事なのに、言うに事欠いて男子である彼をこのまま学園に置くですって? 無理に決まっているでしょう! いくら理事長でも無理なものは無理です!」


「………………」


 いいぞ学園長!


 その調子だ!


 もっと言ってやれ!


 などと、学園長側を密かに応援する俺。


 しかし邑璃は……


「無理じゃない。わたしが決めた。わたしが命令しているの。あなた達はそれに従えばいい」


「なっ……!」


 あまりの横暴に閉口してしまう学園長その他二名。


「彼が女子高に紛れ込む問題についてはわたしが全部引き受ける。着替えのある体育とかは診断書があるから自習カリキュラムで問題ないよね。残る厄介毎は寮の生活だけど、そこはわたしと同じ部屋だから問題ない。彼が起こす可能性のある厄介毎はすべてわたしに回ってくる。間違いが起こっても、それはわたしが引き受ける」


「待て待て待て待て! 俺が間違いを起こす前提で話をするな! そもそも最初に襲ってきたのは……っ!」


 お前だろうが! と言いかけてあわてて飲み込んだ。


 教師の前で言っていいセリフではない。


 いくら俺が被害者だとしてもだ。


「「「………………」」」


 すでに言葉も尽きてしまったらしい。


 いや。尽きたというよりは詰まったという感じかもしれない。


「それから、これは命令だって最初に言ったよね。つまり、聞き入れられないならあなた達三人を理事長権限で解雇するからそのつもりで」


「「「っ!?」」」


 再び驚愕の表情で邑璃を見る学園長たち。


「現状ではこの事を知るのはあなた達三人と星陵院咲来だけでしょ? だったらそこから洩れないようにすればいい。そのためには手段を選ぶつもりはないから」


「「「………………」」」


 つまり要求を聞き入れなければ学園長たちは強制解雇、そして咲来は強制退学ということだろう。


 横暴ここに極まれりだ。


 しかし、俺には分かる。


 こうなった邑璃は絶対に自分の意思を曲げないだろう。


 要求が通らなければ本当に解雇&退学にするつもりだ。


 この学園を滅茶苦茶にしてでも自分の要求を、我を通すつもりなんだ。


「で? 返答は?」


 おぞましいほど爽やかな笑顔で問いかける邑璃。


 学園長たちは人生の中でもかなり上位に入る肝の冷えっぷりを味わっただろう。



 そして結局のところ、俺の意思はガン無視なのだった。


  






 





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