次男だからって人身御供かよ!? 05
「寄るな触るな話しかけるなーーーーっっっ!! 俺はノーマルだーーーーーっっっっ!!!!!」
しかし悊人氏は懲りた様子もなく再び俺に近付いてくる。そして耳元で吐息を吹きかけるように囁いてくる。
「大丈夫大丈夫。痛いのは最初だけだ。きっとすぐによくなる」
「なりたくないいいいいいぃぃぃいいいいいっっっっ!!!」
もう駄目だ! 俺ってばここで穢されちゃうんだ! まだ童貞なのに!!
そんな風に決めたくもない覚悟を決めかけた時、
「えー、ゴホン。悊人様。悪ふざけもその辺りにしてもらいませんと。棗生様が本気で怯えておりますので」
と新堂の制止が入った。
「し、新堂ーーーっっっ!」
今だけは新堂が救いの神に見えた。つーか気付いていたんならもっと早く止めに入ってくれよ!
「はっはっは。悪い悪い。棗生君の怯えた表情があまりにもツボだったんで、ついつい悪ノリしてしまったよ」
悊人氏はそう言ってあっさりと俺の上から離れてくれた。た、助かった。
「悊人様。棗生様にとっては悪ふざけでは済まされないのですよ。棗生様は実際に同性に襲われた経験がありますからね。悊人様の悪ふざけは棗生様にとってはトラウマを刺激しているようなものです」
「な、何で知ってる!?」
「塔宮家の情報収集能力を甘く見られては困ります。もちろん未遂だということも存じておりますのでご安心を」
「あ、安心というか、普通に怖いぞ。俺のプライベートが知らない内に他人に暴かれてるなんて」
「世の中そういうものでございますよ、棗生様」
「嫌な世の中だ!」
「まあ冗談はこのくらいにして、女装姿の棗生君に用があるというのは本当なんだ」
気を取り直すように悊人氏は執務机へと戻った。
「何だよ。まさかこの家で女装メイドでもやらせようって腹づもりかよ?」
「ああ、それも悪くないな」
「悪いわっ!」
既に敬語で話す気もなくしてしまった。この手合いに下手に出るのは非情に危険な気がしたからだ。
「実は棗生君にはこの学校に転入してもらいたいのだよ」
悊人氏は少し厚めのパンフレットを俺に差し出してきた。表紙には『塔宮学園』と書いてある。塔宮グループが経営している学校の一つなのだろう。やはり塔宮グループは手広く商売をしているようだ。俺はパンフレットをめくっていく。そして、
「って、女子校じゃねえかここ!」
と、またもや吹き出してしまった。
「その通り」
「その通り、じゃねえよ! 俺に女装してここに通えってか!? 無理! 絶対無理! すぐバレるって!」
「そこは大丈夫だ。上層部は私がどうとでも言いくるめられるからね。仮に誰かに露見したとしても、すぐにもみ消す準備はしてある」
「発言がさりげに黒い!」
「少なくとも外見上は全く問題ない。そこは私が保証しよう」
「嬉しくない保証だ! つーか外見はともかく内面に無理があるだろ! いきなり女の仕草とか言葉遣いとか出来る訳ないだろ!」
「それも問題ない。その辺りのことも織り込み済みだ」
そして悊人氏はぱちんと指を鳴らした。いかにも偉い人っぽい行動だ。
その音に反応して再び部屋の扉が開いた。中に入ってきたのは美女と形容していいくらいの妙齢の女性だった。ビジネススーツがとても似合っており、背はすらりと高く、体格も絶妙なバランスだ。下世話な言い方をすればボンッ・キュッ・ボンッって感じで。
「お呼びになりましたか? 悊人様」
美女はにっこりと微笑む。ああ、眩しい。美女が笑うと癒されるなぁ。さっきまで酷い目に遭っていただけに、癒しがとても貴重なモノに思えてくる。
「ああ。紹介しよう、棗生君。彼は村雨恭吾。私の秘書だ」
「嫌ですわ。この姿の時は『恭子』と呼んでくださいといつも言っていますのに」
美女は恥じらうように腰をくねらせる。
ん? ちょっと待て。『彼』? 『恭吾』!?
「そうだったね。すまない。ついつい濁点を抜き忘れたよ」
「んもう、悊人様ったら!」
「いやいやいやいや! そういう問題じゃないし! 秘書!? オカマが秘書!?」
それって有りなのか!?
「塔宮グループは完全実力主義だからね。恭子君はこう見えてとても有能な秘書なのだよ。趣味の奇抜さに気を取られて彼の能力を蔑ろにするのは非常に勿体ないくらいにね」
「だ、だからって女装趣味の男を秘書に据えるか普通……。他社との交渉時とか色々問題がありすぎるだろ……」
「いや、中々に好評だよ。むしろ恭子君の評判を聞きつけて契約を交わしてくれた会社もあるくらいだ」
「好評なのかよ!?」
世の中色々間違ってる……。
「さて、恭子君。棗生君のことは聞いているね?」
「ええ。先に書類を確認しておりますわ。仕事内容は実に私向けのようですわね」
「はっはっは。君ならそう言ってくれると思っていたよ。実に頼もしい」
「???」
何だか当事者である俺を置いてどんどん話が進んでいっている。しかもかなり怖い方向に。嫌だなあ。逃げ出したいなあ。
恭吾氏、もとい恭子さんはくるりと俺の方に振り返った。
「棗生様。本日よりこの私が貴方の女装講師を務めさせていただきます」
「……はい?」
「完璧な女装の心得、化粧の仕方、言葉遣いから日常の仕草まで、余すところ無く女性としての振る舞いを叩き込んで差し上げますわ」
「…………」
やばい。どいつもこいつも本気で俺を女に仕立て上げようとしてやがる。
「塔宮学園は全寮制の相部屋が基本だからね。もみ消しが可能とはいえ露見しないに越したことはない。というわけで、頑張ってくれたまえ棗生君」
「待て待て待て待て! いきなり問答無用で拉致って来た挙げ句に女装を叩き込んで女子校に放り込むって、俺の意志は!? 基本的人権は!?」
「基本的人権? ああ。差別社会における一応の建前というアレか」
「日本語の解釈を致命的に間違えている!」
「まあその辺りは一億三千万円で買い取ったつもりでいたのだがね」
「俺は一銭ももらってねーーーっっっ!!」
「ふむ。それもそうだな。では君が私の目的を果たしてくれた際には、別報酬として相応の金額を用意しよう。ちょっとした高額アルバイトだと思ってくれればいい。期限は卒業まで。それで伽室城家に対する貸しもチャラになる。どうだい? 悪い話ではないだろう?」
「息子を売るようなクソ親父なんざどうなろうが知ったことか! 金で売れないプライドってのも世の中にはあるんだよ!」
「知っているよ。しかし私は敢えてそれを金と権力で踏みにじると断言しよう」
「最低だあっ!」
「はっはっは。ついでにいいことを教えてあげよう。金と権力で揉み消せるレベルのことなら何をやっても構わないというのは、上流階級の特権なのだよ」
「もっともらしく黒いこと言ってんじゃねえよっ!」
「さて、では参りましょうか棗生様。悊人様より期限は一週間と伺っておりますので、ちょっとハードスケジュールで行わせていただきますわよ」
快活に笑う悊人氏、反論も許されない可哀想な俺、そんな二人の空気も読まずに自分の都合を進めようとする恭子さん。
「ではよろしく頼むよ、恭子君」
「お任せください悊人様。この私が棗生様を立派な女装少年に仕立て上げて見せますわ」
「仕立てられたくない!」
「ちなみに、あまり覚えが悪いようですとペナルティを執行させていただきますので覚悟しておいてくださいね」
ぺろりと舌なめずりしながら恐ろしいことを言ってくる恭子さん。ペナルティって何だ!?
「おいおい、彼には別の使いどころも考えているんだからくれぐれも傷モノにはしないでくれよ?」
「ふふふ。それは棗生様次第ですわね。お急ぎなのでしょう? 危機感があった方がきっと覚えも早いですわよ?」
「それもそうか。では脅迫程度なら許可しよう」
「ありがとうございます」
何か怖いやりとりしてるっ! 危機感って何だ!? 脅迫って何だ!?
「棗生君。貞操が惜しければ恭子君に従った方が無難だぞ?」
「貞操って!?」
「恭子君は立派な淑女だが、恭吾君は『攻め』だからね。『新世界』に目覚めたくなければ早々に立派な淑女になることだ」
「うふふ。私、こう見えても『開発』は得意ですのよ?」
「嫌な単語が次々とっ!!」
さっきの悪ふざけはこの事に対する示唆だったのか!? だとしたら嫌すぎる!
「では参りましょうか棗生様♪ 大丈夫ですわ。痛いのは最初だけですぐに気持ちよくして差し上げますから♪」
「ペナルティ前提!?」
「うふふふ。楽しみですわー♪」
「うわあああああぁぁぁあっっっっ!!!!」
こうして、地獄の女装訓練が幕を開けてしまったのだった。