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百合色革命  作者: 水月さなぎ
百合色革命 第一部
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幕間 ちょっと昔の出来事

 むかしむかし、というほどではないけれど、十年近く遡る程度にはむかしの話。


 とあるところになんとなくぼんやりと生きているだけの少年がいました。


 ……つーか俺だけど。


 昔語りをするにあたってちょっとだけそれっぽい雰囲気にしてみようと思ったけど、性に合わないのであっさり放棄するということで。


 小学校二年生だった当時の俺は、特に変わった子供という訳でもなかった。


 女の子にモテたというわけでもなく、女装が似合っていたというわけでもない。


 際立った個性もなく、ずば抜けた優秀さもない、どこにでもいる普通の子供だった。


 普通に寝起きして、飯食って、学校に行って、それなりに友達もいて、それなりの日常を送る。


 そんな子供。


 普通の子供。


 そんな自分に何の疑問も持っていなかった。


 そんな風に生きていくんだと、思っていた。


 子供なりにそう信じていた。


 それが変わったのは、一つの出逢いがあったから。


「………………」


 その日の俺は一人で公園に来ていた。


 友達は塾があるらしく、誰とも遊ぶ予定はなかった。


 しかし何となく家に帰る気にもなれなくて、遊び相手もいないのに一人で公園に来ていた。


 サッカーも、野球も、出来ない。


 一人で出来る事といえば、遊具で遊ぶことくらいだ。


 もちろん一人なのでそんなことにもすぐに飽きて、ジャングルジムのてっぺんから公園全体を眺めながらぼんやりとするまでに十分もかからなかった。


 公園には誰もいない。


 俺以外誰も。


 そんな風に自覚していると、まるで世界がここだけ切り取られて孤立してしまっているような気分になってしまうから少しだけ不思議だ。


「あ……」


 しかしそんな気分は数分もしない内に崩されてしまった。


 二人の女の子が公園内に入ってきたからだ。


 ブランコにでも行くのかと思えば、ベンチにも座らずに何もない場所で立ち止まっている。


「?」


 あの子たちはいったい何をしているのだろう?


 なんとなく興味をそそられて様子を眺めてみる。


 片方のツインテールの女の子は何やら必死な表情でもう一人の女の子に何かを訴えている。


 しかしもう一人の女の子は困惑した表情で後ずさっている。


 さらには困惑した表情から何か気持ち悪いものを見るような表情になり、そのまま踵を返してしまった。


 いや、この場合は逃げ出してしまったと言った方が表現としては正しいのかもしれない。


「なんだ?」


 喧嘩でもしたのだろうか。


 いや。でも喧嘩であんな表情はされないと思う。


 ぽつんと一人残されたツインテールの女の子。


 ぐしぐしと涙を拭きながら、もう一人が去って行った方向を見つめている。 


「………………」


 その姿はひどく哀しげで、寂しげだった。


「………………」


「………………」


 何気なく振り返った女の子と目が合う。


「………………」


 何を考えているのか、女の子は俺の姿に気付くとまっすぐにこちらへと向かってきた。


 俺がいるジャングルジムの下まで来たかと思うと、そのままよじのぼってくる。


「???」


「よいしょっと!」


 さっきまで泣いていた女の子は、何の脈絡も遠慮もなく俺の隣に座ってきた。


「えへへ!」


「………………」


 無理やりに笑っているが、カラ元気なのが分かりすぎてちょっと痛い。


「友だちとケンカでもしたのか?」


 笑いかけられて黙ったままというのも感じが悪いので、とりあえずそんなことを訊いてみる。


 とりあえずにしては無神経すぎる質問内容かもしれないが。


 女の子はその質問に困ったように笑っただけだった。


 目元にはまだ涙の跡が残っている。


「えへへ。ケンカならまだよかったんだけどね。たぶんもう、元どおりのカンケイにはもどれないかな」


「? 友だちならそのうちなかなおりだってできるんじゃないのか? どっちかがあやまればさ」


「いや~。だってこれケンカじゃないし」


「???」


 ますますもって訳が分からない。


 あの光景が喧嘩でなくていったいなんだというのだ?


「だってフラれちゃったし」


「………………」


 いまなんかすげえこと聞いた!


 女の子が女の子にフラれてって!


 いやいや。成長した俺ならともかく、小学校低学年にはちょっとばかし刺激の強すぎる話だったということは理解してもらいたい。


「えっと、その……あの子が好きだったってことか?」


 しどろもどろになりながらも、なんとかそう訊いてみると、


「うん」


 わずかに赤くなりながら微笑んだ。


 いやいやいやいや!


 そこで微笑むのはちょっと妖しさ倍増だから!


 そりゃあ逃げる。


 友達だと思ってた相手からいきなり告白されたら、誰だって戸惑うし、逃げたくなるだろう。


 ましてや相手は同性なのだ。


 素直に気持ち悪いと思うのが当然だろう。


 少なくとも俺なら男友達に告白された場合はそう思う。


 だけど俺の隣で涙目で無理に笑っている女の子の事を、気持ち悪いとは思えなかった。


 何故だか分からないけれど、ただの女の子にしか見えなかったんだ。


「わたしね、ずっとこうなんだ。だれかを好きになるけど、それがみんな女の子なの。おかしいってことは分かってるよ。でもね、やっぱり好きになっちゃうんだよね……」


「………………」


 見ず知らずの他人の方が深い悩みは話しやすいというらしいが、この時がまさしくそうだったのだろう。


「やっぱりわたしが悪いのかな……?」


「………………」


 女の子の表情は再び泣きそうなものになる。


 自分を責めて、悪者にして、閉じようとしている。


 そんな女の子を見ていると、それは違うと言いたくなる。


 そこで自分を閉じてしまうのは違う。


 だけど何が違うのか、どうすればいいのか、それが分からない。


 この時の俺にはそれを理解させるだけの言葉の持ち合わせがない。


 だからだろう。


 ただ思ったことを口にしたのは。


「誰も好きになれないよりは、誰かを好きになれる方がずっといい。それはきっとすごい事だから」


「え……?」


 女の子は弾かれたように顔を上げた。


「だってそうだろ? 人を好きになれるってそれだけですごい事だと思わないか? 好きにもいろいろあるかもしれないけど『好き』なら、友だちにだって、コイビトにだって、なんにだってなれる。だれかとつながっていられる。だれかとかかわっていられる。それにはまず相手を『好き』になることが大事だと思うんだ。『好き』はきっと、ムゲンの可能性じゃないかな?」


「ムゲンの可能性……」


「うん。キミの気持ちはキミの好きな人に受け入れられないかもしれないけどさ。でもだからって自分を嫌いになったらダメだろ。失敗して失敗して、それでも次に挑戦してみろよ。いつかきっと、そのままのキミを好きになってくれる人があらわれるかもしれないじゃないか」


「あらわれるかなぁ……」


「さあね。でもあきらめたらそこで終わりだぜ」


「………………」


 少なくとも、今までは考えたことがなかった。


 友達がいて、家族がいて、当たり前の日常をなんとなく生きているだけの俺には、人を好きになることで悩むなんてことはなかったのだ。


 ましてや人を好きになることに罪悪感を感じるなんてことは。


 好きになることは悪い事じゃない。


 子供にだってその程度のことは分かる。


 だからこそ女の子にもわかって欲しかった。


 キミは、何一つ自分を恥じることはないのだと。


 他人を好きになれる自分を、十分に誇っていいのだと。


「えへへっ!」


 そんな気持ちが伝わったのかどうかは定かではないけれど、女の子は再び笑ってくれた。


 カラ元気ではなく花が開くような、とても魅力的な笑顔。


「そっか。わたしは今のままでいいんだね」


 今の自分を受け入れてくれた。


「ああ。今のままでいい」


「うん! うん! 何回フラれても、何回へこたれても、あきらめなければいつかきっと出会えるかもしれないよね! ありのままのわたしを好きになってくれる女の子に!」


「……かもしれない」


 別に女の子に限定する必要はない気もするのだが……将来的に男を好きになる可能性を今から否定しないでほしい。


「えへへ! ありがと! なんかすっごく楽になったよ!」


「そりゃあよかった。女の子は泣いているよりも笑っている方がいい」


 女の子はすくっと立ち上がって、ジャングルジムを降りていった。


 下から俺を見上げてぶんぶんと手を振った。


「またいつか会えたら、キミのことを好きになれたらいいな!」


「いい女に育ってたら考えてやるよ」


「うん! それまでは女の子攻略でがんばってみるね!」


「……まあ、がんばれ……」


 素直に応援できないのが微妙だった。


 これから先も被害者が増えていくのか、という意味で。


「ばいばい!」


「おう」


 そうして女の子は公園から去って行った。



 この時の女の子と、俺は数年後に女子高で再会することになる。


 百合っぷりに磨きがかかって、さらに病的になっていた。


 だけど自分を嫌いにならずにいてくれたのは、すこしだけ嬉しかったんだ。


 俺の言葉が誰かの支えになってくれていたのなら、それはとても幸せなことだと思うから。


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