拉致された先は……
「………………」
結論から言うと、俺が連れ去られた先は塔宮家ではなかった。
「やあやあ久し振りだね棗生くん。今日はとことん呑もうじゃないか!」
「安心していいわよ~。ぜーんぶ私の奢りだから♪」
「………………………………」
都心の地下。
既にどの辺りかは不明。
繁華街なのは確か。
昼間から経営している地下バー。
しかもただのバーじゃない。
「あら可愛い!」
「ほんと。さすがママの教え子だわ~」
カウンターには悊人氏とその向こうに恭吾。
そして恭吾の周りにはドレスを着た女性もどきたち。
そう!
ここはニューハーフバーなのだ!!
何故に休日の午前中から塔宮家の当主殿にニューハーフバーなんぞへと連れ込まなければならないのだ!!??
「つーか俺未成年だしっ!」
「堅いことは言いっこなしだ。今時高校生が酒の一つも呑めなくてどうする」
「それが大人の台詞か!!」
学園経営者が生徒に酒を勧めていた。
全くもって度し難い光景だった。
「で、何だよ。わざわざ拉致ってきたということは、俺に話があるんだろう?」
「まあまあまずは駆けつけ一杯」
「呑めばいいんだろうが呑めば!!」
俺は渡されたグラスを一気に煽る。
「あれ? 呑みやすい……」
ほんのり甘い、フルーティーな香り。
のどごしが柔らかく、すっきりしている。
なんというか、イケる。
「あんまりキツいのを勧めてぐでぐでになられても困るからね。軽いのにしておいたよ」
「そもそも未成年に酒を勧める事に対して考慮しろよ……」
「酒の勢いを借りた方が話しやすいこともあるだろうと思ってね」
「………………」
いつの間にか、恭吾や他のニューハーフたちはいなくなっている。
最初のアレはただの悪ノリで、二人のための場をセッティングしただけらしい。
「で、話ってのは邑璃のことだよな?」
飲み終えたグラスを置いてから、単刀直入に切り出してみる。
「まあ、その通りだ」
「あいつ今、本家にいるんだろう?」
「ああ」
「泣いてた?」
「………………」
「それともまだ落ち込んでるのか?」
「泣かせたり落ち込ませたりするようなことを、棗生くんはしたのかな?」
「俺の所為じゃねえし。そもそも咲来のヤツが学園側に俺のことをバラすって言うから好きにしろって言っただけだ。あの学園にいられなくなるなら、むしろ俺にとっては好都合だからな」
「なるほど。しかしまだ行動は起こしていないようだね」
「……ああ。咲来の方も色々と迷ってるみたいでさ」
「ふむ」
「まあアレだ。咲来に俺の正体がバレたのも、別に俺自身の落ち度じゃねえしな。あいつが泣こうと落ち込もうと、俺が近い内に学園から出て行くことになると思うぜ」
「……それはゆーちゃんを侮りすぎだよ、棗生くん。あの子は泣いてるわけでも落ち込んでるわけでも、ましてや引き籠もってるワケでもないよ」
「? そうなのか? じゃあ何やってるんだよ。学校にも来ないで」
「そりゃあ勿論、悪巧みに決まってるさ」
「………………」
怖い怖い怖い怖い!
邑璃の悪巧み超怖い!
更にこの人が乗り気なのも怖すぎる!!
「これはただの興味から訊くのだけれど、棗生くんにとってゆーちゃんはどんな存在になっているのかな?」
「……別に。ただのルームメイトで、契約対象。それ以上でもそれ以下でもねえよ」
「………………」
「こっちも訊きたいことがあるんだが」
「何かな?」
「あんた、知ってただろ」
「何のことかな?」
「とぼけんな。俺と邑璃が昔、一度だけ会ったことがあることだよ。そしてその時に言った俺の台詞が、今の邑璃を形作っている」
「………………」
「あんたは俺の女装姿なんて本当はどうでも良かったんだ。あくまでついでだったんだ。本当の目的は俺を邑璃に再会させること。違うか?」
「……いつ、気付いた?」
「咲来が俺のことを調べた。そして咲来との会話から、あんたが邑璃を変えられる存在である俺を探していたことも分かった。あとはただの勘だ」
「………………」
「あの時のことを責めているんなら、甘んじて受けてもいい。大した考えもなく無責任なことを言った」
『誰も好きになれないよりは、誰かを好きになれる方がずっといい。それはきっとすごい事だから』
あの時の俺はまだ子供で、深く考えることもしなかった。
ただ、人を好きになれるってことはとてもいいことだと信じていただけなんだ。
友達がいて、好きな子がいて、家族がいて、そして笑顔でいられれば、人間は幸せになれると信じていたんだ。
いや。それは今でも信じているけれど。
でも今は、あの頃よりもずっと複雑になっている。
色々なことを考えるようになっている。
たとえば、あの時あんな事を言わなければ、邑璃はもっと違う生き方をしていたんじゃないだろうか、とか。
「……私はね、相手に何かを強制するのがあまり好きではないんだ」
悊人氏はいきなりそんなことを語り出した。
「……俺をこんな状況にしておいてそれを言うか」
「棗生くんは例外だ」
「嫌な例外だな……」
「ゆーちゃんの性癖には早い段階から気付いていた。何とかしたいと思っていても、それは周りが言ってどうにかなるものではないだろう? あの頃のゆーちゃんはそんな自分が嫌いだった。君に出会って、君の言葉があったからこそ、前向きに生きられるようになった。だから、その点で言えば君には感謝しているよ」
「………………」
「結局あの性癖は直らなかったけれどね。それでも前より明るくなったゆーちゃんを見るのは嬉しかった」
何かを思い出すように、悊人氏は目を細めた。
グラスに入っている酒(多分かなり強いやつ)を軽く煽りながら、フッと笑った。
「ゆーちゃんが塔宮家を継ぐ気がないことも、悩みの種ではあったが強制は出来なかった。あの子はあの子なりに、自分に出来ることで義務を果たそうとしていたしね」
「それは俺も知ってる」
それがいいことなのかどうかは解らないけれど、全く努力していない奴よりはずっとマシだと思う。
「棗生くんなら再びあの子を変えることができる……かもしれない。そんな期待があったのは認めよう。強制はできないけれど、それでもきっかけぐらいは与えたかった」
誰かに強制されるのでは意味がない。
自分で変わると決めなければ。
ただ見守る事しかできない。
手助けもしない。
それでも時々は、きっかけを与えたい。
それが、彼の親心。
父親としての在り方なのだろう。
それは、何だかとても羨ましくなるような深い愛情だった。
俺の父親がアレだなけに余計にそう思う。
「これが最後の質問だ、棗生くん。君は、ゆーちゃんのことが嫌いか? それとも一緒に居ても不快ではない程度には好意を抱いてくれているのか?」
「好きか嫌いかの二択なら好きだと思う。あくまで人間としてだけど」
素直な性格とか、一途な想いとか、そういうのは好ましいと思う。
「嫌いではない、のだね?」
「ああ。嫌いじゃあない」
好きかと言われたら、ちょっと答えに詰まるけど。
「分かった。それが聞ければ十分だ。私も一つ賭けてみることにしよう」
「賭ける?」
「ギャンブルだよ。たまにはそういうのもいいだろう」
「???」
「そのうち分かる。まあ楽しみにしていたまえ」
「……嫌な予感しかしないんだが」
「まあ、それも一興だな」
「楽しんでるなぁ……絶対あんた楽しんでるよなぁ……」
「はっはっは。まあ否定はしない」
快活に笑う悊人氏。
絶対この人何か企んでるよ……
こうして、拉致された末の対談は終了した。
……余談だがこの後、さんざん恭吾とその仲間たちに玩具にされてしまった。
女装とか化粧とかマジで勘弁してくれ!!
……幸い、店の中なだけあって貞操だけは守れたけど(汗)。




