モテ期ですか!? 02
俺たちは自習室へ移動した。
「で、一体何の用なんだ?」
誰も見ていないので男モードに戻す。
何だか最近は使い分けが板についてきたような気がするなあ。
「やはりあなたは男言葉の方が似合いますわね」
「そりゃ本来は男だからな。それよりも少し驚いた。前にあんな目に遭っておいて再び俺と二人きりになるとはな。あんた、もしかしなくてもただの馬鹿か?」
「………………」
咲来の顔がぴくりと引きつる。
どうやら馬鹿呼ばわりが癇に障ったらしい。
「あの時もあなたは何もしませんでしたわ。わたくしにはその価値がないと仰いました。その言葉を信じるのなら、今後あなたと二人きりになったところでわたくしに危険はないのでしょう?」
「俺みたいな奴の言葉をそう簡単に信じるなよ」
「信じていますわ。だってあなたは信頼を向けてくる相手には、信頼を返してくださるでしょう?」
「………………勝手に人の性格を美化してんじゃねえよ」
「美化はしていません。ただの分析です。それにわたくしは邑璃さんのことは大嫌いですが、邑璃さんの人を見る目はそれなりに信頼していますの。彼女があそこまで惚れ込んだ相手なのですから、あなたの人間性はわたくしの信頼にも足ると判断いたしました」
「……試してみるか?」
見透かすような物言いが気に食わなくて、咲来の片腕を乱暴に掴み上げた。そのまま壁ぎわまで押しつける。
「………………」
「………………」
咲来は真っ直ぐに俺を見ている。
疑っているのでもなく、信じているわけでもなく、ただ、理解しているとでも言いたげに。
俺が咲来に対してこれ以上の危害を加えないと分かっているかのように。
「チッ……!」
忌々しい気分になって舌打ちしながら、咲来の手を離した。
「さっさと用件を言え」
「ええ。そうしますわ。先日はわたくしの方に非があったことは認めます。まずは謝罪を。ごめんなさい」
「………………」
びっくりした。
あれだけ高圧的な態度を取ってきた咲来が、あっさりと自らの非を認めて謝ってくるなんて。
「………………熱でもあるのか?」
ついつい心配になって咲来の額に触れてみる。
「な、なななななっ!! 本当に失礼ですわねあなたはっ!!」
「……ないみたいだな。謎だ」
「………………」
咲来は俺から三歩ほど後ずさってから額を押さえる。
何故か顔が真っ赤だった。
「そ、それでもう一つの用件なのですが。棗生さん、あなた、生徒会に入る気はありませんか?」
「ない」
「そ、即答ですわね……」
「面倒くさいし」
「………………」
「一応、それが黙っておく条件なのですが」
「………………」
「あなたをわたくしのものにする、というのはやり過ぎだったと反省しています。ですからこれでも譲歩しているのです。わたくしはあなたに対して貸しがあります。その貸しを返すために、わたくしのために働いてほしいと言っているのです」
「俺もあの時言ったはずだぜ。好きにしろとな」
「……あなた、本当にバラされたいんですの?」
「バラされても構わないとは思っている。一時的な変態の汚名すら我慢すれば、俺はこの女装地獄から解放されるわけだからな」
「……本当に嫌々やってるんですのね」
「あのなぁ。好きでやってんなら正真正銘の変態だろうが……」
俺が一体いつそんなそぶりを見せた。
見せてないだろう?
見せてない……はずだよな……?
「確かに飼い犬よりは部下の方が扱いはマシかもしれないけどな。それでもお断りだ。この歳で上司にこき使われるサラリーマンになんかなりたくねえし」
「……分かりました。これ以上の問答は無駄のようですわね。だったら学園側にバラします」
「ああ。好きにしろ」
「せめてもの謝罪代わりに、この学園からだけでもあなたを開放してさしあげますわ。教師側にはバレてしまいますけど、生徒側には漏れないように配慮いたしますので」
「………………」
なんだ?
なんでいきなりこんな好意的な態度になってるんだこいつは!?
「……話がうますぎて気持ち悪い」
なのでついついそんな本音を漏らしてしまう。
「………………」
再び咲来の顔が引きつる。
「……謝罪代わりと言ったはずです。それでは納得がいきませんか?」
「納得したいところだけど、前回の扱いが扱いだしなあ……」
「う、うう。それに関しては言葉もありませんわ」
「ま、いいや。疑うよりも信じる方が気楽だしな。とりあえずは信用してやるよ、咲来」
「………………」
なぜか再び咲来が真っ赤になった。
「? 名前、咲来でいいんだよな? 間違ってたか?」
「い、いえ。間違えてはいませんわ。ただちょっと、驚いただけです。棗生さんに名前を呼んでいただいたのは初めての事でしたから」
「そうだったか?」
「ええ。嬉しいですわ」
「………………」
なんだろう。
俺の勘違いじゃなければ、半端ない好意を向けられているような気がする。
なんというか、恋する乙女的なオーラがひしひしと伝わってくるというか……
「ま、勘違いだよな。そこまでうぬぼれるつもりもないし」
「? 何か言いまして?」
「いやいや。何でもない」
「そ、それでですね。これは交換条件というわけではなく、ただのお願いなのですが……」
「お願い?」
「わ、わたくしとも仲良くしていただきたいのです。その、斗織と同じように、友人になってくださいませんか?」
「………………」
あー。なるほど。そういえば斗織と咲来も親戚同士か。
ネットワークって広いようで狭いなあ。
ま、いいけど。
「いいけど。分かってるか? 友達ってのは対等の関係を言うんだぞ? ペットでも部下でもないんだぞ?」
明白すぎることだが、こいつに関しては一応の確認が必要な気がしたのでそんなことを言ってみる。
「わ、分かってますわよそれくらいっ! わたくしを何だと思ってますの!?」
「世間知らずのお嬢様。人間をペット扱いできる女王様。譲歩しているつもりで部下になることを強要しようとした暴君。ってところか?」
「………………」
今度は別の意味で真っ赤になっている。目元には涙がにじんでいた。
肩も震えている。
「分かった分かった。言い過ぎたよ。俺が悪かった。友達にはなってやるから泣くな」
「ほ、本当ですか!?」
「本当だ」
「嬉しいですわっ!」
「………………」
はじけるような笑顔。
不覚にも可愛いと思ってしまった。
しかしこいつ、もしかしなくても友達少ないんじゃ……
対人作法が不器用すぎる。
「あ、俺からも一つ条件、というか、お願いしてもいいか?」
「? 何ですの?」
「無理ならいいんだけどな。あんまり邑璃のことを嫌ってやるな」
「………………」
「あいつはあいつで色々と不器用なだけだ。責任から逃げているって言われても仕方ないかもしれないけど、それでも自分に出来ることをしようとしてる。その努力分くらいは認めてやってもいいんじゃないのか?」
「………………」
「それとも、別にあいつを嫌う理由があるのか?」
「な、なくもないですけど……」
「そ、そうか……」
多分、百合関係だろうな……
聞かない方がよさそうだ。
「でも、棗生さんがそこまで言うのなら、善処いたしますわ」
「そりゃありがたい」
「あの……棗生さんは……邑璃さんのことを……その……」
「今のところはあいつに対して恋愛感情はないぞ」
何を聞かれるのか大体予想がついてしまったので先回りして答える。
「そうですの……」
咲来はあからさまにほっとしているようだ。
うーむ……この反応はやっぱりアレか?
俺ってば、モテ期突入?
ま、いいか。深く考えると怖いことになりそうなのでやめておこう。
こうして、俺と咲来は一応和解したのだった。




