次男だからって人身御供かよ!? 04
そんな感じで一時間くらいを秘蔵のエロ本に思いを馳せている内に、もの凄い豪邸にたどり着いた。家っつーか城!
白と黒のコントラストが絶妙な装飾で、貴族とか王族とかが住んでそうな、テレビでしか見たことの無いような、世界遺産とかに指定されそうなそんな豪邸だった。こんな場所が一個人の所有物だなんて、やっぱり世の中不公平だ。
伽室城の家も先々代が成功したお陰でそこそこ趣のある日本家屋なのだが、こっちは桁が違う。というか世界が違う。社長どころか皇帝とかが住んでそうな感じだ。
「こちらになります、棗生様」
果ての見えない廊下を案内されて、年季を感じさせる扉の前で立ち止まった。何だかただの扉なのにかなりの威圧感を覚えてしまう。
「中に悊人様がいらっしゃいますので、詳しいお話はそちらでお願いいたします」
新堂は軽く扉を叩き一拍置いてから、
「悊人様、棗生様をお連れしました」
と、扉越しに一礼した。
「ご苦労。中に入れてくれ」
中から聞こえてきたのは彫りの深そうな声だった。一億以上も払って俺を買い取った男がこの中にいるのかと思うと、腹立たしいながらも緊張してしまう。重苦しい軋みを上げながらゆっくりと扉が開かれ、俺は中に招き入れられる。三十畳くらいの部屋の奥に、一人の男が笑顔で立っていた。思わず生唾を呑み込んでしまう。
身長は百七十くらいだろうか。こんな大きな屋敷の主なのだからとんでもなく偉そうな人物を想像していたのだが、少なくとも外見だけは割と普通だった。
黒髪黒目に上質の白いスーツ。そこそこ整った顔立ちをしているが、年齢と共に僅かな皺が見える。うちの親父はただのオッサンだが、こっちはナイスミドルとかロマンスグレーとかいう表現が相応しいだろう。それでいて穏やかな雰囲気なので、こちらに安心感を与えてしまう。
駄目だ駄目だ。どんなに穏やかそうに見えても、人間一人を金で買い取るような人物なのだ。油断していたらいいように利用されるだけに決まっている。きっと内面のどす黒さを外見のメッキで完璧に覆い隠しているのだろう。
って、まともに話したこともない初対面の人間に大して随分と酷いことを考えてしまっている気もするが、これも自己防衛のためだ。どうか酷い奴だなんて思わないで欲しい。
「遠路はるばるご苦労だったね、伽室城棗生君。初めまして、塔宮悊人だ。君を歓迎しよう」
「……はあ、どうも」
俺は警戒を解かないまま、曖昧な返事を返す。養子になるって事はこの人が俺の養父になるってことなんだよな? 『父さん』とか 呼ぶべきなんだろうか? 嫌だな。しかしこれだけの人物を相手に『親父』とか言うのはさすがに憚られるし。
「ん? どうにも反応が悪いね。何かこちらに不手際でもあったかな?」
「いや、別に何でもないですよ。人間一人を金で買い取った上、有無を言わさず荷物一つ持たせないまま自宅に強制連行しといて、まさか歓迎なんて言葉を使われるなんて思わなかったなーとか思ってるだけなんで」
「はっはっは。これは手厳しい。可愛らしい外見に似合わず中々にきつい性格をしているようだね、棗生君」
あからさまな喧嘩腰も軽く流され、俺は言葉に詰まってしまう。せめて反感を買うぐらいのことはしておきたかったのに。
「子供の身では理解の及ばないことが多すぎて癇癪気味なんですよ。出来れば説明の百個くらいはしてもらいたいものですね」
「百個も説明しなければならないのか。これは大変だな」
「ただのイヤミです。真に受けないでください」
「はっはっは。面白い子だな、君は」
「俺は面白くないですけどね」
うう。あからさまに反感を買うように頑張っているのに、やっぱり流されてしまう。このナイスミドル、中々手強い。
「君を招いたのは塔宮家というよりも私個人の都合でね」
悊人氏は執務机の引き出しから一枚の写真を取り出した。それを向かいに立っている俺の前に差し出す。手にとって確認すると、そこにはメイド服を着た少女が写っていた。その少女の姿を目にして、
「ぶっ!」
俺は思わず吹き出してしまった。写真と悊人氏を交互に見比べ、ぱくぱくと口を動かす。
「な、な、な、何であんたがこれを持ってるんだ!?」
写真に写っていた少女は俺だった。
去年の文化祭でクラスメイトが悪ふざけで行った女装喫茶。その時にメイド服を着せられ給仕をさせられた時の俺の姿だった。
実に不本意なことに俺の女装は嵌りすぎていたらしく、この日は教室の外まで長い行列が出来ていた。友人曰く、『完璧な美少女』に仕上がったらしい。確かに正体さえ知らなければ美少女に見えなくもない。我ながら嫌すぎる印象だが。
その後生徒達に何らかの火をつけてしまったらしく、男子校にもかかわらず、しばらく告白生徒が後を絶たなかった。男子校なのに! それだけなら断ったりすれば何とかなるが、しまいにはストーカーまがいのことをされたり、強引に押し倒したりする輩まで出てきた。もちろんぶっ飛ばして逃げ出した。
とにかくそんな悪夢を経験してから、俺は二度と女装はしないと誓った。どれだけ嵌っていようがどれだけ美少女だろうが、俺は男なのだ。ついでにノーマルなのだ! あの時何人かから隠し撮りされているのは知っていたが、よりにもよって何でこの人がそれを持ってるんだ!?
「はっはっは。なかなかの美人さんではないか、棗生君。私も最初から君のことを知っていた訳ではないのだがね。『違和感のない女装が可能な高校生』を捜していたら君の名前が挙がってきたのだよ。その情報と共にこの写真も送られてきたという訳だ。さすがに映像記録までは残っていなかった」
「残されてたまるか!」
というか、ひっじょーに嫌な予感がしてきた。悊人氏個人の都合で俺を買い取り、あまつさえ説明の第一段階として俺の女装写真を提示してきた。いやいやいやいや、こんな可能性考えたくもないんだが、まさか……
「ま、まさかあんたもそっち系の趣味だったり……するのか……?」
「ふっふっふ。だとしたらどうする?」
悊人氏はにやりと口元を歪めて俺との距離を詰めてくる。そしていつの間にか俺の尻を撫でていた。
ぎゃーーーーーーっっっっ!!!!! ホられるーーーーーっっっ!!!!!
俺は全力で悊人氏を弾き飛ばし、壁際まで最速で後ずさった。