葛籠祭の恐怖 01
「そういえばもうすぐ葛籠祭だね」
寮の部屋の中で、邑璃が俺のベッドでごろごろしながらそう言った。
「葛籠祭?」
聞きなれない言葉に、俺は首をかしげる。
ちなみに今の俺の格好は眼鏡なしの女装だ。
女性用のパジャマに黒髪ロングのウィッグ。
どうせ二日目にはバレたのだから部屋の中でくらいは男の格好でいいだろうと思っていたのだが、そこは邑璃が断固反対した。
『わたしは女装姿のなっちゃんが好きなの! 女の子のなっちゃんといちゃいちゃしたいの! 勝手に男に戻らないでよ! まったく空気読めないんだから!』
などとのたまいながら、俺の女装を強要している。
いやいや、そんな空気読みたくないから。
むしろ読めなくていいから。
しかし悲しいかな。所詮俺の立場は塔宮家の飼い犬のようなもの。
飼い主(の娘)が命令すれば、それは従わざるを得ないのだった。
畜生。早く卒業してえなあ。
悔しいので言葉遣いだけは男のままで通している。
「あ、そっか。なっちゃんは知らないよね。今月末に開かれるお祭りだよ。えっとね、文化祭みたいなものかな」
「文化祭って時期でもないだろ」
「だから『みたいなもの』だってば。年に二回行われる東西交流のおまけというか、そんな感じかな。毎年六月末と十一月末にあるんだよ~。代わりに文化祭って名目のお祭りがなくなってるけど」
「……はあん。なるほどな」
「年二回あるってだけで、ノリは文化祭みたいなもんか」
「うんうん。そんな感じ」
「というか、東西交流って何だ?」
「あれ? もしかして知らないの? 東側は男子校だよ」
「なにっ!?」
初耳だよ!
女子校の敷地内だけでもかなりのものだというのに、この上男子校の敷地まであるってのかよ!?
というわけで、塔宮邑璃さんの塔宮学園解説。
塔宮グループが経営する学園事業。
葛籠山を丸々私有地化しての学園都市計画。
学園経営をしたいんだか、商売をしたいんだかよく分からない状況になっている。
全寮制の学校で、西側は女子校、東側は男子校になっている。
幼稚園、小学校、中学校、高等学校、大学、専門学校と東西それぞれに全て揃っている脅威の学園都市。
全て全寮制で、純粋培養の子供を育てるには絶好の場所。
という感じで上流階級の皆様からはすこぶる好評らしい。
敷地内にはショッピングモールや娯楽施設も完備しており、生徒の欲求をほどよく満たしている。しかも生徒割引が効くので生徒はあまり外に出ようとしない。
そんな感じで保護者の妥協に絶妙につけ込んだ形で成立している塔宮学園。
年二回行われる『葛籠祭』では、交流も兼ねて東側と西側が解放され、社交パーティーなども開かれる。
どちらも良家のお嬢様お坊ちゃまなので、これがきっかけで付き合ったりするカップルも少なくない。
原則としてその時以外は東西の境界線は解放されない。これは生徒達の保護者の強い要望である。
しかし外出自体は自由なので、外で会おうと思えばいくらでも会える。
ただし外出記録そのものは学園側が管理しており、保護者の方にも報告されるので、生徒達は下手なことが出来ない。
「という感じだよ。分かった?」
「大体分かった。つまりは学園公認の合コンみたいなものだな」
「身も蓋もない言い方をすれば、そんな感じかもしれないね」
それにしても俺が認識していた塔宮学園の敷地は、本来の半分程度だったらしい、というのが密かな驚きだ。
山一つ丸々私有地化って、どんだけ豪華な学園経営だよまったく。
「葛籠祭の日は一般の人も学園の敷地内に入れるから、友達や家族を呼んでみたら? ずっと会ってないんでしょ?」
「………………」
友達はまだしも、家族で会いたい奴なんていないんだけどな。
俺を売り飛ばした親父は論外として、海遥ともそこまで仲の良い兄弟ってわけでもなかったし。
会いたくないというほどではないにしても、会いたいというほどでもない、みたいな。
「ま、考えとくよ」
友達を呼ぼうにも出迎えるのは女装姿の俺……と考えると、やっぱり嫌なものがあるしなぁ。




