万年発情期ヒロインへの憂鬱 05
「塔宮棗生です。よろしくお願いします」
朝食シーンや編入前の職員室でのやり取りをすっとばして、いきなりの転校生挨拶シーン。
転校生はもちろん俺。
教卓の前でお辞儀。
その向こうにはおよそ四十名近くの女子、女子、女子!
オール女子!
右を向いても左を向いても前を向いても斜めを向いてもひたすら女子!
これを天国だのハーレムだの思える男は、きっと将来大物になれるに違いない。
俺? 俺は勿論、大物さ!
……って、んなわけあるかっ!
滅茶苦茶気まずいわ!
挨拶を終えて指定された席に着くと、隣の席にいた邑璃がにへらっと笑った。
「………………」
部屋が同じでクラスも同じで席まで隣って……さすがにこれはやりすぎだろう。
クラスメイトの視線が少しだけ痛い。
『塔宮』という苗字に反応しているのだとは思うが、それにしたって前後左右から好奇の視線を送られるのは若干居心地が悪い。
まあ、そのうち鎮まるだろう。
なんて気楽なことを考えていた。
ホームルームが終わって教師が出ていった後、予想通りに好奇心旺盛なクラスメイトが群がってきた。
「ねえねえ、どこの学校から来たの?」
「えっと……その……」
言えない。京琇学園(男子校)から来ましたなんて、言えない!
「塔宮さんって理事長の関係者?」
「……まあ、親戚……みたいな……?」
養子です、とか言ったら空気が凍りそうだな。
「塔宮(邑璃)さんとも親戚なの?」
「親戚……というか……その……」
書類上は姉妹ということになってそうな気がするんだが……。それも言わない方がいい気がするしなあ。
というか、さっきから答えづらい質問ばかり来ている気がするんだけど!
そんな感じで俺が内心かなり困っていると、頼んでもいない上に有り難くもない助け船が出された。
「ちょっと! わたしのなっちゃんをあんまり困らせないでよ!」
女子の輪に割り込んで、ヒーローの如く邑璃が立ちはだかる。
誰が『わたしの』だ! 誰が!
などと反論しようとするが、その前に周囲の方が反応した。
「も、もしかして塔宮さん達って、そういう関係……?」
「はい……?」
どういう関係?
「そういう関係って……?」
嫌な予感がしつつも、首を傾げる俺。
そしてじりじりと離れていく周囲の女子達。……
「そ、そっかあ。じゃ、邪魔しちゃ悪いわよね……」
「そうよね……」
「あは、あははは……」
じりじりじりじり……
距離を取られていく音。
そして騒がしかった俺の周囲は、静かになった。
具体的には邑璃だけになった。
「………………」
なんというか……
「コレはもしかしなくても、誤解されたのでは……」
「えへへ。これで二人っきりだね。なっちゃん」
ご機嫌に俺の左腕を取って擦り寄ってくる邑璃。
確信犯だこいつ。
「邑璃さんの性癖(百合趣味)って、周知の事実なわけ……?」
「そうだよ~。別に隠してないし」
「………………」
隠せよそこは!
明らかにドン引きされてるだろうが!
「お陰で友達もできないけどね~」
「………………」
ちょっとだけ寂しそうに呟く邑璃。
いや、それ自業自得だから。
うっかり哀れんでしまいそうになるけど、そこは自業自得だから!
「でも少しくらいは友達いるんじゃないの? そういうの気にせずに純粋に友達でいてくれる人とか、いないわけ?」
「最初はいたんだけど……」
邑璃は照れくさそうに笑う。
「好きになっちゃったらすぐ離れて行っちゃうんだよね……」
「………………」
同性の友達を恋愛対象としてしか見られないのなら、そりゃあ離れるだろう。
っていうかこいつの場合、それで留まるはずがない。
「離れていったのは毒牙にかけた所為じゃないの?」
「え? かけるよ? 当たり前じゃない。何言ってるの? 好きな子が近くにいて手を出さない方がどうかしてるよ」
「………………………………………………」
いやいやいやいやいや!
そんな常識みたいに言われても誤魔化されないから!
明らかにお前が悪いから!
コイツの周りに友達がいないのは、差別とかいじめとかじゃなくて、ただの自衛の為に違いない。
噛みつかれると分かっている猛犬に誰も近づこうとしないのと、基本的には同じだと思う。
俺の場合は、そんな自衛も間に合わなかったわけだけど……




