万年発情期ヒロインへの憂鬱 01
「んっ……んぅっ……んんん~~~~~~っっっっっ!!!」
掴まれた両頬。重なる唇。絡まる唾液。
相手が女の子だということも忘れて、俺は力一杯邑璃を突き飛ばした。
「きゃっ!?」
「あっ」
俺の全力を受けた邑璃はその身体ごと浮いてベッドの向こうまで転がっていった。
しまった。
俺は慌てて邑璃のところへと駆け寄る。
「悪い! ……じゃなくて、ごめん! 大丈夫!?」
眼鏡を掛けていないので男言葉になりかけながらも、咄嗟に取り繕う。
「いたたたた……なっちゃんひどいよ……」
「…………」
確かに酷かったが、それはお互い様だと思う。むしろ被害者は俺っつーか。
「咄嗟のことで手加減できなかったのは悪いと思うけど、でも元はと言えば邑璃さんの方に非があると思うんだけど」
なので邑璃の手を取って立ち上がらせながらも、一応の抗議をしておいた。
「えへへ~。ごめんね。つい我慢できなくなっちゃって♪」
「………………」
俺は『つい我慢できなくなっちゃって』程度の気持ちでファーストキスを奪われたって言うのか!?
何て理不尽なっ!
「なっちゃん。わたしのこと嫌いになっちゃった?」
「……嫌いというか、ドン引きはしたというか……」
「うう……またふられちゃった……」
「………………」
俺のベッドに座り込んでどんよりと落ち込む邑璃。
つーか『また』って……
今まで何度もこんな事してきたのかよ!?
「つまり、邑璃さんは同性愛者なわけね?」
二人とも落ち着いたところで、俺は恐る恐る邑璃に確認する。
「うん。そうみたい」
「…………」
あっさり認めてるし。しかもまだ俺のベッドに潜り込んだままで。
俺はベッドの縁に腰かけて邑璃の方を向いていて、邑璃の方は俺のベッドに寝転がって毛布にくるまっている。
何というか、立場が逆というか。この状況をどう突っ込めばいいのだろう、という感じだ。
とにかく邑璃が俺のベッドから退去してくれない事には俺が眠ることもままならない訳だ。
俺が邑璃のベッドに退避するという案はもちろん却下。そして邑璃のいる俺のベッドでそのまま寝るというのも却下。当たり前だが、俺の神経はそこまで太くない。
「小さい頃から、どうしても女の子しか好きになれないの。どうしてだろ?」
「私にそんな事訊かれても困るんだけど……」
「だよねぇ」
すっぽりと布団を被りながらぼやく邑璃。
いい加減、どいてくれないかなぁ。
「ねえ、なっちゃん。わたしがどうして二人部屋に今まで一人でいたか、分かる?」
「……なんとなくは」
このタイミングで訊いてくる辺り、分からない方がおかしい。
つまりアレだよな?
同じ部屋になった女の子に発情した挙げ句、さっきみたいに毒牙にかけて、ドン引きされて、逃げるように部屋変えを申請された、と。
「えへへ。うん。その通りなんだけどね~」
「………………」
あっさり肯定するなよ。しかも照れながら。
「あ、でもキス以上のことはしてないよ。わたしにだってそれくらいの節度はあるんだから!」
「相手の意思を無視してキスしてる時点で節度も何もないと思うんだけどなぁ」
「あうう……。だって我慢できないんだもん」
「しようよ、それくらい……」
どんな発情期だ。
「なっちゃんも、部屋変えしたくなった?」
「……そうしたいところだけど、生憎そういう訳にもいかない事情があってね」
不安そうに見つめてくる邑璃を相手に、俺はため息混じりに肩を竦めた。
「あなたと仲良くしてほしい、というのが私と塔宮悊人との契約なの。だから私は逃げたくても逃げられないってわけ」
「え? パパりんにそんな事言われたの?」
「ぶっ!」
唐突な邑璃の言葉に思わず吹き出した。
『パパりん』!?
あのオッサン、自分の娘にそんな呼ばせ方してんのかよ!?
「どうかした?」
きょとんと首を傾げる邑璃。
「いえ……あの……その呼び方って……」
「え? ああ。こう呼ぶとパパりんが喜ぶから」
「………………」
塔宮一族は病気に違いないと確信した。
「そっかぁ。なっちゃんはずっとここにいてくれるんだね」
「まあ、不本意ながら」
本当は逃げ出したいんだけどね、ということをさりげに主張しておいた。
「うん。それでも嬉しいな。たとえわたしの事なんかどうでもよくって、パパりんとの契約があるから仕方なく一緒にいてくれるだけでも。それでもわたしは充分に嬉しいな」
「………………」
なんか、ちょっとだけ罪悪感が……。
「つまりそれってこの先わたしがどんな事をしても、なっちゃんはここにいてくれるってことでしょ? 契約のために」
「………………」
前言撤回。この女に罪悪感を感じる必要なんて微塵もねえ!
「ねえねえ、一緒に寝ようよ、なっちゃん」
「絶対に嫌」
調子に乗り始めた邑璃。こういう時は毅然とした態度を取る必要がある。
あるのだが……
「パパりんにちくっちゃうぞ~。なっちゃんが契約違反してるって」
「………………」
この女……。
不味い。段々腹が立ってきた。
初日からキレるわけにもいかないのに、どうにも我慢できなさそうだ。
「あのさ」
「なに?」
「そうやって無理矢理に他人を従わせるのって、そんなに楽しい?」
「………………」
邑璃は表情を無くしたまま黙り込んでしまった。
そしてのろのろと起き上がり、俺のベッドから出た。
「……ごめんね。ちょっと調子に乗りすぎたみたい」
うつむいたまま、自分のベッドに戻ろうとする邑璃。
……ちょっと、言い過ぎたかな。
「……おやすみなさい」
「おやすみなさい」
今度こそ、邑璃は自分のベッドへと戻っていった。
その後ろ姿はひどくしょんぼりとしていた。




