女の園は拷問空間!? 04
そんな感じで初日の買い物を終えた俺たちは夕方になってようやく寮に戻ってきた。
俺としてはもっと早く切り上げるつもりだったのだが、邑璃があちこちと目移りしてしまって無駄に時間がかかってしまったのだ。
邑璃はともかく俺の方はもう疲れ果ててしまっていた。女の買い物に付き合うというのはこういう気分なのかもしれない。
……本来は俺の買い物のはずなんだけどなぁ。
買い物から帰ってきたにもかかわらず、俺たちの荷物は無し。手ぶらでの帰宅だ。購入した物は全て後ほど寮の部屋に届けてくれるらしい。これは塔宮家の人間のみならず学園生徒なら誰もが利用できるサービスらしく、そこが学園内の商業区が好評な理由の一つになっている。
部屋に戻った俺はどっと疲れたようにベッドへと倒れ込む。そこへ邑璃がぽすんと横に座り込んできた。
「ね? お腹空かない? 食堂そろそろ空いてるよ?」
「………………」
正直疲労の方が大きすぎてあまり食欲がないのだが、しかし食わなければ回復しないことも分かっているので俺はのろのろと起き上がる。
「食堂って、どこだっけ……?」
一階はロビーだったし、二階より上は寮生の部屋だと聞いている。しかし食堂だけが建物の外にあるとも考えづらい。
「地下一階、フロリアン食堂だよっ!」
「ふ、ふろりあん……」
ヴェネツィア風の建物にフロリアンって……わざとだろうなぁ、絶対……。
そんなわけで俺たちは地下食堂フロリアンへと向かった。
「おお……」
内装はやはりというか、以前雑誌で見たことがあるヴェネツィアのカフェ・フロリアンの悪ノリヴァージョンだった。
木目の床。貴族風のテーブルと椅子。そして壁にずらりと並べられた絵画の数々。
「って、あれ……?」
何だか本場よりもかなりレベルの低いというか、らしくない物が並べられているぞ?
てっきり有名画家とかから買い取った絵画を並べているものだとばかり思ったのだが、どうにも作画がアマチュア臭いというか、中にはイラスト風の絵まで飾ってあるし。
「あ、あれはね、生徒達が描いたものなんだよ。年に二回くらいここに飾る絵を学園内で募集していてね。人気投票で上位から順に目立つところに飾られてるんだよ。中には悪ノリで投票している人もいるから時々ああいうのも見かけるけど」
と、邑璃が指さした先にはイラスト風の絵が飾られてあった。……だけならまだしも、その内容が男同士の絡みだった!
「………………」
気持ち悪っ!
こんな物が選ばれるあたりこの学校の腐女子率はかなり高いのかもしれない。おぞましい話だ。
「男の子同士ってそんなにいいものなのかなあ。わたしにはちょっとよく分からないんだけど」
「分からなくていいと思う……」
どうやら邑璃は腐女子ではないらしいのでそこはホッとした。同じ部屋でBL同人誌など見せられた日にはマジ逃げしかねない。
「棗生さんがそういうの好きだったらちょっと興味持ってみようかなって思ったんだけど」
「絶対にあり得ないから」
俺はやや怒りを含ませた口調できっぱりと言った。BL否定派という事を態度で示したつもりだ。
「そっか……」
怒られたと思ったらしい邑璃はしゅんとなってしまった。……うう、やっぱりやりづらいなあ。気を遣ってくれているのは何となく伝わってくるんだけど、気遣いの方向を致命的に間違えているというか、空回りしているというか……。
「わ、結構すごいね」
いい加減食べ物を取りに行こうトフードコーナーの方へ移動すると、そこには様々な食べ物が並んでいた。イメージするなら高級ホテルのブッフェ。選び放題の食べ放題。しかも種類豊富ときている。
「うん。塔宮家自慢のブッフェバイキングだよっ! 味もわたしが保証する!」
金掛かってるなあ。さすがは上流階級。これで採算が取れてるって言うんだから怖い話だ。取りあえず俺はサイコロステーキ・フライドポテト・サラダ・烏龍茶というチョイスにしておいた。肉を食べたい気分だったのだ。
「あれ? それだけでいいの?」
「それだけって……」
ゆうに二人前は取っているはずなのだが、一体どれだけの大食いだと思われているのだろう。そんな素振りを見せたつもりもないのに。
「あ、そうじゃなくて。デザートは要らないのかなって……」
「あ、えっと、甘い物はあんまり得意じゃないから」
そうか。女の子の食後はデザートが付きものだった。男には薄い概念なのだが、これから女子校生活を送るのなら覚えておかなければなるまい。……食う気はないけど。
「そうなんだ」
と言いつつ邑璃はレアチーズケーキをトレイに載せていた。一般の女子例に漏れず甘い物が好みらしい。
適当な席を見つけて二人で座る(もちろんあのBLイラストもどきは避けた!)。トレイを置いて食事を開始する。
「……おいしい」
お世辞ではなくぽろりと本音が出てしまった感じで。てっきり筋張った肉を想像していたのだが、とろりと広がる肉汁、ほどよい脂身、何だこれ、どこの高級肉だよ。
「ここで使用している食材のほとんどは塔宮家の畜産・農業部門が育てたものだからねー。流通コストが掛からない分、低価格で高品質な物が提供されるってわけ」
「な、なるほど……」
恐るべし塔宮グループ。つーか手広すぎ……。もちろん食材だけではなく料理人の腕あってこその味なのだろうけど。
とにかくそんな美味しい食事が喉を通らないわけが無く、俺はあっという間に二人前の食事を平らげてしまった。むしろおかわりをしたいぐらいだ。
「あ、おかわりは自由だから取ってきたら?」
「い、いいのかな?」
何となく気が引けるのだが。
「いいのいいの。ほら、みんなやってるし」
「……ほんとだ」
フードコーナーに視線を移すとおかわり皿を持った女子生徒達が次々と食事を盛っていた。女の子なんだから小食に決まっているというのはどうやら偏見らしい。いや、女子校だからこそそう言うのは気にしないのかもしれないけれど。
と、思ったら……
「フードコーナーにあるものはあったかいからね。ちょっとずつ取ってあったかい内に食べてまたちょっとだけ取りに行くっていうのがここの食べ方みたい。わたしは面倒臭いから一気に取っちゃうんだけどね」
「な、なるほど……」
そりゃああったかい方がいいよなあ。そして邑璃はその辺り気にしないずぼらな性格らしい。女の子としてはどうかと思うが効率的ではある。
「じゃ、じゃあ行ってくるね」
「うん。いってらっしゃい」
とにかくこんなに美味しいのならおかわりしないのは勿体ない。恥も外聞もある程度捨てて大食い女子の汚名を着ること覚悟の上で再びフードコートへと赴いた。
「~♪」
久々に上質の肉を腹一杯食えるかと思うと自然と気分が高揚した。心の中ではにっくにっくにっくにっく♪ と鼻歌が流れているぐらいだ。
席に戻ってご機嫌なままサイコロステーキを頬張ると、その様子を邑璃が満足そうに眺めていた。
「?」
はて、と首を傾げる。何故そんな風に俺を見るのだろう。
「あ、ごめんね。じっと見ちゃって」
「ううん。別に気にしてないけど、もしかして食べかすとかついてる?」
そんな無様な食べ方はしてないつもりなのだが、もしかしたら肉に理性を奪われてうっかりしているのかもしれない。
「そうじゃなくってね。美味しそうに食べてる棗生さんがとっても可愛いな~って思って」
「っ!」
思わず肉を喉に詰まらせそうになる。慌てて飲み込んだが、それで動揺が無くなるわけではない。
「なっ、なっ……」
か、可愛い!? 俺が、可愛い!?
いや、分かるよ? 褒め言葉だって事は分かってるよ!?
でも、でもさあっ! 俺ってば男だから! 中身はバッチリ男だから!
可愛いとか言われると喜ぶよりもむしろ落ち込むからっ!
女として子の学園で過ごさなければならないのは分かっているけど、それでもせめてもの意地として『カッコイイ女子』であろうと決めていたのに!
初日から可愛いとか言われてる俺って……!!
「あ、ごめん。嫌だった?」
「嫌っていうか……その……可愛いって言われるの、あんまり好きじゃないって言うか……」
「えー? 褒めてるんだよ?」
「それは分かってるんだけど……」
まさか男だから可愛いなんて言われたくないんです、とか言えるわけもないしなぁ。
「本当に初めて会った時から可愛い子だなって思ってたんだよ。何か表面上社交的なようで内心警戒心バリバリなところとか、何かあるとすぐにびくって反応する猫みたいなところとか、わたしが落ち込むとおろおろしてくれるところとか、美味しい物を食べると頬が緩むところとか」
「あ、あの、もう勘弁して……」
「もうすっごく可愛いっ!」
「………………」
俺は耐えきれなくなってテーブルの上に突っ伏してしまった。色々な物が破壊された気分だ。しかもさりげに色々見抜かれてるし。それよりも気になるのは邑璃の鼻息の荒さだったりするのだが。普通女の子が可愛いと言うだけでここまで興奮するものだろうか。
「……あれ? どうしたの?」
「……分かっててやってるでしょう?」
「うん。凹む姿も可愛くって♪」
「………………」
ああ、この人はやっぱり悊人氏の娘なんだなあと実感してしまう。さりげに黒いところとか、ぽろりと出る言葉が歪んでるところとか、マジでそっくりだ。




