次男だからって人身御供かよ!? 01
高校二年生になったばかりの少年・伽室城棗生は、突然父親から塔宮家に売られてしまった。売られた先で任された仕事は、女装して女子高に通うこと。全寮制の女子高に通うために徹底的に女性らしさを叩き込まれた棗生は、抵抗する間もなく塔宮学園に放り込まれてしまう。そこで出会ったのは塔宮家の跡取り娘であり、棗生がここに放り込まれた原因でもある少女・塔宮邑璃だった。
「人生って何だろう……」
いや、突然こんな重いセリフから始まってしまって、読み手サマには申し訳ない限りなのだが、今現在の俺、伽室城棗生はそんな重すぎるテーマについて熟考しなければならないのだ。
そうでなければ俺は他人の都合で利用されるだけの道具に成り下がってしまうだろう。
自分の意志は大事だと思う。たとえそれが誰にも考慮されないような虚しいモノだとしても。
事の始まりは親父のセリフからだった。
「棗生。今日からお前は塔宮家の養子になるから、そこんとこヨロシク♪」
春の日射しも大分温かくなってきた土曜日の昼下がり。大して仕事など無くなってしまった親父は風呂上がりにトランクス一丁でビールを飲んでいる。ヤケ酒に見えなくもないが、その表情はかなり晴れやかだ。その晴れやかさがむしろ腹立たしいくらいに。白髪交じりの五十を過ぎたオッサンが、片目をつむって舌を出して、ペ●ちゃんみたいな表情をしているのはかなり痛々しい空気を醸し出している。
そんな痛々しさも相まって、
「は……?」
俺は絶句した。むしろフリーズ。
養子? 塔宮家? 何だそれ!?
唐突すぎる上に脈絡がなさ過ぎて、思考回路がうまく働いてくれない。
コノオッサン、イマナントイイヤガッタノダ?
いやいや、混乱する前にちょっと状況を整理してみよう。
ここは伽室城家、つまりうちの家だ。家族が過ごす一番広い居間で、百インチの大型テレビの前にテーブルとソファーが並べられている。その一つに座っているのは俺、もとい伽室城棗生、十六歳。高校二年生になったばかりの健康優良児。そして俺と向かい合って座っている白髪交じりの中年親父、もとい伽室城遼一、五十二歳。伽室城フーズという食料品メーカーの社長である。つまりは親子で土曜の昼下がりを過ごしているところだった。
……まあ、社長といっても不景気まっただ中なので、今や倒産寸前の泥舟会社という惨めな立場の社長ではあるのだが。
「伽室城フーズが今や倒産寸前なのは棗生も知っているだろ?」
「知ってるけど」
「あちこちに融資を依頼してみたんだがどうにも色よい返事が貰えなくてなぁ」
「そりゃそうだろう」
俺が融資を頼まれる立場だとしても間違いなく断るだろう。だってこのオッサン、経営能力ゼロだもんな。今の世の中、見込みのない潰れかけの会社に手を差し伸べてやろうという奇特な企業など存在しないだろう。
「だがしかし! 我等が救世主、 塔宮グループが救いの手を差し伸べてくれたのだ!」
「…………」
誰だその慈善事業者は。
息子の俺が言うのも何だが、このオッサンに手を貸すくらいなら宝くじにでも投資するぞ!
というのも、伽室城家は元々は料亭を経営していて、そこそこ固定客が付いていた老舗だったらしい。ところが二代目で料理のレベルを落とし、固定客は離れていき、三代目の遼一で料亭をこれ以上続けるのは不可能だと判断したまではいいが、インスタント食品メーカーを立ち上げてしまったのが運の尽きだった。デタラメに流行を追いかけては玉砕し続け、今は莫大な借金のみが残っている。商売は三代目が潰すとよく言うが、まさにその典型だろう。融資をしてやったところで早々に食い潰すのが目に見えている。
「まあ正確には融資ではなく吸収合併なのだがな。伽室城フーズは塔宮グループの傘下に入り、食品部門に組み込まれることになった」
「……なるほど」
人材だけ確保して経営そのものは塔宮家が主導で行っていく訳か。それならば経営破綻には陥らないだろう。こんな借金まみれの泥舟会社を建て直してやれるくらいに成功している企業なのだから、うまく人材を使えば軌道に乗せられると思う。
いや、しかしそれでも納得がいかないことには変わりがない。それだけ成功している企業がどうして伽室城フーズなんかを吸収合併しようとするんだ?
伽室城フーズが持っている諸資産など、莫大な諸負債に比べたら芥子粒にも劣る程度の悲しい価値しかないだろう。むしろ大損でしかない。食品事業を始めてから殆ど成功した試しもなく、のれん価値など期待するだけアホらしい。資本金援助をしてまで吸収する価値など、はっきり言って無い。
つまりメリットが不明なのだ。塔宮グループとやらが伽室城フーズを吸収合併したところで何が得られると言うんだ?
……ん?
いや、ちょっと待て。そう言えばさっき俺が塔宮家の養子になるって話をしていたな。……まさかとは思うが、得るモノって、俺!?
「父さんもうますぎる話だとは思うんだが、どうもあちらさん、棗生に並々ならぬ関心を持っているらしくてなぁ。棗生を塔宮家の養子に出すのなら、伽室城フーズのことは全面的に面倒を見てやるとまで言われたよ。お前塔宮家に何かした覚えあるか?」
「知るかあっ!」
俺は思いっきりテーブルに拳を叩きつけた。そりゃもう力任せの怒り任せに。
話を聞いている内に要件だけは掴めてきた。つまり親父はこの俺を塔宮家に売ったのだ。
「幾らだ!? 幾らで俺を売りやがった!?」
「総額一億三千万くらいかな」
「人間一人の値段としては微妙だ!」
「はっはっは。可愛い息子の親孝行は一生忘れないと誓おう」
「路頭に迷えクソ親父ーーっっ!!」
……などと怒鳴りつけている内に、背後から何者かに両肩を掴まれてしまった。